少しだけ寒くて目が覚めた。起きてイライにおかえりなさいを言おうと思っていたのに、いつの間にか眠っていたようだ。まだイライは帰ってきていない。
腕をさすりながらベッドを降りて、イライのコートを引っ張り出す。彼がここに来た日に着ていたものだそうだ。寒い時は好きに着ていいと言われたので、遠慮なく貸してもらうことにしている。
両腕を通し切ったところでゆっくりとドアノブが傾いた。イライだ。
「おかえりなさい」
「…ああ、ただいま、アニータ……」
そう言って、ふらふらになりながら部屋に入ってきた。片側から支えるが、予想以上に体重をかけられて倒れてしまう。すまないと謝る声に疲れが滲み出ていて、今日はまた一段とたくさんの人を相手にしたのだろうと予想がついた。
イライは見世に出ると、訪れた客を片っ端から全員占って帰ってくる。彼の持つ天眼は使えば使うほどその分弊害があると本人も分かっているのに、それでも加減せずに使うものだから、見世から帰ってきた時はいつもこうなのだ。
取ってくれと言われたので、フードと目隠しを取る。宝石みたいな青い色が、今日はずいぶん濁っていた。弊害というのはこれである。使えば使うだけ目が濁り、視力が落ちる。時間を置けば回復すると言うけれど、回復にも時間がかかる。イライが週に一度しか見世に出ないのはこれが理由だ。
「アニータ、」
「大丈夫、ちゃんといるわ」
目の前にいる私でさえも手探りで探すので、きっと今日はほとんど見えていないのだろう。慣れなのか、感覚なのか。どっちにしろ、ここまできちんと帰って来てくれたことに安堵を覚えて、お疲れ様と彼の体を抱きしめる。
「…ずっと、そうしていてくれないか」
「ええ、いいわ」
冷えた指先がコートの内側に入り込んで、服越しに抱きしめるので背中が冷えた。私がぶるりと震えると、彼は少しだけ笑った。
こんなにひどく疲れるのなら、週に一度出るのではなくて、何回かに分けて少しずつ眼を使えば良いのではないか。そう思ったことが何度もある。けれどイライは、出迎えられるより出迎える方が好きなのだと言って笑った。その実、私が部屋に戻る時間に誰もいないと泣き出してしまいそうな気分になることを、彼は知っているのだった。だから、七日間で見世に出る分を一日にまとめてしまう。たとえ体がぼろぼろになってしまうとしても。
優しい人。こんなところで生きているにはもったいないくらい。君にだけだと小さな声で返ってきたので、どうやら口に出てしまっていたらしい。