スルスルと。ゆっくりしかまだ結べないエプロンの紐は初日と比べるとかなりバランスの良い物になったなと鏡を見て思う。昨日1日握りしめることが多かったせいか私の手汗で少しふやけたメモ帳には『エプロンの紐は厨房で引っかからないように前で結ぶ』と丁寧に書いてある以外はろくなことが書いていない。なんだこれは。厨房で教わったことは何だったか。まだ時間があるのを確認し、机に向かいペンを持つ。



「‥‥‥‥」



はて。書く事とは。ぼんやりしながらペンを回し、ちょうどペンが手から落ちと同時に「#name#ちゃんおったーい」と声と共に店長が入ってくる。



「あ、おったいです店長」

「あらら、お勉強?えらいねー」



そう言って落ちたペンを私に手渡す店長はにこりと笑う。ありがとうございます、と声をかければ私の目の前の椅子に腰かけふぅと一息つくと改めて私を見て笑いかける。あーなんか店長のこの笑顔は好きだなー。



「おったいって言ってくれるの#name#ちゃんぐらい」

「えー本当ですか?」

「あ、でも小野Dもだったわ」

「あー小野さんは言ってくれそうですね」

「#name#ちゃん良い子だからラーメンご馳走してあげるよ」

「あはは、ラーメン」



何ラーメンですか、なんてのほほんとした会話をしていればガチャリと事務所のドアが開き私達の目の前に眼鏡のお兄さんが現れる。



「店長、俺はバリ硬のとんこつにする」

「お!ヒロCおったーい」

「おはよー店長」

「っ?!」

「あ、あと#name2#ちゃんだ」

「あ、どうも初めまして。#name2##name#です」



あっさりと私の名前を言ったお兄さんはどさりと荷物を置いて私と店長を見る。



「僕は神谷浩史です、よろしくねー」

「あ、神谷さん。よろしくお願いします」

「あだ名はヒロCね」

「ヒーローCさんですね」

「ん?なんかちょっと違うかも」


ヒーローでもないしヒロCでもないけどねーとのんびりと口にする神谷さんはちゃっちゃか準備をしながらカーテン1枚で仕切られた更衣室に入りつつ私達に声をかけてくれる。



「昨日小野くんから連絡きて知ったよー」

「あ、え、そうなんですね」

「あんげんと小野くんじゃ厨房大変だったでしょー」

「#name#ちゃんねー優秀だからどっちも手懐けてたよ」

「いや、ちょっと、それはない、です」

「仲良くなれたって誇らしげに話してたけど。大変だったね、#name2#ちゃん」

「いや、まぁ、そんなことは」

「ちなみにオノDの相手はヒロCじゃないと務まらないんだよ」

「ちょっとその言い方やめて!」

「だって保護者じゃん。お父さんでしょヒロC」



面白そうに笑った店長を阻止するように更衣室のカーテンを勢いよく開けた神谷さんは店長にあからさまに嫌そうな顔をする。均等に折られたシャツの袖と綺麗に結ばれたエプロンの紐に何だかこれこそ先輩です、な雰囲気を感じる。



「今日はよろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」



【お手本 神谷さん】
サラサラと静かにメモを取る。目を細くして可愛く笑った神谷さんに何だか今までの人とは違った穏やかな感情を抱く。あ、なんか今日はメモちゃんと取れそう。パタリとメモ帳を閉じてエプロンのポケットにそっと入れる。今日も頑張ろうねーという店長に神谷さんと2人ではーいと返事をして。



いざ、久々のホールへ!





1997