はぁーあと大きな欠伸をしてから私はピーピーと完了の合図を鳴らす洗濯機にのろのろと向かった。溜まりに溜まった洗濯物を消化すべくバイト終わりの夜10時にわざわざこうして洗濯機を回す。ピンと伸ばしてハンガーにかけながら1つ、また1つと小さなベランダに洗濯物をかける。はぁーあ。もう一度大きな欠伸をしたところで、ぶぇっくしょい、と隣から聞こえた大きなくしゃみの音に私はひょいっとお隣のベランダを覗いた。





「あ、やっぱ居ましたか中村さん」

「…何だよ覗くか普通」

「まぁ、覗きますよね、普通」






こんばんは、と洗濯物を取り込みながらこっちを見た中村さんにそう言ってへへへっと笑う。一応下着取り込んでんだぞ、とあきれたように話す中村さんにあらあらすみませんとヘラリと笑い私はぺこりとお辞儀する。お隣に住む中村さんは偶然にもうちのバイト先に来る常連さんだ。どんな経緯で親しくなったのかはもう忘れてしまったが、ベランダで会えば何となくおしゃべりをするぐらいの仲ではある。






「#name2#さんは何やってんの」

「私は洗濯物干してます」

「こんな時間にご苦労だな」

「いやー溜まっちゃいました」






はははっと笑えば中村さんがまたあきれたように小さく笑う。スーツ姿で洗濯物を取り込む中村さんはどこか疲れてそうで、それなのにこうやって私の相手をしてくれるのは本当に優しいと思う。たわいのない話をしながらも洗濯物を取り込む中村さんを見て、私は思い出したように、あっ、とつぶやく。






「ん?どうかしたか?」

「中村さん、ちょっと待ってて下さい!」

「は?」

「洗濯物取り込み終わってもまだ居て下さいね」







そうやって念を押せば中村さんが、うん、と1つ素直に頷く。手に持っていた洗濯物を適当に竿にかけてから慌てて部屋に戻れば中村さんが窓を開ける音が聞こえた。あ、洗濯物取り込み終っちゃったよ、とその音を聞いてバタバタと台所まで戻って一番上の棚から紙袋を取った。急げ急げと少し慌て過ぎたせいで途中で何か倒した気がするがそんなことは後にしてベランダに出れば、ちょうど中村さんも出てきた音がして私は隣を覗いた。






「良かったー帰っちゃったかと思いました」

「帰らねーよ」

「だって部屋の中入った音が聞こえたから」

「それより#name2#さん何か倒したんじゃねーの?」

「あっ…」





どこかのんびりとした口調で私をからかう中村さんはネクタイを軽く緩めながら、でどうかした?と私を見た。






「あ、これ、お裾分けです!」

「は?」

「バイト先でもらったんですが量が多くて」

「あ、あぁ」

「中村さんコーヒー好きですよね?」






とベランダ越しに手渡した紙袋を中村さんはおずおずと受け取って、ありがとう、とぶっきらぼうに呟く。そんな中村さんにへへへっと笑ってほったらかしにしていた残りの洗濯物を手を取った。






「あー私の洗濯物ももう乾かないかなー」

「そりゃ無理だろ」

「あはは、やっぱりそうですよねー」

「つーかよ、あれだ」

「、?何ですか?」

「俺もよ、これをさ」

「は?」






中村さんの方に振り向けばベランダ越しに差し出されたのは可愛い袋。えええっと思わず驚いて声を出せば中村さんがさっきよりもさらに恥ずかしそうな顔で私を見た。いや、あのっと上手く返事が出来ない私に中村さんはあきれたように、早く受け取れって、と最速して私の手元にグイッと紙袋を突き出した。





「あ、あの。ありがとうございます…」

「いや、かぶるとは思わなかった」

「あ!すごい嬉しいです!」

「まぁ気に入ればよいけどな」

「男の人にプレゼントもらったの初めてですよ!」

「うん、そっか」

「中村さんが選んでくれたんですか?」

「まぁ」






そんな当たり前のことを聞いてしまうアホな私に中村さんは恥ずかしそうに何度か頷いて視線を逸らした。まさかこんな物をもらえるとは思ってもなかった私は、その袋に視線を落としてからもう一度とお礼を言おうと中村さんを見る。





「あとよ、」

「は、はいっ…!」







私よりも先に口を開いた中村さんに慌てて返事をすれば月明かりじゃよく見えない表情が小さく小さく言葉をこぼす。






「今度は普通に玄関から渡すわ」

「え、?」

「ベランダじゃ、あんまあんたの顔見えねぇし」

「っ!」

「何より危ねぇからよ」







そう言ってチラリと目が合った中村さんに瞬間的に体が熱くなる。思わず落としてしまいそうになった紙袋を持ち直して、ぜひ、と何度も頷けば少しだけ驚いた中村さんが小さく笑ったのが見えた。




数センチ先の恋
(近づく距離、あと何センチ?)


20140712
1997