今までありがとう。
そんな言葉が辺りに飛び交う今日は我が高校の卒業式である。私も無事に卒業単位を獲得し胸にピンクの花なんぞを付けている。私だって今日この佳き日に不機嫌になるなんて思ってもなかった。喜びも感動もとっくに消え失せて今では可愛げもなくぶっちょう面である。








「なまえもお世話になったんだから行って着なよ」

「いい。別に話すことないし」

「本当にいいのー?これで最後だよ?」

「単位貰えた時点で一生分のお礼言ったから大丈夫」








遠くの人集りを指していた友達が私の言葉に「そっかー」と返事をした。その横顔がとても嬉しそうなのはお目当ての人からボタンを貰えたからだ。そう、中村先生に。







卒業式が無事に終了しみんなと最後のお別れを言って私は教室を後にした。待ち合わせはいつもの教室。そう言ったのは先生のほうだ。なのにこれ、待ちぼうけ。先生が人気なのは知ってた。バレンタインだってたくさん貰ってたし職員室ではいつも周りに女子生徒がいた。だけど今日に限ってこれですか。今何時ですか?何時間待たされるんですか?


あーあと溜め息を吐いて胸に付いてたピンクの花を少し乱暴に外した。この花を思い切り投げつけて「嘘吐き!」とでも言ってやりたい。今の私は昼ドラ並にドロドログチャグチャな感情だ。こんちくしょう!







「あんたは先生じゃなくてブタよ!」







まさにヒステリック。あの有名な台詞を叫んで花を床に投げつけた。おほほほほほ!1度この台詞言ってみたかったんだよね。あースッキリ。ざまーみろ!へっと鼻で笑ってから私は机に突っ伏した。なんかアホらしい。先生はもちろんブタではない。だけど先生は先生であって先生でない。つまり中村先生は私の、私のさ…








「か…」

「俺はお前の彼氏だろ」

「、!」







背後から聞こえた声に思わず体がビクついた。何だよタイミング悪い。見計らってきたのか先生は。







「待たせて悪かった」

「本当ですよ」

「すまない」

「許しませんよもう」







先生の方には振り向かず腕に顔をうずめた。本当に本当に許しませんよ。あんな女の子達に囲まれてちやほやされて。私がどんな気持ちだったか。








「だいたい先生が卒業するんじゃないのになんでみんなボタン貰いに来るんですか」

「さぁな」

「だいたい先生は…、何でボタン上げるんですか」

「…つまりなまえも俺のボタン欲しかったのか?」

「なっ!あんな汚い白衣のボタンなんていりません!」








あームカつくっ!あまりの苛立ちに思わず顔を上げれば床に投げつけたピンクの花を持った先生が私を見つめていた。しまった。顔見ただけで泣きそうだ。








「やっとこっち見た」

「見たくて見たんじゃありません」

「お前目反らすな。それお前の悪い癖だぞ」

「卒業式にまで説教ですか。いらん心配ですね」

「そうじゃない、なまえ、」



















俺を見ろ。
切なげな儚げな声が私の耳に届いた。あームカつく。視界が悪くなってきた。卒業式でも泣かなかったこの私が中村先生なんかに泣かされるなんて。あぁもうアホらしい。








「教え子は大事だ。例え担任じゃなくても」

「…知ってますよそんなこと」

「本来ならなまえに、」

「分かってます!」









「私も、分かってます」と先生の話を遮るように思わず叫んだ。私だって分かってる。先生が生徒を大事にしてることも可愛がってることも何もかも。結局のところ私は先生に怒っているわけではない。きっとこんな当たり前のことを受け入れられない自分に怒っているんだ。








「ごめん先生困らせて…。今日はもう帰ります」









これ以上迷惑をかけるのは嫌だ。困らせるのは嫌だ。私は鞄を持って椅子から立ち上がった。小さいなぁ私って…。中村先生の横をすり抜けてドアに向かう。気持ちも足も向かってるはずなのになぜか前に進まない。








「先生、離して下さい」

「話を聞かずに居なくなるのもお前の悪いくせだ」

「説教はまた今度にして下さい」

「俺は教え子が大事だ、」

「だからもういいですっ…、!」








だからもういいです。
そう言った言葉が何かに吸い込まれるように消えた。何が起こったのか、なんてこと考えなくても分かった。私の唇は中村先生の唇によって見事に塞がれていたのだ。どどどどういうこっちゃ…!呆気に取られていればどこか名残惜しそうに唇が離れて変わりに中村先生の恥ずかしいほどの視線が向けられる。








「だけどなまえが1番大事だ」








そう言うとニヤリ笑った中村先生お決まりの笑顔。それとは反対に何を言えばいいのか分からず口をパクパクと動かす私。今のってもしかしてキ、キ、キスだよね…?








「な、中村先生何やって…」

「お前声裏返ってるぞ」

「そ、そうじゃなくて今っ!」

「何ってキスだ」

「、!」






あまりにもストレートにいう中村先生にくらくらと目眩がした。もう私はダメかもしれない。ヒステリックガールも何もない。私はただの腑抜けな女子高生だ。








「良いこと教えてやるよ」








中村先生が何も言わない私に向かって楽しそうに呟いた。視線は真っ直ぐ私へ。顔の距離は数センチ。頑張って絞り出して「何ですか…」と返事をすれば中村先生がクスクス笑った。








「ずっと他の生徒に構ってたのはな」










「なまえとの時間を誰にも邪魔されないためだ」











あ、やっぱもうダメだ。なんとか流さずに堪えてた涙が無情にも流れ出した。うわーやだ。恥ずかしくてどうしようもないのに涙は止まることがない。







「もうやだ先生嫌い」

「何でだよ」

「化粧が無駄になった」

「別に問題ねーだろ」

「先生の為に頑張ったのに意味ないもう」








黒い涙が流れてたらどうしようとかつけまつげが取れたらどうしようとかそんなことばかり。中村先生のアホったれ。ボロボロと泣いている私に先生はおかしそうに笑った。あーほらやっぱり崩れてるんだ。中村先生のアホったれ。









「だから別に問題ねーだろ」

「先生に私の気持ちなんて分かんないもん」

「バカヤロウそんぐらい分かる」










両手を私の頬に当て流れる涙をゴシゴシ擦ると。まるであの日と同じように私の頬を引っ張って、からかうように話すんだ。












「つまり俺のことが好きなんだろ」








卒業おめでとう
(これからは堂々と)
(街中を歩こうじゃねーか)

(なまえなーキスぐらいで泣くな)
(ぐらいってなんだ!ぐらいって!)
(お前俺がどんだけ我慢してたか…)
(へ、変態っ!すけべ親父っ!)
(おい、もっぺん口塞ぐぞお前…)
(ひっ…!)



20110312
(皆様の卒業を祝して!)
1997