静かな部屋にかすかに響く寝息。
部屋に置かれたベッドには2人の男女の姿があり、心地よさそうに寝息を漏らす女の身体にかけられたシーツからは露わになった細い肩が規則正しく上下に動き眠っていることを表している。
そんな女の隣では黒髪の男が仰向けに寝転び女同様閉じていた目を開き、自分が過ごす寮の天井とは違う“ ソウイウ ”雰囲気作りのために作られた少し派手目な色や装飾にただでさえ萎えてた気持ちがもっと萎えた気がした。
「あー……だる」
小さな声でぼやいたはずが思ったより静かな部屋に反響し、隣の女に聞こえたかと目尻で確認をするも変わらず規則正しく動く肩と寝息に変わりないと判断をすればサイドボードに置いていたスマホに手を伸ばす。
「ッ…まぶし……」
薄い照明だけの室内で目が慣れていたせいか、スマホのライトは少しばかり堪え瞼を伏せる。
暗闇で生きる男にはどんな時でも明るくて眩しい物は目に毒でしかなかった。
ようやく目が光になれ始め、時刻を確認すれば明朝よりは少しばかし早い5時10分が表示されている。
「やば」
現在の時刻を確認すると、緩慢な動きではあるが身体をお越しベッドの下に散らばる女の服や下着に混ざって落ちている自身の衣類に舌打ちが漏れそうになるもぐっと呑み込み、明らか男なら興奮するだろうと言う魂胆が見え見えな下着を掻き分けながら着替えを済ませると浴室へ向かう。
顔を洗おうと鏡に向き合うと、
「はぁ……マジか」
首筋と肩の丁度間には一つの真っ赤な薔薇が咲いているではないか。
男の白い肌だからこそ余計に映えて見えるそれにいよいよ顔を顰めるしかない。
今までこういった事はなかったし、つけられそうになっても激しく腰を揺らすか弱点を付けば女の意識は別に向きつけさせずに終えれた。なのに今回はどうだろうか。
女にとっては嬉々とし、男としては忌々しいこの赤はくっきりと肌(そこ)に鎮座しすでに消えたはずの女の感触がまだ残っている気がしてならない。
「(つけるなって言っても理由聞かれそうだし、注意しても泣かれでもしたらめんどうだし…)」
かと言って黙ったままでいても次も調子に乗ってつけられそうだ、と今後の“ 正しい ”対応を考えるが今の男の頭では思い浮かばずため息を漏らし、一旦保留にする事にした。
今はそんな事よりもやらなければならない事があるからだ。
ここから寮まではそんな遠くはないが近くもない。
走って帰るほどでもないしなるべく歩いて“ 時間に間に合う ”ようにして寮につきたい。
「ちゃちゃっと終わらせますか」
「あ。おかえり添くん」
「ただいま主任。相変わらず朝早いですね」
「そうかな。普通だと思うけど…それより添くんは今帰ってきたの?飲み会とかだった?」
純粋でピュアな目の前の人物には男が朝帰りした理由なんてそれぐらいしか見当がつかないのか、はたまた見当がついていてそう言ってるのか。いや前者だな、と自身とは違う穢れを知らない人物にただただ呆れたような可哀想な同情した目線を送る。
そんな男の想いなんて露知らず首を傾げ、ひょっとしてマズイこと聞いちゃった?と慌てふためく様子に笑みを貼り付け、大丈夫ですよー。主任のいうようにただの飲み会の帰りですと応えれば、そうなんだ!飲みすぎてない?頭痛するなら薬飲んでね。あ!何か温かいもの作ってくるから待ってて!と矢継ぎ早に伝え足早にキッチンへ向かう姿に2回目のため息がもれた。
「聞いてこなかったってことはうまく隠せたかな」
指先で不快な場所が残るそこにそっと触れつぶやく。ホテル出る前に隠そうと思ったが、聞かれてもお子様達ならごまかせるだろし、配慮してくれる人やあえて触れてこない出来た人もいる。
おそらく2、3日で消えるであろう。
それぐらいの強さでつけられたものだ。慌てることでもない。
「…っと、そろそろかな」
