いつでも殉職していいように準備している女の子を側で守りたい
昼間の怪獣警報が嘘のように静まり返る夜。
だけど夜だからと安心は出来ない。なんせ相手は怪獣だ。種類によっては夜に襲いにくるものも居る。
いつ、どこに、何時に、現れるか分からないし予想が出来ない。人間とは違う生き物だから。
市民も防衛隊も警戒心を持ちながら休む時間。数分前には日付も変わり新しい一日が始まる準備に入り始めたそんな中、一つの部屋に集まる二つの影。
「鳴海隊長。今日もお疲れ様です。珍しいですね、この時間に部屋から出てるやなんて」
「ふん。わかってるくせに白々しいぞ、ボクは貴様何かと違って、違って!非常に忙しいんだ!このあとも予定が詰まっている。さっさと“ 例のもの ”だけ寄越せ。そしてさっさと帰れ」
「あれ、もしかしてお忘れですか?“ 彼女 ”からの“ これ ”が鳴海隊長の手元に毎回律儀に届けられるのは僕の努力の賜物やと。僕は別にええですけどね、このまま渡さず帰っても。“ 彼女 ”にも『本当は書きたくないから少しでも保科副隊長がお手間に感じたら相手の要求関係なしにこのお使いは破棄してください』と言われてますので。」
「ぐあぁア!何アピールじゃい!!自分はあの子に慕われて好かれてるアピールですか!?羨ましい、じゃなくてあの子がどう言おうがボクの権限で破棄などさせてやるものか!あの子にもそう伝えろ!いや、僕が直接伝える!まぁ、そろそろ今回あたりで貴様に頼む事はなくなるだろうがな!!」
高らかと笑う鳴海にたいして、どこか察してるような呆れてる様子でぽりぽりと頭を掻き、本当に今回で終わればいいと気持ちと、まぁええわ。と諦めの気持ちでポケットから鳴海が求めた“ 例のもの ”を渡した。
“ それ ”を視認するやいなや笑うのをやめ、さっさと渡せばいいものを何をもったいぶっていた!とぶつくさ言いながら保科が渡したもの(一枚の綺麗に折り畳まれた手紙)を受け取り、プレゼントをもらい開封する子供のように目を輝かせわくわくと気持ちを高鳴らせながら目を通す鳴海の横で、保科も気になり手紙を覗き込む。
A6サイズの紙の中央には、
『嫌です。もう保科副隊長のお手を煩わせないでください。』
とだけ書かれていた。
「ブフォー!!ギャハハハハハ!」
「っ!?な、なななな───────」
保科は腹を抱え座り込みこれでもかと声を出し笑ってる傍らで、鳴海は自分が思っていた文字とはかけ離れた事が(しかも憎き保科の名前付きで)書かれた手紙に身体を震わせる。
「あー笑った笑った。そういう事なんで鳴海隊長も仰ってたように“ 今回あたり ”もいつもと変わらない返事だったんで鳴海隊長もええ加減諦める機会とちゃいますか?ほなら、僕は帰させてもらいます」
「ふざけるなぁアアア!!待てや保科ァ!!リベンジマッチじゃ!!今すぐ手紙を書くからそれをまた届けろ!!いいな!!」
「ええ〜これで12回目ですよ?諦めたらどうです?」
夜中だというのに気にせず叫ぶ鳴海に再度諦めた目で問いかける。そう、これで彼女と鳴海の手紙のやり取りは12回目だ。しかも毎回鳴海にとって色よい返事ではなく断りの返事ばかりだと言うのに懲りずに手紙を書いては保科に託す。
おそらく本人を前にして自分で渡すとなると、渡すだけでは終わりそうにないからだろう。
なんでまた自分より下の、しかも第3部隊の彼女を彼が気にするかは分からないが保科が紡いだ『諦めたら』と言う言葉に先程まで叫んで、怒って、ふざけてた雰囲気とは違って重くなり、長い前髪から覗く躑躅色は冷たさを含ませていた。
