「ハッ、クショイ!あー…」






豪快にかましたくしゃみのおかげで今まで上手くいっていたメロディーがぷつりと切れた。やっぱ屋上は寒い。捲っていたカーディガンとジャージの袖をグッと伸ばして秋晴れの空をホルンを抱えたまま見上げた。あー尻も寒いな。コンクリートにかいたあぐらのせいですっかり体が冷えてきた。ため息変わりに吹いたホルンがプファーと情けない音がしてへへへっと思わず笑ってしまう。真っ青な空に伸びをしてからもう一度ホルンを構えればガコンという大きな音が後ろから聞こえて私は肩をびくつかせた。






「あ…、」

「あじゃない」

「どーもです」






そう言ってへらりと笑えばその人物は盛大なため息を吐いて屋上のドアを閉めた。誰も来ないと思ってたのにずいぶん珍しい人が来た。私より1つ上。吹部の部長で生徒会副委員長。まさに才色兼備という言葉が似合う我が吹奏楽部が誇る良心の塊、安元先輩だ。私としたことがうっかり屋上の鍵を閉め忘れたらしい。ポリポリと頭をかきながら安元先輩を見れば怒るというより呆れた顔で私の方へと歩いてくる。







「先輩が学校に居るの珍しいですね」

「今日は選択授業でな」

「あぁ、だから柔道着」

「そう、柔道着」

「先輩がユーフォニウム以外の物を持ってるの初めて見ました」

「バカ言うな」






そう言ってこっちまで来た先輩は私の隣に座って真っ白い柔道着を置いた。柔道着もなかなか似合っているなぁ、なんてぼんやりと考えていれば私を見た安元先輩が溜め息混じりに口を開く。






「噂になってるぞ」

「何が?」

「誰も居ないはずの屋上からトランペットの音が聞こえるって」

「はぁ…?」

「学校の七不思議になりつつある」

「何が?」

「お前が」

「私が?」

「そう、お前が」






七不思議だぞ#name2#、と困ったように笑う先輩にふーんとまた頷いて、トランペットじゃなくてホルンですね、と返せば安元先輩がぷっと吹き出した。






「確かに間違ってるな」

「やっぱ素人はダメですねー」

「まぁ仕方ないさ」






先輩のその言葉に小さく頷いて抱えていたホルンを思わず撫でれば安元先輩がクスリと笑ったのが分かる。






「でもこんな所で何やってんだ」

「今度のクリスマス会の練習ですかね」

「立入禁止場でか」

「あはは、バレました?」

「バレたじゃないだろ」






でも人が来ないんですよ、と私が言えば、そりゃそうだと入口にかかる立入禁止の札を指差した。鍵はどうしたーとかドアの建て付けはーとかさすが生徒会役員といった質問。だけど不思議と怒られてる感じはなくて何だか変な気分だ。






「ドア捻ったら開きました」

「捻るか普通」

「鍵は開いてたんじゃないですかねー」

「お前なー」






大丈夫か?とさっきから先輩を呆れさせてばかりの私は何だかどうしようもないやつだ。






「しかし#name2#が自主練なんて珍しいな」

「そうですかー?」

「#name2#が部活以外でホルン持ってるの初めて見た」

「ちょっとバカ言わないで下さいよ」

「冗談だよ」






クスクスと笑う安元先輩が空を見上げれば柔道着がコロコロと転がる。選択授業か。思わず声に出してそう言えば安元先輩が、ん?と私を見て首を傾げる。






「選択授業だから最近先輩を見なくなったんだなーと思って」

「あー…そうかもなー」

「部活もあんま来ないですね」

「受験生は色々あんだよ」

「なるほどー」






そう言われてしまってはどうしようもない。無理して来てだの何だのとわがままを言える立場でもなければ言う資格もない。ただただふーんと頷くだけが精一杯だ。






「本当は行きたいんだけどな」

「そうですか」

「#name2#も練習してくれてるし」

「え?」

「引退コンサートの曲」

「あ、」

「屋上から聞こえたよ」

「バレました?」






はははっとさっきみたいにごまかした私に安元先輩が今まで以上に優しく笑いかける。らしくないことなんてするもんじゃないみたいだ。おかげでこれ以上返す言葉が見つからない。






「俺もユーフォニウム吹きてーなー」

「私も久々に先輩の演奏聞きたいですねぇ」

「何だよ珍しいこと言うなよ」

「いえいえ」

「もう少しみんなと部活したいな」

「じゃあもう1年居たらどうですか?」

「ははは、それも良いかもな」

「……、」






冗談で言ったつもりなのにそんな言葉が返ってきたらますます何て言ったら良いんだろう。そうしましょう、止めて下さい、嬉しいです、嘘ですよ。どれも本当でどれも嘘。先輩の言葉が冗談だって分かるから余計に切なさが増してしまうみたいだ。






「まぁ、先輩が来るのを気長に待ってますよ」

「そりゃどうも」

「どういたしまして」






ふわりと微かに吹いた秋風が私の髪の毛を揺らして端っこに置いた楽譜のページを捲る。もう秋ですねぇ。気の抜けるような私の言葉に安元先輩がやっぱり呆れたように笑って、さて、とゆっくり立ち上がる。






「じゃあそろそろ行くかな」

「え、もう行くんですか?」

「生徒会の引継ぎの仕事がある」

「へぇー忙しいですねぇ」






本当によく出来た先輩だなぁなんて思いながら先輩の柔道着を拾って手渡せば、ありがとうと相変わらずの笑顔で応えてくれる。






「私はまだ居ようかなと…」

「………」

「ダメ、ですかねぇ?」

「……はぁぁー」






最後の最後で大きな溜め息を吐いた先輩が、俺もダメだなーと困ったように私を見つめた。






「俺が1番#name2#を甘やかしてるな」

「はぁ…?」

「今日だけな」

「え、?」

「それ以降は音楽室で練習すること」

「え、じゃあ」

「今日まで特別」






誰にも言うなよ、と注意する安元先輩は何だかとても大人びていて、ついついボケッとしてしまう。あのー先輩、なんてのろのろ声を出す私の肩に突然バサリとかかった大きなブレザーに私は驚いて先輩を見た。






「それから校内でのジャージは禁止な」

「え、あの、先輩」

「取りに行く」

「へっ?」

「そのブレザー取りに部活行くよ」

「…!」

「だからちゃんと練習しとけ」






そう言って最後にポンと柔道着で叩かれた頭に何かふわふわとした感覚が残る。ゆっくりとドアの向こうに消えた先輩の姿がどうにもこうにも脳みそから離れなくて思わずホルンに視線を向ければ真っ赤な顔が写って見えた。






piu mosso
(心臓の音)
(今までより速いや)


(あはは、熱いなー)


20121130
ひかる様 安元さん/学パロ
Thank you for therequest!!
1997