ポケットからスマホを取り出し時刻を確認すると同時に遠くから聞こえる足音。
普通の人なら聞こえないが、優れた男の耳なら誰の足音かわかる。
「おはようございます。あ、添さん!」
眠そうな顔で寮の玄関に入ってきた少女は視線の先で立つ男の姿を目にすれば、先程の眠気なんてどこへやら屈託なく笑い男へと近づく。
「おはよー朝から元気だね」
「おはようございます!添さんに会えたので今もっと元気になりました」
自身に近づいた存在を身長差もあってか上から見下ろす形で視線を向け、整えられた髪を撫でてやる。
するとさらに顔を破綻させ笑う姿にこれの何がいいんだかと浮かぶ疑問を抱えながら手はそのまま髪を撫で続け、視線を合わせるため身を屈めれば、添さん?と不思議そうに漏らす唇に自身のそれを重ねようとほんの少し顔を近づけてやると何をされるのか理解した顔はみるみる赤くなり、ぎゅっと目を閉じた。
ホント、無防備すぎ。
触れるギリギリまで近づいた距離は触れることなくそのままで、「期待した?」と揶揄うように問い掛ければ、ぱちりと開かれた目は一瞬きょとんとした顔にもう笑うしか出来なくて声を出し笑えば、少女は更に赤くなり身体までも怒りからなのか恥ずかしさからなのか震えだし「もう添さんの───!」と大きな声を出すが続きの言葉が紡がれる事はなく、声もピタリとやんだ。
「ナマエ?」
「…………」
少女の視線は男ではなく、男の首筋や肩辺りに向けられていてそれだけで、あちゃーバレたかと冷静に状況を見てさてなんて聞かれるかな。それとも泣かれるか。少女の今後の行動を予想し何がきても対応できるように頭の中でプランをたてる、が。
「………」
「………?」
1分。また1分。と時間だけがすぎるだけで少女に動きはない。
それどころかあれから一言も発さずただじっとはっきり残る赤を見つめている。
「なに。どうしたの」
「……………」
男が何を言ってもうんともすんとも言わず動かない少女にどうしたものかと頭を悩ませていると、おまたせーあれナマエちゃん!来てたんだね、おはよう!と温かいものを作りに行っていた主任が湯気が立ち昇るマグカップを持って戻ってきた。
「ナマエちゃん?」
「…!…おはよ、ございます主任さん。朝からお邪魔してしまってごめんなさい」
「それは大丈夫。ナマエちゃんはここのアルバイトでもあるんだしいつでもおいで」
はい、ありがとうございます。と返す様子は普段と違い笑顔なのに元気がない。それに気づいたのは男だけではなく、主任も同じようで、ナマエちゃん?何かあった?と優しく聞くも少女は首を横に振り否定をする。
「なんでもないです。昨日ちょっと夜更しして寝るのが遅かったからかまだ眠くて…。あ!私そろそろ行きますね。当番なので」
「そうなんだ。いってらっしゃい、気をつけてね」
「はい。行ってきます、添さんもまた」
「いってら〜」
自分達と挨拶を交わし寮を出た少女の後ろ姿を眺め、隣で少女の心配をする主任を横目に男はやっぱめんどうな事になったと3回目のため息を漏らした。
✦
私の朝は早い。と言っても部活してる人なら起きる時間帯だから普通といえば普通の時間帯だけれど。
私の家から学校まではそんな遠くないから6時以降に起きても問題ないが、私にはどうしても早起きしないといけない理由がある。
それは“ 恋人 ”の添さんに会うため。
彼は大学生だからか朝から寝てる事もあるらしいが、早朝とかならまだ起きていて会えるというのを添さんに聞いてからは苦手な早起きを頑張った。
最初は辛かったが少しでも添さんに会えるためだと思えば、苦ではなかったし朝イチに添さんに会えるだけでその日の苦手な科目もテストも頑張れる気がした。
今日も変わらず5時前には起きて用意を始める。