「保科。一つキミに伝えておく」
「なんです?」
「たとえこの先、20回、100回、1万回超えてもボクが望む返事がなかったとしても、ボクは決して彼女を諦めるつもりは一切ない」
「!」
「彼女がこの世界にいる限りは」
「鳴海隊長、」
「わかったらとっとと第三部隊に戻って、このボク様が書いたありがたい手紙を彼女に届けろ」
彼女から受け取った便箋とはまた違う便箋を受け取った保科は、けったいなもんに好かれたなあの子も。と第3部隊にいる部下を、後輩を頭に思い浮かべ同情の念を送った。
◇
「はい、これ鳴海隊長からミョウジへ。」
「……………、」
朝。起床し、顔を洗って朝食を食べに行こうかと言うタイミングで通信に保科副隊長から伝達が入った。
おそらく数日前に渡した手紙の件だろう。
本当は行きたくない。きっといいことではないからだ。
「はぁ、………」
寝起きという事もあり、気分はまだ上がりきっていないが仕方ない。一つ重たい息を吐いて、これまた重たい足を動かし副隊長のもとへ向かう。
本当は時間をかけて向かいたかったが相手は嫌いな相手でもあの鳴海隊長でもなく、自分の隊で尊敬するうちの一人だ。
何かと忙しい身だからこれ以上は保科副隊長に迷惑をかけらないのでこのお手紙は終わりにしようと言う意図を含ませて書いたつもりだったのだが、私が渡した便箋とは違う手紙が保科副隊長の手元にあると言う事は、あの人に伝わなかったのか、伝わった上で無視したのか。
ありえるな。あの人なら絶対後者だ。
「頂戴いたします。」
思考を巡らせているこの時間さえご迷惑になる。早く読んでこんなくだらないことから解放してあげなくては。
いつも手紙を開く瞬間はまるで死刑宣告の通達を受ける時のように重たい。
きっと書かれてる内容のせいだろう。あの人はいい意味でも悪い意味でも私の心と頭を支配する。
がさがさ、と音を立て手紙を開く。
ああ、ほら思ったとおりだ。
『近々そちらに向かう。準備しておけ』
いいことではなかった。
準備ってなんだろ。向かうってあの人隊長なのに暇なのかな
言いたい事もつっこみたい事もあるけど、言葉にするのが億劫だ。
手紙を閉じて、ポケットにしまえば副隊長に向き直る。
なにかを察したのか副隊長は眉尻を下げ仕方なさそうに笑った。
「その様子やとミョウジにとっていい事は書いてなかったみたいやな」
「そんなに顔に出てますか」
「めっちゃ出とる」
「お恥ずかしい限りです。お手紙ありがとうございました、毎度すみません」
深々と頭を下げ謝罪の言葉を告げる。ミョウジ、と名前を呼ばれたと同時に頭の上に重みが加わり優しく髪を乱すように撫でられる。
「お前は僕にとってかわいい後輩の一人や。気にせんでええ。」
「、はい」
本当にこの人には頭が上がらない。
◇
朝食を済ませ、訓練までに一度部屋に戻り手紙を引き出しの中にしまう。
最初は一枚とか二枚だけで少なく寂しく思ってこれで終わるものだと思った時期もあったが、今では逆だ。増えていく手紙に気が重くなる。
内容はどれも同じ。
第1部隊に来いとだけ。私は解放戦力が高いわけでも、実力があるわけでもない。平均並みにあって平均並みに戦えるだけ。
なのに、なぜあの人は実力がある第1部隊に私を呼びたいのかが謎である。
悔しいがキコルちゃんが呼ばれるなら納得もできる。なのになんで私なんだろ……
自分の身の丈に合わない、なにもかも。
「放っておいてよ私の事なんて……」
相部屋の相手がいない部屋で零した声音が震えていた事には気づかないふりをした。
◇
「ミョウジ」
「、亜白隊長。……………と鳴海隊長」
