『あっ』



ハモった声が夜の住宅街に小さく響いた。何でこんな所に居るんだろうと不思議に思えば久しぶり、なんて先に順一兄ちゃんが声をかけてきたから私は慌てて挨拶した。少しだけ行くか悩んでヒールを鳴らしてゆっくり玄関前の階段にスーツ姿で腰掛ける順一兄ちゃんに近寄れば小さく笑う優しい顔が私の目に映る。




「どこの姉ちゃんかと思った」

「期待した?」

「残念ながらしてない」

「なんだ、つまんない」




順一兄ちゃんに視線を合わせるようにストンとしゃがめみ込めばクスクス笑う兄ちゃんの顔がよく見える。




「何でこんなとこ居るの?」

「煙草吸いにきた」

「煙草?」

「家族が臭いからってよ」

「追い出されたんだ」

「そうゆうことだな」




ゆっくりと煙草を吸った兄ちゃんがやけに色っぽく見えた。スーツ姿も煙草を吸う姿も考えてみたら初めて見たかもしれない。やっと私が二十歳になって大人になったと思ったのにもう兄ちゃんはばりばり働いてて後輩だっていっぱい居て大きな仕事も任されたって母さんから聞いた。私と兄ちゃんは幼なじみなのに何で6つも年が離れてて知らないことだらけなんだろうね。



「私も煙草吸おうかな」

「もう二十歳か?」

「そうだよ、二十歳」

「そうかー早いな」




どこか昔を懐かしむように優しく笑った順一兄ちゃんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。嫌だな、子ども扱いしないでよ。そんな事思いながらもやっぱり本当は嬉しくてドキドキしちゃう自分が悔しい。




「はい、貸して」

「何を」

「煙草だってば」




大丈夫か?なんて心配する順一兄ちゃんの手からヒョイと煙草を取り上げて私は肺にその煙を吸い込んだ。うわ、美味しくない。思わずむせ返せば順一兄ちゃんが呆れたように笑う。




「だから言わんこっちゃない」

「うるさいなー」

「ほら返せ」




私の手から煙草を取り上げた兄ちゃんは何事もなかったようにまた煙草を吸うと、きついネクタイを緩めた。今の順一兄ちゃんには私はどんな風に見えてるんだろうなんてバカみたいな疑問が頭の中で渦巻いた。子ども?大人?それともただの幼なじみ?



「なまえも酒が飲める年とはな」

「えっ?」
「何だよ、飲まないのか?」

「ち、違っ…!」




さっき吸った煙草のせいか、それとも兄ちゃんの笑顔のせいか。ううん、たぶんどっちでもなくて兄ちゃんが私の名前、呼んでくれたからだ。そのせいで私の心臓は今までよりも早く早く鼓動してあの日約束した言葉が私の頭の中でぐるぐると回る。




「の、飲むよお酒ぐらい」

「そうか」

「そう、だよ」

「じゃあ今度おごってやるよ」

「え、」

「遅いけど二十歳祝い」




大人も悪くないぞーと笑う兄ちゃんは煙草を消すと少し説教くさく色んなことやってみろよ、なんてまた私の頭を撫でた。





「さて、もう帰んななまえ」

「えっ?」

「なまえの母さん心配するからな」

「兄ちゃんあのっ…」

「んー?家まで送れか?」




よっこいせ、と立ち上がった兄ちゃんが未だにしゃがみ込む私に手を差し伸べた。違うよ、私が言いたいのはそんなことじゃないんだよ。ねぇ、順一兄ちゃんはあの日の約束覚えてる?思わずしゃがんだまま差し出された手を握り締めて私は俯いた。本当はすごく怖いけどでも私はずっと待ってたんだよ。




「どうした?」

「二十歳になったらするって」

「え?」

「約束、」




しゃがんだまま兄ちゃんを見上げて私はゆっくりと立ち上がった。ヒールを履いてても届かない順一兄ちゃんの身長が駄々をこねてよく困らせた昔を思い出して切なさに胸が痛んだ。




「順一兄ちゃんが好き」

「え?」

「ずっと好きだった」

「っ、!」




目をぱちくりさせた兄ちゃんにあの日の記憶を思い出した。小さかったあの時も兄ちゃんに告白して同じ顔をされたんだ。「20歳になるまで」なんて約束をして。でもダメね、兄ちゃん忘れてるみたいだもん。ギュッと唇を噛み締めて視線を逸らせば順一兄ちゃんの口から漏れた言葉に私は耳を疑った。




「違う、な」

「え?」

「約束が違うな」

「っ!」

「やっぱり忘れてるか」




はははっと照れくさそうに笑った兄ちゃんは私の頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴に撫でた。約束、覚えててくれたんだって少し泣きたくなったけどあの日私は兄ちゃんとどんな約束したんだっけ…?




「お前勝手に記憶変えたろ」
「えっ?」

「どうでも良い事は覚えてんな」

「私、ちゃんと約束守っひぇ」




少し乱暴だった頭を撫でる手が私のほっぺたを引っ張ったから口から情けない声が出た。順一兄ちゃんの顔を見れば照れくさそうだった笑顔がいつの間にか真面目になっていて私の心臓は今まで以上に騒ぎ出す。パッと離されたほっぺたを引っ張る手が今度は私の頭を優しく撫でるとふいに視界が暗くなって順一兄ちゃんの優しくて心地良い声が耳元で聞こえた。

あぁ、ほら。

そんな優しい声で囁くから私の胸はまた切なくなるんだよ。






























「本当の約束は、20歳になったら俺が告白するって言ったんだよ」






あの日、約束


20120418
1997