のんびり過ごす


(………寝やがった)


────イザナの弾いてるところがみてみたい。

そう言ったのはオマエだろう。
今日は珍しくお互い予定がなかった。いや、予定を“いれさせなかった”
族の総長のオレとなにもないただの一般人のナマエ。時間を合わせるのはなかなかに難しい
予定を組んでもどこかの雑魚が攻めてきたり、ケンカを売られりゃそっちを優先するのは当然
それが理由で何度もナマエとの予定がなくなる事もあれば、それ以外でも何日も会わない日もある

『わかった。怪我はしないで…は難しいかもしれないけどあまり無理はしないでね。私のことは気にしないで』

オレが行けなくなった事を伝える連絡を入れてもバカの一つ覚えみたいに毎回同じ事を言う

(コイツ、今日の予定楽しみじゃなかったのか?)

わがままや文句を言われたら言われたで面倒だが、これはこれでどうなんだ。とつい心の中で愚痴が漏れる
約束を取り付ける度に守れないかもしれないとは伝えても『大丈夫、わかってるよ。』と嬉しそうに笑うオマエにむず痒くなる
守れないつってんのになんでそんな顔出来るのかオレには理解出来ない。
何度も何度も約束を取り付けては破って、取り付けては破ってを両の手から超えた頃。集会終わりに『大将ォ〜いい加減あの子優先しないと飽きられるぜ』とにやにやと楽しげに笑う蘭に言われた

うるせぇよ、てめーには関係ねぇだろと普段なら蹴りの一つでも入れて言えた言葉もこの時だけは言えなかった。同じセリフを一昨日鶴蝶にも言われたからだ

(はぁ…めんどくせ。)

何もかも面倒だ。

『おい、鶴蝶』
『どうした』
『次の土曜。よっぽどのことがない限りはオレを呼ぶな。オマエがオレの代わりをしろ』
『……ん?あぁ、わかった。でもなんでだ?』

(鋭いのか鈍いのかなんなんだ…)

みなまで言わせるな、察しろ。ちっ、と舌打ちを一つ漏らし、なんでもだ。と返せば頷く鶴蝶と背後でにやにや笑う兄弟にまた舌打ちが漏れた

『オマエ達で手におえなかった時だけ連絡しろ』

いいな、と命令を下し早々にその場を去った。

『今度の土曜暇か』
『え、うん…暇だけど…どうして?』
『ならオレの家来い。時間はオマエの好きなときで構わない』
『…………ほんとうに、会えるの?』
『あ?』

電話口からでもわかる、聞こえた不安げな声はコイツとこういう関係になってから初めて聞いたかもしれない

『あ…ううん!なんでもない。会えるの嬉しい』

楽しみにしてるね!と、“いつも”と変わらないオマエ

(吐かせるのは何も今じゃなくてもいい)

深掘りしたところではぐらかされるだろう。ならオレのする事は今は流すことだ
約束を取り付け、おやすみと呟くアイツに同じくおやすみと返す。この瞬間がまだ慣れねぇ
約束の土曜。天気も悪いわけでも気圧が重いわけでもない。過ごしやすい
いつもどおりの時間に起きてベタに餌をやる。アイツが来るにはまだ早い時間
のんびり過ごすか。


・・・


僅かに感じる振動で意識が浮上する

(寝てたのか………)

少し手を伸ばし震える携帯をとれば、ナマエからの着信。緩慢な動きで通話ボタンを押し耳に当てる

『〈あ、イザナ?おはよう。今からそっち向かってもいい?〉』
『……好きにしろ』
『〈ふふ、わかった。今から向かうね〉』

プツッ、と通話が切れる

(つか今何時だ?)

携帯の画面を見れば昼前の時刻が表示されていた
思ってたより寝てたのか
横たわらせていた身体を残し、水を飲みに立ち上がる


・・・


『久しぶり、元気だった?はい、これ。食べるもの買ってきたよ』
『…………サンキュ。あがれ』
『お邪魔します』

ショートブーツを脱いで部屋に上がるナマエを横目で見る
普段とは違う手の込んだ髪型。服も見たことねぇ服だ。よく見りゃ顔も少し違う……のか?雰囲気が違う

『?…なに?』
『別に。適当に座ってろ』

ナマエが買ってきた食い物が入った袋をテーブルに置き、二人分の飲み物を取りに行く
『ベタも久しぶりだね。会いたかったよ』

水槽の前に行き水の中を泳ぐベタに声をかける

(オレには会いたくなかったのかよ)