訓練中、隊長に呼ばれ振り向けば凛々しく立つ彼女の横にある姿に訓練で疲れ始めた身体に重りがのしかかるようだった。
武器をしまい二人のもとに向かう。
「お疲れ様です亜白隊長、鳴海隊長」
「あぁ、お疲れ。すまない、訓練中のところ。どうしても鳴海が君に話があると聞かなくてな」
横目で鳴海隊長を見る亜白隊長の表情はつい最近にも見た気がする、保科副隊長で。
いつもならキャンキャンと吠えて噛み付くがおとなしい所を見ると、件のことをいよいよ本気で取り組みに来たのかと悟る。
「亜白。ミョウジを少し借りるぞ」
「ミョウジは大丈夫か?」
「はい。私は構いません。」
隊長様の頼みごとともなれば断れません、なんて皮肉は喉の奥へ飲み込んだ。
「なら行くぞ」
「、ちょ、鳴海隊長!」
今までになかった、私に触れるという行為。
加減はさすがにしてくれてるようだけれど腕を掴む力は強く、痛みと少しの痺れがある。だけどそれを訴える余裕も、聞いてくれる余裕も私と鳴海隊長にはないだろう。
「この辺りでいいか」
「…」
やって来た人気も何もない場所。
話すには都合がいいが、都合が悪い場所。
腕はいまだ掴まれたままの状態で私の方に向き直ったらしいが、視線を地面に向けている私には今鳴海隊長がどんな顔をして見つめているのか知らないし、知りたくない。見たくない。
「だんまりか。別にいいが。手っ取り早く済ませよう。僕も忙しいのでな」
「…、」
「第1部隊に来い」
面と向かって言われたのは手紙を始めるきっかけになった時だ。
あの時も今のように面と向かってぶつけられた。
嬉しかった。だけど同時に怖かったのだ。
彼のそばにいるのが。
答えは変わってない、思いも。あの日のままだ。
私はあの頃と同じようにただ何も言わず首を横に振った。
「理由は」
「何度聞かれても同じです。私の実力では第3部隊もギリギリ、ましてやその上の第1部隊となればもっと釣り合いませんし足手まといになります」
「…解放戦力を気にしてるなら、もしかしたらこれから上がっていくかもしれないだろ」
「“ かも ”ではダメなんです」
「何がダメなんだ?」
「何がって、平均並みではこれから強くなっていく怪獣達に勝てません。だから“ かも ”なんて不確かなものではなく確実なものが欲しいんです」
「キミに必ずしも勝てとは言っていない。ボクは常に実力を示せと言っているだろ」
「その実力が“ 力 ”で“ 解放戦力 ”なんです」
「ふん。なら簡単な話だ、ボクのところに入隊してボクを見て吸収すればいいだけの話だ。そうすれば何かを掴むきっかけになるかもしれない」
なんだろ、今日に限ってグイグイ来ると言うより、食い下がるな。
頭の中で組み立てた言い訳達も鳴海隊長本人を前にしたら意味を持たないものにかわる。
手紙なら隠せるのに、こうして面と向かって話すとなれば躑躅色に表情や声音で暴かれる気がして落ち着かない。
「せっかくの申し出でありがたいですが、私が第1部隊に行くことはありません」
「なぜ」
「だから、理由はさっき話した通りの─────」
「実力云々の嘘はもう聞き飽きた」
「え、」
ドクドクと全身が心臓になったかのようにあらゆるところから嫌な音を立てて、鼓膜を揺らす。
上手く息が吸えない。
今、なんて、
「キミの飾り立てた言い訳は十分だ。本音を話せ、僕は今日それを直接聞きに来た」
「本音、って……なんの、」
逃げなきゃ。
この人から。すべてを見透かす躑躅色から。
一歩後退るも、掴まれてる腕は逃してくれない。
最初からこうなる事を見越していたのか?
