クラスメイトの鳴海くん

暖かい陽射しが差し込む午後。
昼ごはんも終わり、程よい満腹感と午前に行った体育のせいかどうしても5限目の今頃は睡魔との戰いになる。
黒板の前に立ち授業をすすめる先生の声がよりいっそう眠気を招くから困る。

普段だったらわからないよう目を閉じるか、バレないよう他のことで気を紛らわせるが今日はそうもいかない。
ちらりと窓際の方、左隣に視線を向ける。

「……」
「……」

いつもなら空白のその席には珍しく人の姿。
白なのかピンクなのかわからない色の前髪に黒という珍しい組み合わせの髪色を持つクラスメイトの鳴海弦。

席替えをしこの席になってから3ヶ月は経つが彼はほとんど授業に出る事なくサボっているか、出席しても今受けてる教科の時間のみ。
私としてはこの席、鳴海くんの隣になれて嬉しかったが私の誰にも言えない何度もしたシチュエーションのような学校生活は送れていない。
今も窓からグランドを眺めているため目も合わない。

はぁ…とため息を漏らし向けてた視線を黒板に戻した。

カサ。


「(ん?)」

黒板が視界に映したタイミングで机のうえに小さな音を立てミニサイズのメモ帳ぐらいの大きさの紙が半分に折られ投げこまれた。左隣から。

え?なに。どういうこと?
混乱する頭をそのままに、ちらりと再度左隣に向ければさっきは合わなかったはずの視線がかちりと合わさり、ビクリと肩が大げさに揺れた。

「(え、ほんとになに?ますますわからない)」

じっとこちらを見据える躑躅色に目を逸らせず見つめ合う形になっていると、彼がパクパクと形のいい唇を動かした。

「……?(よ、め、?)」

それだけを伝えればまた顔ごと初期のように窓の向こうへ向けた。

よめ?嫁?いや、読めだよね。状況だけに…
私の読唇術が間違っていなければおそらく投げ込まれたこの手紙を読めということだろう。

何が書かれているんだろ。ドキドキと嫌な音を立て、じんわりと汗をかく背中。こくりと唾をのみこみそっと手紙を開く。

そこには決して上手いとも言えないが下手でもない字で大きく

《なんだ》

と書かれていた。

「???」

いや、こちらのセリフだ。なんだとはなんだ?どういう意味?ますます浮かび上がる疑問に頭は混乱するばかりで正解なんて導き出せない。

「(これ、返事書いていい…んだよね…?)」

直接声をかけて先生に注意されるのも嫌だから私は持ち歩いてるメモ帳を1枚千切り、《ごめんね。どういう意味かな》と返事を書いて隣の席へそっと置いた。

鳴海くんは置かれた気配でわかったのか視線を手紙に向け手に取れば開いて読み始める。

何この時間。変な緊張が……

隣で私の書いた手紙を読む鳴海くんにさっきとは違う緊張が走り、教室に響く先生の声さえ聞こえないぐらいにドキドキしている自分の心臓の音しか耳が拾わない。

「ん」
「へ…?」

思考が飛んでたせいでいつの間に書き終わったのか、今度は無言ではなく声付き?で机の上に置かれた。
驚きすぎて変な声出たけど、聞こえてないよね?

置かれた手紙を拝見しようと手に取り開きたいのだが、

「…………」
「(め、めちゃくちゃ見てくる……!)」

穴が開くんじゃと思うぐらいのガン見レベルでこちらを見てくる視線にもういよいよ頭がクラクラしてきた。

これなら何度もしたシチュエーションが叶わなくても空白のほうが良かったんじゃ……!と内心で叫びにならない叫びをあげ手紙の文字を視線がなぞるたび身体の体温が急激に下がっていくのを感じながら手紙を読み切った。

