防衛隊を辞める

ズドドドドッ、と銃を撃ち
ザシュッ 、と肉を切り
カキンッ、と鉄や鋼同士がぶつかり合う音が今日も隊長室に鳴り響く

「隊長」
「なんだ」

平日の昼間。今日はまだ珍しく怪獣は出現していない
私は重い腰を上げ隊長の部屋に訪れた
案の定というか、もはや見慣れた光景。隊長室ともあろう場所はゴミ袋と積み上げられたYAMAZONの段ボール箱で埋め尽くされている部屋の真ん中には万年床が敷かれていてその上に寝転びながらゲームをする彼は手元を忙しく動かしていた

真剣な声で呼びかけても彼には関係ないのだろう
手を止めるどころか、ますますせわしなく動きなにやらぶつくさ言い始める始末だ
でもちょうどいいかもしれない

「隊長。私、防衛隊を辞めることにしました。上にはすでに話してあり許可は頂いております。今までお世話になりました」

頭を下げ用意した言葉を並べる
怒るかな。脳裏では、エゴサした時や自分が倒したはずが亜白隊長の手柄のように載った新聞を見た時のように、何故先に僕に相談しない!と切れ散らかす姿が容易に想像でき、口元が緩む

だがいつまで待ってもゲーム音が切れるところか、怒声が聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのか、そうか、と普段通りの今日も何もないと言った色のない声音だった

「え、」

これには思わず意表を突かれる。え、それだけ?

「あの隊長?」
「ん?まだ何かあるのか」
「いや、何もないですが………」

別に引き止めて欲しかったわけじゃない
自慢ではないが、鳴海隊長には気に入られていた自負がある。キコルちゃんほどではないが鬱陶しいほど構われていた
だからもっとゴネられるかと思ったのだ。
長谷川さんにも、『鳴海に伝えに行くならそれ相応の覚悟をしていけ。もしゴネるようならすぐに呼べ』とも言われていた

どうしよう、すごい恥ずかしい。今の私はすごい勘違い野郎じゃん………
今すぐ怪獣現れてくれないかな。今ならこの恥ずかしさを武器に討伐最高記録出せそう

「話はそれだけか?」
「あ、はい。お時間をいただきありがとうございました。失礼します」

隊長に再度頭を下げいまだに聞こえる(ゲーム内の)戦場の音を背に踵を返し扉に向かう

「ナマエ」
「はい」
「ン」

ドアハンドルに手をかけ扉を少し開けたときに、背中に声がかかり振り向けば体勢は変わらず何かを差し出していた。いつの間にかゲーム音は消えていた

首を傾げドアハンドルから手を離し、再び隊長の側に行けば彼が差し出していたのはバインダーに挟んだ真っ白な用紙だった

「これは?」
「これから君が必要になるものだ。しっかり読んで記載しておけ」

必要になる?記載ってどこに?
真っ白な紙のため何かを書かれてるわけでもなければ、もちろん記載する場所なんてない

「あのなぞなぞか何かですか?それともブラックライトで照らしたら文字が浮かび上がるとか?」
「あぁ、それも面白かったかもな。解釈は君の好きにしろ」

用は済んだしボクは忙しいのでな。ほら行った行った、と強制的に部屋を追い出され、バタンと背後で閉まる無慈悲な音を聞きながら立ち尽くす

「いったいなんだったの?」

手元の用紙を見つめながら隊長室から離れ、自室に帰るためとぼとぼと通路を歩く

「卒業アルバムみたいになにか手紙的なものを書けとかなのかな」

隊長に言われた言葉を謎解くため、首を捻り考える

真っ白な用紙、バインダー、隊長はしっかり読んで書けと言った。私に必要になるものだと言って。

ますますわからない。

「あれ、ナマエさん。こんなところで何してるんですか?」
「キコルちゃん」

いつの間にか立ち止まって居たのだろう。前から歩いてきたキコルちゃんが不思議そうな顔で私の前に立つ

「訓練終わり?」
「はい。今終わって部屋に戻るところです」
「そっか。お疲れ様」
「ありがとうございます」

キコルちゃんはすごいな。本当に年下とは思えない実力を持ってる。きっと彼女の努力と才能だろう
羨ましく思ってももう防衛隊ではなくなる私には意味がない

「聞きましたよ。防衛隊辞めちゃうって…」
「あー……うん。今お別れの挨拶を隊長にしてきたところ」

そうですか、と悲しげに表情を歪めるキコルちゃんに微笑んで、防衛隊じゃなくなってもたまには遊びに行こうねと言えば、ぱぁと花が咲いたような可愛い笑顔でもちろんです!と返してくれた

よくできた後輩だ。彼女が後輩でよかった

「それよりその手に持ってる用紙はなんですか?見る限り真っ白で何も書かれてないように見えますけど」
「これね、隊長から渡されたの。私に必要になるものだからしっかり読んで記載しておけって」

なんだろうね、と呟けばキコルちゃんは何かを考えるように難しい顔をしていた

「キコルちゃん?」
「すみません。それ貸してもらえますか?」
「もちろんいいけど、」

ありがとうございます。バインダーを受け取った彼女はじっとそれを見つめると、紙のはしを持ち捲って、彼女の動きが固まった

「キコルちゃん?」
「……あ、のバカ師匠!!!」
「え、なにどうしたの?!」

ぷるぷると身体が震えだしたと思えば突然出された大声と我らの隊長を罵倒する言葉に目を瞬かせ、慌てて彼女の手元を覗き込む

「は?」

そこには何度も見つめた白の用紙とは別の紙が挟まっているではないか。どうやらあの用紙で二枚目のこの紙が透けないよう
工夫されていたようだ

「ちょっとバカ師匠のところに行ってきます!」
「え、まってキコルちゃん!!」

無残に地面に落とされたバインダーを拾う前に、この場を走り去った彼女を引き留めようとしたが遅かった
すでに彼女の背中は小さな豆粒サイズになっていた

追いかけたいが今は“こっち”が最優先だ
キコルちゃんが落としたバインダーに挟まった二枚の紙、一枚は何も書かれてない真っ白な用紙と、


ジジッ

《バカ師匠!!何やってるんですか!》
《急に来てなんだバカ弟子。ボクは今忙しいんだ、見てわからないのか?》
《どうせいつものゲームですよね!?それよりあの紙はなんななんですか!》
《なっ!なぜ君があの紙のことを知っている!》
《ナマエさんと会って見たからですよ!何考えてるんですか!》
《ボクがあいつに何をしようと君には関係ないことだろうがい!》
《関係ありまくりですよ!自分の隊の────しかも隊長が付き合ってもない女性に婚姻届を渡すとか頭おかしいじゃないんですか!?》
《付き合ってないからなんだ?ナマエはいずれボクとそういう運命なんだ。それが今か後かの違いだろう?そう思わんかね?》
《思いませんよ!なにより婚姻届を渡す前に告白が先でしょう!順番を飛ばすにもほどがありすぎる!》
《順番なんて関係ない。防衛隊を辞めるなら彼女がやることは一つだ。────いつでもボクの帰りを待ち続け、ボクと家庭を築くことだ》

もういい、やめてくれ。はずかしいから
と言うか無線を切ってくれ

わーわーぎゃあぎゃあ続く言い合いを聞いてられず耳から無線を外してしゃがみこむ
もう一枚、立てた膝に顔を埋める視界の端に見える、妻の欄意外書き埋められた婚姻届があらゆる方向に広がっていた