暑さもピークを迎えた午後の2時。図書室で勉強していた生徒達もほとんど居なくなり、部活終わりに居眠りに来た生徒達ももう目を覚まして帰り支度をしているところだ。チクショウ。私も帰りたい。思わずこぼれてしまいそうな文句を飲み込み、新書カバーをテープでぐるりと巻いた。





『私、明日来れないから#name2#さんだけなのよ、大丈夫かしら?』





そう言って新書整理なんて大変な仕事を残していったのは司書さんだ。なにが大丈夫かしら?だ。全然大丈夫じゃない。私が夏休みにこんなに図書委員で働いているのは前期の委員をほとんどサボったからで自業自得と言えば自業自得だがこんなのってありだろうか?古文解説に英文読解、楽しい政治経済に歴史の扉。どれも私にとっては興味のない本ばかりで整理をしながらつまらなさにあくびが出る。唯一興味の湧いた宇宙の神秘という本も開いてみれば文字ばかりでこれっぽっちも面白くもない。つまんねーなんて心の中で文句を垂れてからやっと最後の1冊に手を伸ばせばその本の題名に私は少し眉をひそめた。





「恋愛の、テクニック…」





ボソリとそう呟けば残る生徒が私をチラリと見た。あ、すんませんとぺこりと頭を下げてその本片手に何となくカウンターに座った。最近は唯一の楽しみだった間違い探しも全部終わったし丁度良いや、そんな軽い気持ちで手にとってみたけどやっぱり文字が多すぎて結局挿絵を眺めるだけになる。パラパラとページの捲れる音とそれによって微かに起こる風にぼんやりとして居れば目の前に誰かが来たのが分かって私はやる気なく顔を上げた。





「返却です…か…!」

「うん、返却で」

「あ、いや、はい…!」





バタンと勢いよく本を閉めて私は目の前の神谷先生から本を受け取った。なな何で来たんだ先生っ!突然のことに動揺してるのがバレないようになるべく平然を装りたいのに先生の返却カードが全然見当たらなくて私の心臓がバクバクと高鳴る。





「夏休みなのにご苦労様」

「あぁ、どうもです」

「図書室は5時までだっけ?」

「あーはい」

「朝から大変だね」

「そう、ですね」

「でもまぁ本があるから暇つぶしになるね」

「あー…いや、まぁ」

「これは暇つぶし?」

「え、…っ!」





この本、とそう言って神谷先生が手にとったのはさっきまで挿絵だけを見ていたあの本だ。し、しまったー…!





「ち、違う!これは今月のオススメ新書で!」

「へぇーオススメ」

「先生も借りたら良いんじゃないですかっ?」

「そっか、#name2#さんのオススメだもんね」

「いや、私のオススメじゃなくて!」





ガタンと思わず席を立って神谷先生から本を奪い返せば、最後の1人だった生徒がため息混じりに図書室からそそくさと退出したが見えた。あ、やばい。





「あらら、#name2#さんがうるさいから」

「いや先生もだから!」





はぁぁとため息を吐いて椅子に座り直してから受け取った本に返却カードを戻す。なんかもう調子くるう…。返却完了ですよ、と神谷先生にブスッと言えば、あとさぁ、とまだ私に何かお願いするつもりらしい。





「何ですか…」

「調べて欲しい本があるんだけどいい?」

「…じゃああそこの索引棚から探して下さい」

「え、パソコンじゃないの?」

「残念ながら私だけじゃパソコンいじれないんです」

「なんか大変なんだね」

「…それはまぁ、手伝いますから言わないで下さい」

「え、あぁ、うん」





案外簡単に頷いてくれた先生をチラリと見てから私はゆっくりと立ち上がった。私だって出来ればこんなアナログにやりたくないがパソコンでドラマを見ていたのがバレて使えなくなった、なんてことは口が裂けても先生には言えるわけがない。教えてもらった題名にさっそく索引棚の引き出しを開ければぎっしりと詰められた紙束にうわぁ…と渋い声が出る。





