0日目

今日は記念日だ。
初めて出来た恋人と過ごす大切な日。失敗をするわけにも行かないから何ヶ月も前からこの日のためにいろいろと念入りに準備を進めてきた。

「もう待ってるよね…」

腕時計を見れば19時を回ったところ。
思ってたより時間はかかっていないが、おそらく恋人からしたら待たされただろう。いつだって5分だろうと10分だろうと待つ側は長く感じるものだ。

「早く帰ろ」

家に帰ったら必要な物は揃っているがメインディッシュの用意がまだ未完成だ。
頭の中で帰宅して、恋人と過ごす記念日を頭の中でシミュレーションしながら、月明かりの淡い黄色に照らされ、まるで恋人のもとへ向かう私のために敷かれたカーペットのようになった道を一歩。また一歩と歩みを進めていく。



マンション前につき、エントランスを抜ければエレベーターに乗り込み、メッセージでマンションについたことを伝える。
おそらく見ないだろうし、返事もないから期待はしていないが一応送っておく。

チーン、と到着音とし開かれた扉を潜りエレベーターから降りれば歩いて3部屋通り過ぎた先、私の住む部屋の前につく。
いつもの癖でカバンから鍵を取り出そうとしたが恋人は私の部屋だろうと自分の部屋だろうと鍵を閉めない不用心な人なのを思い出し、どうせ鍵は開いたままだろうと呆れながらドアノブを回す。

「あれ………?」

いくら回してもガチャ ガチャと施錠部分が噛み合いぶつかる音しかせず、開く気配がない。

「……まだ来てないのかな」

何時から集まるとは決めていたが、恋人がルーズな人なのはわかりきっているからまだ来てない可能性もある。
念の為スマホをチェックしても返信も連絡もない。

再びカバンに手を入れ、目的の物を掴めば鍵穴に差し込み解除する。

ただいま、とひとり暮らしでも身についた挨拶を口にしようと開いた口は何も発せず止まった。

玄関には何度も見慣れ、来るたびに「ちゃんと並べてよ」と口酸っぱくして言っても直らなかった靴が今日も乱雑に置かれていた。

「………来てるの?」

玄関からリビングは扉1枚挟んで見えないが、声はわずかに聞こえる。少し声量をはり問いかけても返事はない。

何か変だ。
言いようのない違和感、不信感が纏わり付く。

パンプスを脱いで、一歩一歩向かう足取りはさっきよりも重い。

リビングに近づく度に、荒くなる息に、生ぬるい汗が背中を伝うのに、手足は冷えて気持ち悪い。

「ねぇ、寝てるの?」

扉の前に着いて再度呼びかけるもやはり返事もなく。それどころか物音もない。

本当は逃げ出したい、けれどこういう時は何もなかったりする。何もなかったらなかったでそれでいい。

ゴクリと生唾を飲み込み、自然と震えだした手でリビングへの扉に手をかける。
ゆっくりゆっくり押して開いていく。

「あれ?もう帰ってきちゃった?おかえり〜」

開ききったリビングにはなぜか黒髪で可愛らしい顔をした見知らぬ男が『ナニか』の前で佇みながはこちらに向かって笑顔で手を降ってきた。

誰とかどうやって入ってきたのとか気になるところだが私の頭はそれどころではない。
噎せ返る鉄臭さ。部屋に散らばる赤。そして、

「……─────ひ…ッ!!」

床に倒れ込む頭と手足のない『ソレ』。
まるで作り物の人形のようにぴくりとも動かず仰向けなのかも、うつ伏せなのかもわからない体制で転がっている。

「う…、オエッ……」

脳が何かを理解した途端、込み上がる吐き気に思わずその場に座り込み、すでに赤が染み込み色の変わったお気入りだったラグに胃の中のものをぶちまける。

「あらら〜見えちゃったか」

大丈夫?と心配そうに『ソレ』から離れ近付いてきた男は、気にせず吐いていいからね〜と背中を擦って、水飲む?と場違いな優しい声音と気遣いを向けるがそれさえも恐怖でしかなく手を叩き離れた。

「いったいなー暴力反対」

唇を尖らせ叩かれた手を擦る姿はどこか楽しげで。
なにこいつ、とさらに恐怖で体が震える。

「あ、…なた…誰、なんで……こんな、」

「僕?僕はね南雲。目的は」

にこと笑い、男…南雲と名乗った男は寝転がるただの『ソレ』を指差したった一言。

「これの抹殺」





ガヤガヤと賑わう昼下がり。
行き交う人込みをうまくぶつからないように目的の人物のあとを追う。

距離的には3mと言ったところだろう。

はぁ、と私は一つ息を吐きカバンの中に手を忍び込ませながら歩く速度を上げ徐々に距離を詰めていき、今だと思ったタイミングで駆け足になり目的の人物の背中に向かってぶつかる

「…と、危ないな〜」

「……っ!」

タイミングで男の腰辺りに刺すはずだったナイフは男のガッチリとした手によって刃の部分を掴まれ未遂に終わった。

「あとつけてくるから何かと思ったら、まさかこう来るとは」

通り過ぎる人達はただの痴話喧嘩と見てるのか好奇心の目は向けられるが誰一人としてざわつかない。
おそらくこの男が刃物部分を掴んだあと私の手から抜き取り、着てるコートの中へしまったのもあるだろう。

それよりもつけていたのもバレていた。そうだろうとは思っていたがムカつく。全部がムカついてしょうがない。

「………さ、ないから」

「ん?どうしたの」

「許さないから絶対に!殺してやる!」

吠えるように感情をぶつける私に男はただでさえ大きい目を驚きでさらに大きくさせたあと、アハハ!と声を出し笑いだした。
どこまでもふざけた男にカッと頭に血が上り、手を振り上げようとしたとき。

「面白いね、君」

「……」

「じゃあ僕と1ヶ月一緒に住もっか!」

「は?何言って…」

「だって僕、プロの殺し屋だからあっちこっち呼ばれて大忙しなんだよね〜。それだと君に会える日々も少ないけど一緒に住めば今よりかは殺せるタイミングは増えると思うよ。どう?」

「なんで一ヶ月なの?」

「ただの気分。その一ヶ月で僕のこと殺してみせてよ」

物騒な言葉のはずなのにそう笑う男に、馬鹿げた提案だと思いながらも一つ頷いて男の提案に乗ってやる。

「絶対に殺すから」

「アハハ!君じゃ絶対無理だろうけど楽しみにしてるね〜」

いちいち一言多い男にイラつくも、こうして男との奇妙な同居生活が始まる。

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