最初早起きする私に不思議がってた母も娘(私)の意図に気づいたのか、今では何も聞かず朝食を作ってくれるし少しでも5時を過ぎたら起こしてくれている。ほんとに感謝しかない。
「行ってきます!」
朝食をすませ、カバンを持ち家を出れば学校への道とは反対に歩みを進める。
HAMAツアーズのアルバイトをするようになってから、添さんに出会ってから毎日が楽しくて仕方がない。
添さんに関しては時たま悩んだり、胸がズキズキ痛んだりもするけど…。
“ 恋人 ”と言っても添さんの特別は私じゃない。
添さんの中では数多いる彼女の一人だろ。
それでもよかったし、文句もなかった。けど。…ふと、このまま添さんの特別になれたらと考えることもあるが、何度もその考えは私の中から消した。
一番の理由は良くも悪くも他の彼女さん達とするように私に接するからだ。もちろん最後までした事はないが、私にもちゃんと触れてくれるし愛を囁いてくれる。
誕生日にはプレゼントもくれて、めんどくさいという態度に出されながらも寝落ち通話にも付き合ってくれた。
それだけで子供の私は満足をして今の現状に浸って、抜け出させずにいる。
友人にも親にも相談できないし話せない秘密の恋。
ずっと他の女の人と変わらない、大丈夫と思っていたのに。
彼の首に咲く華にショックを隠しきれなかった。
少女漫画やドラマでは見るけど、実物では初めて見る。それも恋人の肌で。
今までもつけられていたのかと過ぎったがそれはありえない。ほぼ毎日と言っていいほど添さんにあってるし、キスすることもあるからつけられていたら気づくはず。だけどなにもつける場所は“ 見える ”場所とは限らない。
ひょっとしたら過去にも何度もあったのかもしれない。
添さんは執着と束縛を嫌う人だ。こういったあからさまなものは添さんのことだからすぐ気づいて隠すなりするはずだ。
そうなるとおのずと答えは導き出される。
添さんに“ 痕をつけても許される彼女 ”または“ 好きな人 ”ができたという事だ。
「……はあ〜〜信じたくないな……」
心のどこかではわかっていた未来のはずなのに、いざ目の前に現れるとズキズキとした痛みどころではない。
涙さえも出ないし、胸もぎゅっと握り潰されるぐらいの痛みで痛いを通り越して苦しい。
「………いやだな」
好きな人の幸せを考えるなら心からの祝福と諦める決意が必要だ。だけど、普段子供扱いなんて嫌悪でしかなかったけど今では都合のいい「子供だから出来ない」と言い訳にさせて欲しい。
幸せなんて願えないし諦めることもできない。
子供恋愛だ、なんだと言われても私達は今を一生懸命に生きて一生懸命に恋愛をしている。諦められない恋があってもいいだろう。わがままな恋愛をしたっていいだろう。とぶつける相手のいない怒りを向けたところで虚しくて。
その日の授業は全く身がはいらずただ時間だけが過ぎていった。
「行きたくない」
と言っても今日もアルバイトはあるし、HAMAツアーズに暇なときなんて存在しない。
常にバタバタと戦場のように慌ただしい場だ。そのお手伝いがしたくて、何か力になりたくてアルバイトを申し出た。
こんな私情で放棄なんて許されない。
覚悟を決め社に向かう。
「あ、おつかれー」
「…ッ…!?」
ヒュ、となってはいけない音が喉から鳴った。学校から出て少し歩いた先のガードレールに凭れかかり大好きな笑顔で手を振る添さんの姿に驚く。
「な、なにして…………」
「えーそれ聞く?迎えに来たって言ったら信じる?」
迎え?添さんが?私を?
ただでさえ垂れ下がった目がさらに緩められ、よっこいしょともたれかかってた身体をお越し近づいてくる。朝とは逆だ。
「ちょっとついてきて」
「え、どこに?」
「いいからいいから」
こっち。と手を握られ引かれれば足は自然と添さんの後ろをついていく。
別れ話されるのかな。もういらないって言われるの?
