あなたに翻弄される
ご飯も食べてお風呂もすませ、あとはベッドの上でごろごろタイムにしようと最近購入した漫画を片手にベッドのうえへ上がった────ピンポーン。タイミングで家のチャイムが部屋に鳴り渡った。23時15分に。
「え、こんな時間に?」
セールスか、または危ない宗教の勧誘かなと思い無視を決め込んでいたら…
ピンポーン、ピンポーン。ピポピポピポピポと恐ろしいほどの連打で鳴らされるチャイム。
何怖い!?いっそう増す恐怖心に身体が固まり動けなかったが、いまだに鳴り響く音にこのままでは隣人さんに迷惑だろうと別に出なくても声だけで応対すればいいし、最悪警察呼ぼう。
ドキドキと震える心臓を引き連れ、向かったチャイムのモニターには……
「…………は?」
よく見慣れた、と言うか見慣れすぎてセールスや危ない宗教勧誘がマシに思えるほどの危険人物がにこにこといつもの胡散臭い笑顔で立っていた。
「……………」
さっきとは別の意味で怖い。今23時17分だよ?
何考えてるのこの人。しかも何が怖いってまだチャイムが鳴り続けてることだ。
これ、私が出るまで鳴らされる?ホラーだよ。
無視した時と応対した時の未来を天秤にかけた時どちらもいい未来にならない事は分かりきっているので、げんなりしながら応対する未来を選択した。
早く要件聞いて帰ってもらおう。
ぴっと応対ボタンを押し通話を可能にする。
「《…あ、やっと出た。いつまで上司を待たせるつもりだったのかな?》」
「すみません。無視してれば帰らないかなと思い。これからインターフォンの線抜いときますね」
「《ねぇ、早く開けてくれない?僕、夕飯まだ食べてないからいっぱい買ってきちゃった》」
ほら、とカメラに映し出される3つの袋。カメラの死角で気づかなかった。いや、それよりも。
「私はもう夕ご飯食べ終わってこれからまったりタイムなので、ぜひクリスさんか兵吾さんをお誘いください。それでおやすみな──────」
「《無理矢理開けられて住めなくなるのと、扉の前で君の恥ずかしい話を暴露され続けるのどっちがいい?》」
「………………………………」
「いや〜悪いね。君の都合が悪かったら帰ろうと思ったけど」
開けてくれてありがとう。と白々しく笑う雨宮さんに湧いた殺意を握りこぶしを作りぐっと堪える。
「イエ、ドウイタシマシテ」
あのとんでも選択を迫られ、無視もするにも出来ず(この人ならどっちもやりかねない)自ら開けて招き入れると言う三つ目の選択を取らされた。
慌てて玄関に向かい扉を開けたときのこの人の顔と言ったら。満面の笑みで「え、開けてくれたの?嬉しいな」なんてほざ────言いながら部屋に上がってきた。
「雨宮さん、私明日学校なので要件があるのなら早めに──────」
「それ、パジャマ?かわいいね、ナマエに似合ってる」
「へ、あ、ありがとうございます」
「僕以外はもう見たのかな、その姿」
「は?」
突然何を。さっきまでのにこにことした雰囲気とは違い、少し冷たく重い空気にぞわ、と背筋が震える。
知ってる、こういう時の雨宮さんは笑ってるけど“ 怒ってる ”時だ。その証拠に普段なら「ナマエ君」と周りと同じ呼び方をするのに、呼び捨てで呼ばれた。
「誰に見せたの?」
「、っ」
義手ではない、雨宮さん本来の手を伸ばされ喉からつぅーとゆっくりとした動きで服越しに胸の谷間辺りまで指を這わされる。
「……ッ……」
「翔君?それとも晃君かな?」
降ろされた指を今度は上へ向かって這わされぞわぞわと全身を駆け上る不快感に胸元を押さえながらバッと数歩後ろへ下がり、目の前の紫を睨みつける。
「何するんですか変態最低ですよあとこのパジャマは誰にも見せてませんしもちろん天空橋君にも郡司君にも見せたことありません要件があるのならさっさと伝えてください」
「わぁ〜〜一切噛まずによく一息で言い切れたね、すごい〜〜〜」
ぱちぱちと拍手して素直な賞賛なのか煽りなのかわからない褒め言葉にいちいち苛ついていたらきりがない。
すぅーはぁーと深呼吸を数回繰り返し無駄なストレスを吐くことでようやく心と脳が平静さを取り戻す。
「いいから要件。私明日学校なんです」
「あぁ、そうだ。明日はまだ平日か。うっかり」
「……雨宮さん。」
舌を出し、てへと可愛くもないぶりっこを見せる雨宮さんを咎めるように言えばやれやれと呆れたように肩をすくめポケットから何かを取り出した。
「トランプやらない?」
「は?」
なぜにトランプ。
しかもこんな時間から?