とバカげた思考に舌打ちをし、マグカップを持ってアイツのもとに戻る

『ありがとうイザナ!』
『ン』
『それにしても本当に久しぶりだね。怪我とかはない?』
『誰に言ってんだ。怪我なんざねぇよ』
『そっか。よかった…』

オレの言葉に安心したのか、少し…ほんの少しだけアイツの肩から力が抜けたのを感じた

『オマエ、オレが誰だが知ってんだろ。無駄な心配してんな』
おそらくコイツの事だ。会えない間も無駄なことに気を揉んでいたんだろう
『……無駄な心配かは、私が決めるよ』
『あ?』

思ってもなかった言葉に口につけてたマグカップを離し、顔を顰める

『イザナが強いのは知ってる。それでも心配になるし、不安にもなるの。』

イザナが大好きだから
迷いも、嘘もないまっすぐな目で見つめられる。
わかってる。コイツは違う。オレに嘘を吐かねぇし、オレに媚びるようなやつじゃない。
オレのそばにいるのもコイツの意思だと言う事も。

『……─────悪かった』
『あ、わ、私もごめん。……でもこれだけは知っていてほしい、な。私はいつでもイザナの味方だし、イザナのことを一番に思ってるよ。だからイザナは変わらずイザナのままでいてね』

一瞬時間が止まって音が消えた。それほどの衝撃がオレを襲った
なに平気な顔してンなこっ恥ずかしいこと言えるんだよ。言ってて恥ずかしくねぇのか?聞いてるこっちが恥ずいだろ
次々に浮かぶ文句はどれも言葉にならず口の中で消える。

『……………』
『イザナ?』

急に黙ったオレにナマエは眉尻を下げ不安そうに顔をのぞき込んできた
ああ、むかつく。なにオマエ如きがオレを振り回してんだよ。つーかなに気軽に近づいて来てんだよ、警戒心なさすぎだろ

『ねえ、どうし────』
『…………』

唇を開いて言葉を紡ぐタイミングで口の中に舌を押し入れナマエのそこにかぶりつく
いきなりの行動で目を閉じずお互い近距離で見つめ合う

(はっ。間抜け面だな…)

『ンん…っ、…は、ふ…』

わざと舌を絡ませ水音を響かせればくぐもった声を出し、肩にしがみつく姿に身体の内側がゾクリと粟立つ
ゆっくり唇を離し繋がる銀の糸を切ってやれば、顔を真っ赤にしたナマエが息を乱し胸元によりかかった。

『だらしねぇな。こんなでへばったのか?』
『っ、…はぁ……、だって、久しぶり…だったから…』
『………………』

わざとか?壊されたいのかコイツ
ドス黒いモノが脳を支配するのを感じる。押し倒してぐちゃぐちゃにしてやりたい
目の前の身体に手を伸ばし押し倒そうと肩にふれれば、待って!と静止の声がかかり手を掴まれる

『…あ?何止めてんだ』
『…ごめ、でもまだダメ……』
『なんでだ』

昂ぶった熱が、欲が行き場を失う。“オアズケ”を食らう犬の気持ちだ

(なんなんだ……いったい)

『オイ、ナマエ』
『……久しぶりに会ったからもっとイザナと話したいし、そういう事以外のことをイザナとしたい…だめ?』

さっきまで息を乱してたやつが何言ってんだ?
でも言い出したら聞かない、とまではいかないが何を言っても考えを変えねぇのは知ってる。

『……ちっ。何したいんだよ』
『!……えっとね、久しぶりにイザナの弾いてるところみてみたい!』
『……は?そんなのでいいのか?』
『それがいいの』
『……はあぁ、わかった。用意するから待ってろ』
『やったー!ありがとう!』

鼻歌でも聞こえてきそうなほど上機嫌になったアイツに完全に毒気を抜かれ、立てかけてあるアコギを取りに向かう



・・・



『弾くぞ』
『お願いします』

チューニングを終えれば、弦を鳴らしていく
部屋にはオレが鳴らすアコギのメロディーだけが響く
それから数分が経ち、頭の中のメロディーを弾き終わる

『……………………』

(……寝やがった)
─────イザナの弾いてるところがみてみたい。

そう言ったのはオマエだろう。
案の定、ナマエは座ったまま静かに寝息を立てていた。

『はぁ…』



・・・



起こさないよう物音をあまり立てずアコギを元の場所に戻せば、寝てるナマエの隣に座る
平和ボケした顔で眠るナマエを見つめていればふと蘭の言葉が浮かんだ

────大将ォ〜いい加減あの子優先しないと飽きられるぜ

「はっ。飽きられようが、泣いて喚こうが誰が手放すかよ」

むにゃむにゃとよだれを垂らし寝るナマエの左手を取り

「オマエだけはどこにも行かせない。諦めて全部オレに渡せ」

まだ渡せない“それ”の代わりにガリッ、と左手の薬指に歯を立て噛みつき、来たるべき“未来”の印を刻みつけた

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