私はこんなに好きなのに…ッ
ツンと痛む鼻と熱くなる目頭に、せめて泣かないように添さんの嫌いな女にならないように唇を噛んで誤魔化す。
少ししてついた場所は人気のない路地裏で。
車の音も、生活音も何もない場所。こんな場所がまだHAMAには残っていたのか。
添さんは繋いでた手を離し、さっきまであった温もりが消えていく感覚にこれからの未来を示されてるようで気持ちが焦る。
「添さん、あのなんでここに?」
「あれ?ひょっとして誰かに見られたかった?」
「見られたかったって、なにを───」
言葉の途中で添さんは私の腰に腕を回し、まるでダンスを踊るように1回だけくるっと回れば自身の背中を壁にもたれ掛からせ建物で出来た陰が添さんの姿を覆い尽くし、私の姿だけ建物の隙間から差し込む光が照らす。
「お前に頼みがあんだよね」
「頼み?」
「これ」
「…、ッ」
これ、と首を斜めに伸ばし見せられた今私を苦しめる元凶の赤。何度見てもいい気がしない。
「それが何ですか」
「つけ直していいよ」
「え?」
「お前の痕につけ直していいよ。なんなら増やす?」
あーでも今より見えるところはナシね、とさらさらと紡がれる言葉に理解が追いつかない。
普段だったら嬉しかったはずのその言葉は、嫉妬にまみれ別れるかもしれないという不安でいっぱいの私は素直に受け取れず、他の人にもそう言ってつけさせてるの?なんて捻くれた考え方をしてしまう。
「おーい。聞いてる?」
「聞いて、ます…。ひとつ聞いていいですか」
「なに」
「それ、他の人にも言ってるんですか?つけ直してもいいって」
「どう思う?」
どう思うなんてそのままの意味じゃないの!?
やっぱり私が子供だからまた揶揄って遊んでバカにされてるのかな。
なんか今の私、すごく惨めだ………
「なんて、嘘だから泣くなよ」
「…泣いてない!」
「えーまあいいやそれで。」
泣いてないって言ってるのに優しく指先で目元を拭う姿に懲りず心臓は甘い音を立てるから自分も呆れてしまう。
「お前だけだよ」
「……?」
「ほら、10秒数えるまでに早くつけ直さないと無効にしまーす」
はい、いーち。と突然始まったカウントアップにどうするのが正解なのか悩んでいると、にー、と数字を口ずさむ添さんは楽しげに笑いながら私の髪を撫でる。
それがなんだかいいよと後押しされてるみたいで、踵を少し浮かせたタイミングで添さんも少し前屈みになり触れやすくしてくれる。
さーん、と続けられるカウントアップを聞きながら顔を近づけすでに咲いている赤い花の真上に重なるように唇を押し当て、強く皮膚を吸えば、いつの間にか耳の横にあった添さんの口元から漏れる吐息が耳を擽る。
「ちゃんとつけれた?」
「多分…?」
「ふうん。1個でいいの?」
「ううん……もう1つつける」
「…はは。どうぞ」
さっきとは違う鎖骨の辺りに唇を寄せ再び吸い付けば、オレの番ね、と聞こえたと思ったら耳たぶの裏熱いものが触れる感触と鋭い痛みが走り思わず添さんの肌から唇を離そうとするも、後頭部をガッと痕をつけた添さんの肌へ押し付けられ動けない。
その間も添さんの唇は吸い付いては離れて移動し、吸い付いては離れて移動しを繰り返して私の肌をあっちこっちに痛みを刻みつけた。
「ん…っ…添、さ…ッ」
「…はあ…」
ちゅぱ、と離れていく唇と音を聞いていると後頭部から手が離され身動きが取れ、視線をあげて添さんの顔を見上げればどこか満足そうに嬉しそうな表情をしていた。
「…これするのはお前だけだから」
お揃い。と私の首筋をなぞる添さんにようやく自分の気持ちが報われた気がして泣きそうになった。