「帰ってください」
「たまには息抜きしないと身体に良くないよ。ほら、君の好きなスイーツ系や摘んで食べられるものも買ってきたからさ」
部屋の真ん中に置かれたテーブルの前に座り、三つの袋からガサガサといろいろなものが出てきた。
スイーツが数個、片手間に食べられそうなおかずが数個、お弁当が一つに飲み物もペットボトルのものやストロー付きのものまで色々。
「なんですかこの量…二人で食べ切れるんですか?」
「なるべく日持ちしそうなものを買ってきたつもり。食べられないなら明日に回してもいいけれど、お弁当はさすがに今食べないといけないかな」
「……」
「どうせ食べたって言ってもナマエの場合は食べたうちに入らない量だろ?」
机に頬杖をついて勝ち誇ったように、自信満々に言う雨宮さんに何も言い返せない。
おそらく夕飯を食べてないという話も嘘なんだろ。私が少しでも食べるように雨宮さんが仕向けたことだとしたら?
全部知られてるのが恥ずかしくて、むかついて、……………嬉しい。
「相変わらずノンデリですね、女の子にこの時間から食べて太れと言いたいんですか?」
素直にお礼も伝えられず悪態で返す私は彼からしたら子供も子供で。こんなんだからいつまでも異性として見られない。わかってるのに……。
彼の前だと素直に言えない。少しでもありがとう、ごめんなさい、嬉しいですと言えれば変わるのかな。
変わるわけないか。今も悪態をついてるのに、笑顔は崩さず幼子を見るような目で見てくる。
「別にナマエが太っても僕は変わらないよ。その代わり太るにしても健康的な太り方を希望しようかな」
スイーツの一つを手に取り、蓋を開ければスプーンに一口乗せあーんと言いながらこちらに差し出す。
雨宮さんにとってたいしたことない行動の一つでも私にとっては大きなことだと知らないのでしょ?
あぁ、腹立つな本当に。
それでも、どうしょうもなくこの人が好きで。
「食べないの?」
「食べます」
どうかうるさいぐらい鳴り響く心臓に気づかないで。
少し開けた口の中へスプーンを入れられるのを確認すれば唇を閉じ、舌の上へスイーツを招く。
ゆっくり抜かれるスプーンは唇から離れるときに、ちょんと戯れるように先を閉じた唇に当てられ離れる。
「どう?」
「美味しいです」
もぐもぐと咀嚼をすれば口の中いっぱいに広がる甘みに体から力が抜ける。
コクリと喉の奥へ流し込めば、それを待ってたかのように二口目が控えていた。
──────雨宮さん、人が食べるところ見るのが好きみたいですよ
以前天空橋君に言われた言葉だ。
何度か天空橋君も雨宮さんにこうして食べさせられてるらしく、先に湧いたのは雨宮さんへの同情で、次に嫉妬でぎゅっと胸を締め付けられた。
「ナマエ」
優しく名前を呼ばれ意識を雨宮さんに向ければ、一口サイズに切り分けられたスイーツが乗ったスプーンを下唇に優しく押し当てられ再び口を開いて招き入れる。
何度かそのやり取りがありスイーツを完食したあと、忘れかけてたトランプを取り出し神経衰弱や七並べをして(散々振り回されて煽られた)気づいたらとっくに日付は変わっていた。
「あ、もうこんな時間…」
「本当だね〜僕はシャワー借りるからその間にそのお弁当食べられるところまで食べておいて」
「は?」
よろしくね、と脈絡もない言葉を投げかけられ脳が正しい処理を行う前に私の頭をぽんぽんと撫で勝手知ったるように脱衣場へ向かった背中を唖然と眺める。
………っ、体感にして数十分。ようやく脳が理解を終えた瞬間上げそうになった悲鳴は口元を塞いだことで抑え、その代わりにわなわなと身体が震える。
信じられない!信じられない!信じられない!!!
