名残惜しそうなクラスの輪から離れ、結局いつものサボり場所だった屋上に来てしまった。別にクラスは嫌いじゃないけど卒業式独特のあの雰囲気はどうも苦手だ。ぼんやり雲を見ていればガチャリと開いたドアにいつもとは少し違うスーツの影。なんとなく来てくれる気がしてた。





来なければいいと思っていた卒業式がとうとう来た。1人でサボったカビ臭い資料室も水漏れがひどいトイレも景色がよく見えるこの屋上も。見慣れた景色とは全て今日でお別れだ。







「鈴村先生、私が居なくなるの寂しいでしょ?」

「アホ言え、寂しいわけないやろ」

「またまたー嘘言っちゃって」







ニヤニヤと笑いながら鈴村先生を見れば呆れた笑顔で私を見ている。その少し困ったような顔も優しく叱ってくれる関西弁も今日で最後か。








「お前はほんまに問題児やったから卒業することで俺の負担が減るわ」

「いやいや。無くなって始めて気付く大切さがあるってもんだよ先生」

「ほんま口ばっか達者で腹立つしな」

「先生のせいやな」

「アホ」







ボケたいと散々言って結局突っ込みをしたり、戦隊ものが好きと言って変なロボットアニメに詳しかったり…。先生と過ごした日々。まぁ、私のサボりを見つけにくる日々と言ったほうが正しいけど。それもやっぱり今日で最後らしい。









「お前のほうが寂しいんとちゃうか?」

「ん?うーん…そうかもねー」

「お、なんや可愛いとこあるやないか」

「うっさいわ」









最後の最後で可愛いなんて嘘でも照れる自分がいる。ケラケラ笑う鈴村先生を軽く睨んで鞄の中からノートとペンを取り出した。









「最後だしなんか書いてよ先生」

「なんや俺のファンか?」

「アホ」

「照れるなや」








ノートとペンを私から受け取ると目の前でサラサラと書き始める。何だかいきなり真面目な顔をして、いったい何を書いてるんだか…。化粧が濃かったですとか書いてたらしばき倒したいな。








「てか先生、私のフルネーム書ける?」

「書けへんわそんなん。苗字って苗字しか知らん」

「あっそーサイテー」

「お前先生の気持ち考えたことあるか?大変なんやぞ」








特に最近は子どもの名前が難しくてうんたらかんたら。喋り出すと手が止まる先生にはいはいと適当に返事をしながら「早く書いてよ」と促す。本当はさ、こうしてる時間すら愛しいなんて気持ち悪いこと思っちゃうから困る。








「先生私んこと忘れるの?」

「お前みたいな問題児忘れたくても忘れへんわ」

「良かった、忘れるとか言ったらひっぱたいてた」







問題児って言葉が少し気になるけど今となっては先生の記憶に残るならまぁいいかとか思ってしまう。本当にさっきからどうした私。問題児と恐れられてたこの私が、好きの言葉も言えずさっきからうじうじと…。気持ち悪いな自分。








「てかまだ書いてんの?」

「お前が話かけるからやろ」

「どんだけ私のこと好きなの」

「うっさいわアホ」







さり気なく好きと言って少し照れる。本当にアホだな自分。「ほら出来たで」と鈴村先生はノートをパタリと閉めて私に手渡した。







「ほんまに苗字には迷惑かけられたわなー」

「いい思い出でしょ?」

「そこに住所書いてあるから今までの礼として何か送れ」

「え、マジで言ってんの?」








少し驚いてとっさにノートを開こうとすれば先生に阻止された。何だよ嘘かおい。








「個人情報やから後にしいや」

「見られたくないなら書くなよ」

「とにかく情報社会なめたらあかんで」








何言ってんだか、私がそう言う前に鈴村先生の手が私の頭に乗ってわしゃわしゃと頭を撫でた。








「とにかく頑張りや苗字」

「分かってるよ」

「ほんまかぁ?心配やなー」

「本当だっての!」

「ほんまに頑張りや」








何度も何度も頑張れを言う先生に子ども扱いすんなとまた少し睨み付ける。私だってもう大人へと近付くんだ。鈴村先生に少しでも近付けるんだからな。







「まぁ、問題児やったけどお前はなかなか良い奴や」

「なかなかは余計だし」

「辛くなったらそのノート見返し」

「え?」

「色んなこと書いてあるで」








そう言ってニカッと笑うと「ほんならな」と手を振って先生はドアの向こうに消えた。あー何も言えなかった。去って行った背中が格好いいだとか最後の笑顔がムカつくくらいキュンとしてしまったとか。私の胸は痛いほど締め付けられた。なんだこれ、もう辛いわ。ゆっくりと手渡されたノートを開けた。先生の可愛らしい字、長い文章。なんだよどういう意味だ。ずるいよアホ。最後の2行を読んだ瞬間息する暇もなく私は地面を蹴った。










「鈴村先生っ」










ほとんど衝動的に動いた体が閉じられたドアを思い切り開けた。私の声に階段を下りかけていた先生が驚いたように振り返る。









「こういうのはよくないな先生」

「なんやもう辛くなったんか?」

「私の名前、知ってんじゃん」

「さーなー」

「住所なんて書いてないし」

「当たり前やろ」

「返事だって返してないよ?」







その瞬間。鈴村先生の顔が少しだけ赤くなった。








「返事、聞かなくていいの?」









私の生意気な言葉にうっすら笑った先生はいつもの優しい関西弁と困ったような笑顔でジッと私を見つめるのだ。









「言ってみいや問題児」









卒業おめでとう

苗字なまえさんへ
卒業おめでとう。

好きです。



20110313
(皆様の卒業を祝して!)
1997