見世にはいくつかルールがある。
その1、外出は禁止。そのまま逃げられたら困るから。
その2、逃亡は禁止。ここにいる人達はみんな商品だから。
その3、恋愛は禁止。かつて見世で恋仲になった2人に、別々に買い手がつき離れ離れになる前に逃げようとしたことがあったから。
その4、商品同士でのセックスは禁止。お互いにお互いを傷物にしあうのは、商品としてどうなのか、ということらしい。
けれど人間誰しも、禁止なことほどしたくなるもので。特に3つ目と4つ目なんてあってないようなものだ。私だってほかの女の子だって、恋をしてセックスをしている。見世側もきっと、分かっていて目を瞑っているのだろう。こんな非人間みたいなことをしているのに、まだ一応人の心はあるみたいだ。
今日は非番で、イライは仕事。いつもの暗い色の服から、少しだけ派手な青い衣装に着替える。彼が服を脱いだ時に、背中に引っかき傷を見つけた。
「それ、私がつけたやつ?」
「ん?…ああ、つい一昨日ね」
「そう」
痛かったかと聞くと、少しだけと返ってくる。でも、嬉しかったんだ。イライはそう言って私に目隠しを渡し、椅子に座った。つけてくれということらしい。
「今自分が抱いている女性は、私の背中に爪を立てるくらい私を欲してくれているのだと思うと、嬉しくてね。口角が上がって戻らなくなってしまう」
「恥ずかしいこと言わないで」
「恥ずかしいことかな」
「恥ずかしいことよ」
蝶結びはもう誰にも負けないくらい上手くなった。左右同じ形で、同じ長さ。けれど、私が照れるようなことを言ったあなたに、少しだけ仕返しをしたっていい。いつもより少しだけきつく結んでやった。「少しきつくないかい?」気のせいよ。そして、少しだけ嬉しいと思ったのもまた、気のせいなのだ。そう言い聞かせないと、恥ずかしさと嬉しさと照れとで死んでしまいそう。
それじゃあ、行ってくるよ。彼はそう言って立ち上がり、フードを被った。私はフードを被ったイライが好きではない。私の前ではフードも目隠しも取っていることが多いから、知らない誰かのような気がしてたまらないのだ。
「アニータ」
「なあに」
「すぐ帰ってくるから」
「ええ」
私を抱き締めて、わざわざ目隠しを少し上げてキスをした。私が今の彼に苦手意識を持っているのを知っているのだ。私に触れる誰かに、彼の目の青色がないと不安になることを、彼は知っているのである。
行ってらっしゃいと彼の背中を見送った。「行ってらっしゃい」があるということは、「ただいま」があるということ。以前私を待つ時にそう思っているとイライが教えてくれた。だから私もそう考えるようにしている。それだけで何となく、この一人きりの寂しい部屋でも、耐えられるような気がするのだ。