「ね〜添。このあと家に泊まりに来るでしょう?何か食べたいものある?」

猫撫で声と言うのだろう。
名称は聞いた事あるが実物を聞くのは初めてだからよく分からないけど、聞いていて少し…いい気はしない。

派手な見た目の女性は長すぎるわけではないが決して短くもないネイルを施された指先で、柔らかいものに触れるように隣に立つ男性の腕へ指を這わす。その様子がとても厭らしくて真似はしたくないなと心に誓った。

「そうだな、あれ食べてみたいかも。今一番ハマってるって言ってた得意料理。あれ、話で聞いてから気になってずっと食べてみたかったんだよね〜」

材料揃えたり、作るのに時間かかるなら別の機会でもいいよ。と“ 完璧な彼氏 ”の返答をした男性の言葉に顔を真っ赤に染め、嬉しそうに微笑む女性の姿はどこからどう見えも乙女で純粋に可愛いと思ってしまった。

「ナマエ?どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。行こう」

一緒に買い物をしてた友人の言葉に、いつの間にか“ 恋人 ”の様子を見学するのに止まってた足を動かしてその場を離れる。



夜になり、寝静まった寮の廊下を歩く。
私は観光区長でもなければ関係者でもないただの高校生。

知り合いが観光区長を努めてると言う理由で時たま裏方のお仕事をお手伝いさせてもらい、今では主任さんからいつでも来てもいいよと言ってもらえるぐらいには顔馴染みになった。

すごく賑やかで暖かくて居心地のいい場所。つい話し過ぎて帰りが遅くなる事も、今日のように泊まることもありすごく申し訳なさはあるけれど、その反面ここにいれる事の嬉しさに甘えてしまう。

「いつまでも甘えてたらダメだよね」

周りは大人の人だらけ。学生なんてあく太達と私ぐらい。
社交辞令ぐらいは知ってる年齢だ。全部が全部“ 本当 ”の言葉とは限らない。それは私が一番知っている

「つーかまえた」
「…ッ!!」

階段を降り終えた瞬間、聞き慣れた声と同時に口を塞がれたと思えば腕も掴まれどこかに引っ張りこまれた。
引っ張りこまれたと言ってもここは寮内。個人の部屋以外は勝手知り始めた場所ばかりになったから不安はない、けれど今は夜で当たり前のように寮内は明かりを消されている。

真っ暗な室内がどこなのかはわからない。けど、私を壁に押し付けて逃げられないように足の間に膝を割り入れている人なら分かる。

暗闇にまだなれない視界で背景と暗闇に溶ける【黒】を見つめる。

「……」

少しずつ慣れ始めた視界が捉えたのは、思い浮かんでいた人物で間違いなかった。

添さん。名前を呼びたくてもいまだに口を塞がれてる状態では名前も呼べず心の中でつぶやく。
ただでさえジト目で気怠けな瞳がさらに楽しそうに細められ、手が離され口元が解放される。腕と膝はそのままだ。

「お、おかえりなさい」
「ただいま、いい子にしてた?」
「は、はい。いい子にしてました」

そっか〜偉い偉い、と褒めてるくせにまったくその声音も表情も褒めてるそれとは違い温度がない。

「えっと、」
「…?」
「そろそろ離してもらえると助かります」

しどろもどろに要求を伝える。いつまでもこんな体勢でいられないし、明日は学校だ。早く寝ないといけない。
そもそもなんで寮に居るんだろう。泊まるはずだったのでは?いつ帰ってきたのか。なんでこんな事をするのか。疑問は浮かび上がるばかりで何一つとして言葉にできない。添さんは嫌うから。

私の伝えた要求を思案するように瞳を閉じて考える仕草を見せる添さんは少しして、にっこり笑って答えた。

「うーん、ダメ」
「え!?」
「ハハ。そんな驚く?」
「だってすぐ離してもらえるものだと、」

思ってたと続くはずの言葉は途切れた、添さんの唇によって。

「…ん…ッ…」
「…ふ、……ッン」

数秒重なって離れた二つの唇からは少し熱めの吐息が吐き出される。

「悪い子。こんな遅い時間に一人で暗闇を彷徨うからこうして悪いオトナに捕まって、襲われる」

言い終わるかのタイミングで再び重なった唇は今度は深くじっとりと触れ合う。
息さえも奪われるそれに苦しくなるのに心は満たされて幸せになる。

悪いオトナ。添さんはたしかにそう言った。
それは間違っていない。
現にこうして私に手を出す。


“ お前が卒業するまでは触れ合いはなし、キスもしないから ”

二人で決めたルールだ。世間体の事もあるだろうし添さん自身の都合の悪さもあるのだろう。
私は一つ返事で頷き承諾した。
なのに、それを破るのもこうして触れ合ってくるのも全部彼の方からで。

こういった事は今回が初めてではない。ルールを決めた日から今日までの間に優に両手は超えたが20とかまではいかない。

本当に悪い人。私にばかり我慢させて、嫉妬させて…あなたは何一つとして我慢も嫉妬もしてくれない。

粘り気のある音に混ざり響く水音。酸欠になり始め頭がくらくらする。

触れ合う舌によって唇の端から滴り落ちる雫に気にしてられない。激しく求められて、吸われて、歯で先を甘噛みされて意識がぼやける。

舌先同士触れ合ったまま止んだ口づけに、口を閉じることも呼吸をうまく吸うことも出来ない。

苦しいと伝えるすべは一つ。
残された力で添さんにされたように同じ場所に甘噛みすること。そうすれば普段は見れない目の前に居るメスを求めるオスの瞳に変わっていく。
その瞬間がたまらなく好きでこの行為をやめさせない理由。
ゾクリと背筋が震える。

悪いのは添さんだけじゃない。そんな添さんに甘えてこの行為を受け入れて、とっくにルールを破ってる私も同罪だ。

「このまま此処でいい?最後まではシないけど」

ズボンのゴムの間と服の裾から差し入れられる手は優しく横腹をなぞり徐々に上へ這い上がる。

わかってるくせに。私の出す答えなんて。

「……いいですよ、添さんの好きにして」
「ハハ。了解、声抑えててね」

今度は自らの意志で行動で口元に手を当て塞ぐ。その様子を確認した添さんは、いい子、と耳元で零し服を乱し始めた。

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