「はい、特等席へようこそ」

「………」






そう言ってにこりと笑った先生に私の眉毛がピクリと動いた。じゃあ今日からこの席ねーという先生の声にみんながキャッキャッとはしゃぎながら返事をする中で、私は1人孤独に日誌の座席表を変更する。廊下側1番後ろが私の特等席だった。それが今はどうだ。教卓1番前の『特等席』に昇格だ。






「じゃあ次も先生来るからみんな準備しといてね」

『はーい』






そう言ってガラリとドアを開けて教室を出て行った神谷先生を見て私はため息を吐いた。どういうこっちゃ。近付いてきた友達からの叱咤激励をうんうん適当に流し私は黙々と手を動かした。チャイムが鳴る前に終わらせて一刻も早く次の授業をサボりたい。そう、サボりたいんだ。
















「はーいじゃあ号令」

「………」






起立、きょうつけ、礼、と号令がかかりギーギーと椅子の脚がこすれる音に私も少し遅れて席に着いた。まぁ、結局はこうなるんだよね。私の真ん前でプリントの説明をする神谷先生を思わずチラリと見て、すぐに視線を自分の机に向けた。






「じゃあこの課題解いてね」






頭の上で聞こえる先生の声をなるべく意識しないように普段は読まないような教科書の文章も読んだりして。あぁほら。だからやなんだよ。私ったらいつからこんな勤勉になったんだか。






「友達との相談は静かにね」






くるりと黒板に向き合った神谷先生に私はゆっくりと頭を上げて先生を見た。暑そうに捲ったYシャツの袖も意外と大きな背中もチョークを持つ細長い指も全部全部私の好きな先生で。こんなに近くにいるんだと感じるだけでなぜだか切なくて胸が痛い。カツカツとリズムよく書かれる文字にぼんやりと視線を向けて私は課題のプリントをシャーペンで小さく叩いてみる。カツカツカツ。気付いてくれるわけはないけど何かしら届いてくれないかな、なんて思ったりして。






「神谷先せーい!」

「っ!」

「んー何ー?」






誰かが呼んだ先生の名前に私は慌てて視線を下げた。なんか届いちゃったよ、と少し焦っていれば「問題は解けないからねー」と困ったように笑う神谷先生がチョークを置いて教壇から下りた。そうそうそのまま帰ってくるな。そんなむちゃなことを考えていれば後ろから楽しそうな神谷先生の声が聞こえる。あ、なんか羨ましいな。意味もなく教科書をペラペラ捲り、シャーペンをノックする。あーあやる気、出ないや。






「お、今日は寝てないね#name2#さん」

「っ!」

「偉いじゃん」

「あ、いや…」






突然横から聞こえた声にびくりと肩を揺らせばよっこいしょっと教卓前の椅子に着いた先生は少しざわつき出した教室を見渡してから私に視線を向けてにこりと微笑んだ。






「難しい課題だね」

「そう、ですね」

「俺の専門外」

「そう、ですよね…」

「杉田先生も厳しいねー」






クスクスっと笑った神谷先生に私の心臓がドクリと音を立てて全身にビリビリと電気が走る。そうっすね、とさっきから同じ言葉を繰り返す私に先生は課題プリントを見つめながらんーと難しい声を出す。






「こことか全然分かんないや」

「先生でも、分かんないことあるんですね」

「そりゃあるよー」







もう分からないことだらけだよ。そう言って優しく笑う神谷先生に私は小さく頷いて少しだけ微笑んだ。近いな、すごく。その笑顔も声も仕草もやっぱり私の好きな先生で、教室のざわめきも字を書くペンの音も今の私には都合の良い雑音に感じられる。






「ねぇ、先生」

「ん、何?」






私の気持ち分かる?






「あのさ、」

「うん」

「ここ分かりますか?」

「えーどれ?」






そう言って困り顔の神谷先生が私のプリントを覗き込んで笑う。






「分かんないよー」

「ですよね」

「え、何これ初めて聞いた」






相変わらずクスクスと楽しそうに笑う神谷先生に私は小さく息を吐いて笑い返した。私ね、先生のこと好きなんだよ。そう心でそっと呟けば何だかおかしくて更に笑えた。残念だけどこの言葉はさ、まだ少しだけ私の胸の中にしまっておくね。




















いちばんまえ


神谷さんが先生で一番前の席だったら死ぬ気で起きてるよね←

20120625
1997