「あ、」
「ん?どうしたんすか?」
人足も少ない時間。黄泉さんの“ お手伝い ”と称した家族集めの途中。ふらりと立寄った神社では期間中なのか設置されたままの屋台の数々。もちろん人は居ない。
思わず立ち止めた足と、零れた声に少し前を歩く夜くんがこちらを振り返り小走りで側までやってくる。
「見て。夏祭りしてたんだね」
「え。あ!本当だ」
私の指差す方向に視線を向け、やっと気付いたのか気付いてないふりをしていたのか並ぶ屋台見つめ、おれ屋台とか初めて見たっす、と目を輝かす夜くんは少し幼くて可愛かった。
「ナマエちゃんは夏祭りって来たことあるんすか?」
「ううん。ないよ」
「そ、なんすか………」
思ってたより問われたそれに返した声が暗かったのか同じように彼の相槌を打つ声音も低く暗いものになった。
気にしないでね、と。大丈夫だから、と。彼に伝えても
気を使わせと、無理をしていると受け取るだろうか。
人の気持ちなんていつの時代も考えても意味なんてないのに、わかりっこないのに無駄な思考を働かせてしまう。
……─────昔も。
両親の中は良好だった、ように思う。思うように仕向けられていた。仮面夫婦。
外では仲いい夫婦、子供思いの両親。家ではお互いに無関心の夫婦、子供を思う心を一つも持たない両親。
幼いながらに気づいていた。母にも父にもお互い特別な存在がいる事を。パパの姉さんだ、ママのいとこのお兄さんよと連れてきて会わせてくれる時の両親は夫婦でいる時とは違う顔で笑っていた。
それが酷く不気味で気持ち悪くて吐き気を催したほどだ。
お互い浮気をしていて知らぬふりをしてる夫婦。だけど、私にとってはたった一つの家族で、たった一人のパパで、ママだ。昔みたいに戻って欲しい。昔のようにお弁当を作って手を繋いで遊園地に行ってくたくたになるまで遊んで、最後には観覧車に乗って。動物園に行っていろんな動物を見て触れて、かわいいね!すごいね!大きいね!と話して。そんな他愛ない日常を取り戻したいだけ。
だから私は両親の記念日に一つの希望を抱いて最初で最後のわがままを伝えた。夏祭りに行きたいと。
いいよって言ってくれるかな。もし行ったら何から食べよ。浴衣は着れるかな……次々に浮かぶ夢と希望は、
────だめよ、パパもママも忙しいんだから。わがまま言わないの
────どうしたんだ?普段はそんな事言わないのに。夏祭りなんて行かなくてもコンビニとかでも買えるものもあるぞ。渡してるお金で買ってきなさい
粉々に砕かれた。絶望も失望も悲しみも幼い私には抱えきれず、必死に泣くのを耐え何も言わず部屋に向かった。もし泣いてしまったらなんて言われるかわからない。だってわがままを伝えた時の両親はこっちを向く事もなく、無表情から顰められた顔に変わったのだから。
「ナマエ」
「、!」
泥の中に沈めていた思考は耳馴染んだ声と視界いっぱいに広がる黒い瞳、そして唇に触れるナニかの感触によって引き戻された。
ちう、と可愛い音を立て吸われた唇に僅かな吐息をもらしゆっくり離れていく顔は相変わらず好みドンピシャで毎回胸を酷く掻き回す。
「夜、くん?」
「酷いな、“ 俺 ”といるのに他の事考えるとか」
にたり顔で笑う彼はいつの間にかもう一人の人格に変わっていた。
もう一人の彼とは似ても似つかわない笑顔で雰囲気。なれない。けれどそれらとは別に一つ言わせていただきたい
「なんでキスしたの?」
真っ直ぐ見つめながら訪ねた疑問に彼はただ笑うだけで何も言わず一歩一歩屋台のある方向へ足をすすめる。
私はあとに続くこともせずにその背中だけを見つめる。
「今度黄泉に頼んで夏祭りしようか」
「話聞いてた?質問に答え、」
「その時に」
「…」
一際大きくなった彼の声に言葉を遮られる。まるで話すなと、自分の話を訊けというかのように。
口を噤んで彼の話の続きを訊くことにした。
「もう一人の“ 俺 ”から聞いたらいいよ」
さぁ行くよ。楽しげに笑い、満足したのか私の手を取り離れように強く絡まされた指に連れ去られるまま歩みをすすめる。
そこが例え地獄だろうといいと思ってしまったのは夏の暑さのせいか、それとも────。
後日。夜くんの提案を一言返事で承諾された夏祭りは、思ったより家族のみんなが楽しみ、終わりがけに夜くんに呼び出され「あの、実は……」と照れたように、怯えたように告げられた告白に、予告めいたことをされていたとは言え嬉しさに泣きながら頷いた。