《ボクを見ていただろ。何か用か》

あ。終わった…。気づかれていた。見ていたことに。
別に害を持っていたわけじゃないがそれを決めるのは私ではなく、見られていた鳴海くん本人だ。

どうしよう。と後悔しても時間は巻き戻らない。
私は慌ててシャーペンで次のメモ帳に《ごめん!嫌だったよね…本当にごめんなさい》と書いてなるべく鳴海くんを見ないように机に手紙を乗せる。

カサカサと紙の開く音を聞きながら頭の中は混乱から後悔と自己嫌悪に覆い尽くされ、授業どころではなくなった。
出来るなら今すぐ体調が悪いと言って逃げたいぐらいには。

カサ、と今度は早く置かれた手紙。まだ続くの?
こっちは読む勇気も返事を書く勇気もないのに

いつまでも読まずにいれば、隣から手を伸ばさせ乗せられた紙の上をよくゲームで忙しなく動いている細くて男らしい人差し指がトントンと叩いた。

読めってことだよね。
意を決して人差し指に触れないよう、端から優しく抜き取り内容を確認する。

《勘違いするな。ボクは別に怒ってなどいない。ただ君が見ていたから気になっただけだ》

予想外の返事に目を瞬き、顔ごと隣に向ける。
あぁ、やばい……。

向けた顔の先には優しくもあり、悪戯に笑う鳴海くんの姿が。

「返事まだか?」
「え?返事?」
「ああ。ボクが今送った手紙への返事だ」

ほら早くと急かすような口ぶりにメモ帳を千切り返事を書く。

《ありがとう。鳴海くんを見てた理由だよね?今日は珍しく授業出てるからなんでかなと思って》

《そんなにボクが気になるのか。あえて答えるならこの授業しかないからだ》

《ない?単位が足りないとか?》

《このボク様だぞ。その辺はなんとかなる》

ならなんだろ。と首を傾げながらメモ帳にペンを走らせる。

《何がないの?》

《ミョウジの得意科目がた。これしかないだろ》

「は?」
「どうしたミョウジ。何か質問か?」
「い、いえ!すみません!」

慌てて立ち上がり頭を下げ座り直すがそれどころではない。

ますます意味がわからない。どういう意味?
なんと聞くのが正解か悩んでいれば授業の終わりのベルが鳴り響く。 

「今日はここまでだ」

先生の言葉とともに静かだった教室は一気に賑やかな空間に変わる、私も授業終わったら友達のところに言って話したり、さっきの授業わからなかったねーと愚痴などを言い合いたいのだが。

いまだに席に座る鳴海くんに今度は手紙ではなく直接声と言葉で聞くことにした。

「ねぇ、さっきの手紙のことなんだけど」
「なんだ?」
「なんで私の得意科目知ってるの?それより鳴海くんが言ってた“ ない ”と私の得意科目になんの関係があるの?」
「そんな事もわからんのか?」

やれやれとため息を漏らしているがわかるわけなんてない。

「鳴海く───!」
「君の得意科目の時でないとこうして話せないだろ?」
「……え?」
「苦手科目の時に話しかけたらミョウジの成績も落ちる、なにより一生懸命に頑張るミョウジの邪魔をする気はない」
「…………」
「信じちゃいないが今日の神様はどうやらボクの味方をしてくれたらしい」
「味方?」
「あぁ。ようやく君と話せたからな」

なにそれ。それって。

「鳴海くんも、私と話したかったの?」
「それ以外にあるのか?」
「……な、いけど…」
「フ。そろそろボクは行く。次の授業は君が一番苦手とする教科だろ?」
「鳴海くんは?受けないの?」

鞄を持ち教室の出入り口に向かう背中に問い掛ければ、振り向きやっぱり楽しそうに笑って。

「君の隣にいたらついちょっかいをかけたくなるからな」

また明日、と手を振り出ていく鳴海くんに私は机に伏せて赤くなる顔を隠すしか出来なかった。

明日からの授業はきっと甘くて幸せなものになりそうだと期待に胸が膨らんだ。