何考えてるのあの人は!!
助けて兵吾さん!!今すぐ引き取りに来て!!
と心の中で同じ人に苦労させられてるもう一人の上司の名前を叫ぶ。届かなくても叫ばずにはいられない。
結局、雨宮さんがシャワーを浴びて出てくるまで落ち着けずお弁当を食べてない私に「あれ、僕なんて言ったっけ?」と笑いながら黒くて冷たいオーラーを纏う彼にあ。と後悔するも遅く、今度はお弁当を食べられるまで食べさせられた。(私に食べさせたあと、残ったお弁当を食べるのに使った箸を雨宮さんは何も気にせず使ってまた頭を抱えたのは言うまでもなく)
◇
「眠ったかな」
時刻はすっかり深い夜をさす時刻。あと2時間もしないうちに夜は明け太陽が目を覚ます。
食べられるだけ食べさせて、すぐに寝ると身体に悪いからまた少し息抜きをさせて。そろそろ頃合いかなと時計を見遣り就寝を持ちかけ、一緒のベッドへ入ろうとすれば「なんでベッドに入ろうとしてくるんですか!」と真っ赤になり怒鳴るナマエを丸め込んで、隣に入り込めば面白いくらいに真っ赤になる顔。
まだ何か言っていたが休ませてあげないと朝起きれなくなってしまう。とんとん、と一定のリズムでお腹を叩いてあやせば、私は赤ちゃんですかと文句を垂れながらも僕を映す瞳は眠たげなとろんとした目に変わる。
おやすみと告げれば、律儀におやすみなさいと返す彼女に小さく笑い声が零れそうになるが怒らせて起こすのは本意ではない。
スヤスヤと眠る姿をじっと眺める。
─────ミョウジをどうしたいんだ?
夏希に言われた言葉が脳裏をかすめる。
どうしたい?夏希もおかしな事を言うなぁ。
前々から気づいている。ナマエが僕をどんな目で見つめて、どう思っているのか。
だけどそれに今の所答えるつもりはない。だけど逃がすつもりも毛頭ない。
素直になりたくてもついついてしまう悪態に悩んでる事も。全部気付いている。
その度に悩んで後悔して、それでも僕の前でしか見せないその姿が─────。
「ナマエ」
起こさないように優しく優しく、まるで呪いをかけるように、縛り付けるように囁く。
僕の行動を意識して。僕の言葉にその純粋な心を乱して。そうして僕の事で頭がいっぱいになればいい。
他に向かないように、離れていかないように僕で君のすべてを作り上げてあげる。
「………ダメだよ途中で逃げたりしたら。逃げたらその細くて脆い首に誰のものか分かるように首輪繋いじゃうかもね」
今はどうか好きな事をして楽しんで、高校生活を謳歌していればいい。その先の未来はきっと自由にしてあげられないから。
「もう少しだけ我慢してね」
何も知らず穏やかな表情で眠る女の子は隣にいる男(僕)が抱えるどろどろとした欲に気付かず眠り続ける。