最低。思いっ切り言ってやりたかった。でも言えなかったのは私がまだあいつを好きだから。携帯の待ち受けに映る彼との写真からは「浮気ぐらいでうぜぇ」という言葉が聞こえてくる。それがあいつの最後の言葉。どんな教育うけてんだクソが。クソと言ってる時点で私も人のことは言えないが今はこうするしかない。へたに気を抜けば涙が出そうだ。決して泣くものか。あんなクソ男に負けてたまるか。なのにタイミングが悪い。ブーブーっとバイブ音が鳴り響く。メールじゃない、電話だ。




「もしもし…」

『何やおるんか。お前が今日電話する言うたやん』

「あぁ、そうだ」

『別にええけど。なかなか来いひんからこっちからかけてもうたわ』

「うん、ごめん」




律儀な奴。電話するって覚えててくれたなんてね。だけどもう今更、相談も何もない。だって解決してしまったから。電話越しに心配そうに尋ねてくるすずに別にと適当に返事をする。我ながら可愛くない。それでも押し黙る私をすずは不安げに私を呼んだ。




『………なまえ?』




すずの声に鼻の奥がツンとした。やめてよ。八つ当たりしそう。何もかもが億劫で自分でも驚く。




『なまえ、何かあったんか?』

「……っ」




すずは無駄に感が鋭い。私の変化をいち早く気付いては心配してくれる。昔っからそう。




「ふられた」

『…うん』

「浮気。あいつ浮気してたの」

『うん』

「私が何でって尋ねたら浮気ぐらいでうぜぇ、だって」

『うん』




私の淡々とした口調にすずはうんと頷く。すずはいつだってこうだ。私の話を「うん」とだけ言って聞く。余計なことは何も追求なんてしてこないでただ私の話に耳を傾ける。普段はお喋りなくせしてなんだって言うんだ。カーテンがふわりと風でなびいた。やんわりと風が入ってきて、同時に車のクラクションが聞こえる。最近この変はやけにうるさい。




「聞いただけでうぜぇなんて最低な男よね」

『うん』

「本当は殴りつけてやりたかったぐらい」

『うん』

「私ばっか一途だったなんてバカみたい」




最後のほうで突然声が震えて慌てて口を噤んだ。涙なんか流すか。そう思ってたのに視界はもうぼやけ始めてる。




『バカやないで、バカやない』

「………」

『一途になれることはすごいで』

「でも騙された」

『そやな、それは辛かったと思う。でもそれはなまえが悪いわけやない。だからバカやないて』

「……」

『男はな、アホなんよ』

「……すずもアホなの?」

『あぁ、アホや』




すずが小さく笑った気がした。電話だから表情なんて分からないのにどこか寂しそうな気がして私は余計涙がこぼれた。




『うまく言えんなぁ。慰められんでごめんななまえ』

「いい」




プップーと車のクラクションが鳴っては消えてゆく。私は声を殺して泣くことしか出来ない。どうか聞こえないでくれ。




「すず」

『うん?』

「ありが、と…」

『うん』




自分の気持ちを言ってまた黙り込む。声だけではない。心臓も震えているような、そんな感覚に私は頭を叩いた。



『やっぱり俺はアホなんよ』

「………」

『ごめんななまえ』




すずの申し訳ない声が聞こえて心臓がドクリと音を立てた。なんですずが謝るの。そう言ってやりたくても口を開いてしまえばこらえていた物全てが崩れてしまうだろう。そしてきっとすずを困らせてしまう。




『やっぱりアホやごめん』

「アホじゃない、」

『アホや、しかもずるい…ごめんなまえ』




だからなんで謝るの?










『俺はなずっとなまえが―――』















車のクラクションが部屋中に響き渡った。「なんて言ったの」なんて聞けない私にごめんという声を残しぷつりと電話は切れた。







ずるい人
(でも1番ずるいのはきっと私だ)


20100820
1997