「そんな声出さないでよ#name2#さん」

「いや、すみません」

「でもこれはきついなぁ」





そう言って困った顔をした神谷先生を見てちょっと騒いだ心臓をごまかすように、まぁ見つかりますよ、なんて可愛気の欠片もない一言が口から漏れる。





「#name2#さん夏休みは楽しい?」

「残念ながら図書委員の仕事ばかりなんであまり」

「あはは、そっか。大変だね」

「神谷先生は楽しいんですか?」

「俺は部活ばっかだからなー」

「へぇー先生も大変ですね」

「でもまぁ、部活は嫌いじゃないからね」

「ふーん、そうなんですか」





そんなたわいのない話でさえ恥ずかしくて私はさっきから本当に可愛くない返事をしていると思う。本当はもっと話をふくらませたらなとかもう少し笑って返事ができたらなとか。やっぱりあの本読めば良かったかな、なんてそんなことをふと思えば少しバカらしくなって手が止まりそうになる。





「あ、#name2#さんあった」

「え、あっ!あったんですか?」

「うん、見つかったー」

「で、どこの棚ですか?」

「えっとオの537って書いてある」

「オの537は…あっちですね」





夏休み中に通いつめ過ぎたせいですっかり場所を覚えてしまった私は神谷先生と一緒にその棚へと向かう。難しい本だらけのその棚は私が一番嫌いな棚でそんな棚にまさか神谷先生と一緒に本を探すとは思ってもみなかった。





「もう図書室のプロだね#name2#さん」

「そうみたいですね」

「でも助かるよ」

「そう、ですか…」





指で本の数字をなぞりながら神谷先生の言葉にまた素っ気なく返事をする。本当はさ、助かるよなんて言われたら嬉しくてにやけてしまいそうなんだよ。こんな2人きりの時間なんてめったにないしこんなに近くにいるのだって初めてだしってそう考えたら考えるだけ胸が痛いし心臓うるさいし顔だって熱いんだよ。





「借りられちゃったかなー…?」





ポソリと呟く先生の声にそっと顔を上げて横顔をチラリと見れば先生との距離の近さに恥ずかしくなって思わず1番下の棚に視線を向ける。集中して、オの537。今度は先に見つけて少しでも先生の役に立ちたいな。





「#name2#さん…、」

「っ、!先生あった!」

「えっ?本当っ?」

「これ!この本ですよね?」

「あ!そうだよこの本!」





ないかと思ったーと笑う先生に私も小さく笑い返してその本を手渡した。嬉しそうな先生に思わずにやけてしまいそうだけどそれを必死にごまかすために、貸出の準備しますから、と先にカウンターまで戻ってこっそりと頬をつねった。





「はい、先生本貸して下さい」

「うん、お願いします」

「期限は8月の21日までです」

「はーい、分かりました」





判子を押してから先生に本を差し出せば、助かったよありがとうと神谷先生が目を細めて笑う。お役立てて良かったです。最後の最後でやっと素直な返事が出来れば、ふいに先生の手が私の頭に乗っかってその手がそのままクシャリと髪の毛を撫でた。





「ぇ…」

「本当にありがとね」

「…!」

「あとこの本も借りていい?」

「え、?」

「#name2#さんからのオススメ」





ね?と私に手渡したのは最初に勘違いされたあの本だ。だから私のオススメじゃなくて…!と必死に反論すれば神谷先生がクスクスと笑う。まるで湯気でも出てしまいそうな程熱い顔を見られまいと、期限は守って下さいよ、なんて少し乱暴に本を渡せば1つ頷いた先生がその本をゆっくりと受け取った。





「色々ありがとね、#name2#さん」

「べ、別に…仕事なんで…」

「んーそっか。じゃあこの後も頑張ってね」

「…ありがとうございます」





無愛想に小さく頭を下げれば神谷先生の足音が少しずつ遠のいて行く。そっと頭を上げてこっそりと先生を見れば難しくて分厚い本を読む腕にピンク色で薄っぺらな本が見えた。その本はどうにもこうにも不格好だけどなぜだか胸がギュッと締め付けられる。次に来るのは21日か。そんなことを頭の中で思い返したらまた顔が熱くなってきて私は思わず机に顔を伏せた。








初夏初恋
(恋せよ乙女、恋せよ夏休み)

(んー!!)


20120827
はちこ様 神谷さん/学パロ
Thank you for therequest!!
1997