「今は僕しかいないから吐き出せ」
「さっきから、何をおっしゃってるのか意味がよく、」
「わからないって?ならヒントをやろう、ボクは優しいからな!」
ピンと目の前で立たされた人差し指をじっと見つめる。
「死ぬ準備」
「っ!!」
「わかりやすいヒントだったか?」
「、どうして」
「ん?」
「どうして“ 気づいたんですか ”?私が」
「いつでも死んでもいいようにものを置いたり、キミの存在を残していない事にか?」
スゥーと身体から熱が引いて体温を奪う。ついでに私の思考も。
ホント、何でバレたんだろ。
防衛隊は憧れでもあり、唯一怪獣と戦えて“ 命 ”を守れる職業だ。だけどそれと同じく“ 命 ”が簡単に散る職業でもある。市民や同僚、そして──────自分しかり。
市民や同僚なら守れるが自分が死ぬとなった時、きっと「ああ、これでよかった」なんて日は絶対に来ない。
大事なものを作れば残すことに、もっと側にいたかったと必ず後悔するだろう。ものであっても人であっても。
私が置いていかれるのは構わない。守れなかった後悔を悔しさをバネに強くなればいいだけだ
なら私が置いて行く側になったら?溢れでる欲は止まらず散る命に無駄だと分かりながらも無様に足掻いて死ぬに死にきれなくなる。
わかってるからこそ私は、周りにものを置かず大切な人を作らないと決めた。
かわいい後輩も、大事な同期も、頼れる上司も。好きだけど深入りはしたくなかった。なかったのに、この人だけは違った。
初めてあった時からズケズケと容赦なく心に入り込んできた。私に恋を、愛を教えてくれた人だ。本人は自覚なんてないだろうけど
怖かった。側にいたら、もっと好きになったら離れた時、死ぬ時、鳴海隊長が消えた時、胸をかきむしるような苦しさに襲われるだろう。
同期や後輩が死んだ時も虚無感が半端なかったのに。
愛する人なんて初めてだから未知数だ。
「わかってるなら、放っておいてください」
「悪いな、無理だ」
馴れ合いたくない
好きな人の側にいたくない
もうあんな人を失う苦しみを味わいたくない…
後悔を私に持たせないで。
「死ぬときぐらい街のために、防衛隊のために、戦って何もなく死なせてよ」
お願いだから。
神様に懇願するように、目の前の彼にぶつける、暗くてどろどろした願いを。
これで終わりにして。これ以上好きにならせないで
「ナマエ」
「!」
両頬に手を添えられれば優しく顔を持ち上げられ、躑躅色が近づく。視界がぼやけたと同時に唇に熱が重なる。
「ん…、」
「…んン…っ、はぁ…」
数秒。重なった唇はゆっくり離れ、コツンとおでこを合わせられる。まぶたに触れる鳴海隊長の前髪がくすぐったい
「その準備は不要だ。この僕がいるからだ」
「鳴海隊長、」
「死ぬ準備も、ものを置かずキミのいた痕跡を残さないことも、僕を遠ざけることも許さない。許すはずがないだろ」
「っ、鳴海、隊長………」
水の膜が張り、視界がさっきとは違う意味でぼやける。
頬を流れる温かい涙は幾つも幾つも隊長の手を濡らす。
「好きだ。諦めて僕に黙って愛されていればいい。僕は君を一人にしない」
「っ、………なるみ、たいちょ、」
「………もし一人にする事があればその時は、」
「私も、連れて行ってください、どこへでも…」
「言ったな。もう撤回は聞いてやらないからな」
「…、はい……」
ぎゅっと強く抱きしめれば、抱きしめ返してくれる優しくて温かい腕に身を委ねる。
戻ってこない私に心配する同期や隊長達がいることも分かっているが、
もうしばらくはこのままで。