「聞かせて。遥くんの気持ち」
モブ(♂)【ケンセイ】名前固定
6時15分。アラームの音が鳴り響き、のそのそと音のする方へ手を伸ばし音を止める。
ねむい…布団から出たくない…と二度寝をしたいところだが今日はそうも言ってられない。ベッドの中で留まりたくなる気持ちをぐっとこらえ、冬よりは割りかしマシになったとはいえまだ冷えが残る床へ足を付ければ震え上がるほどではないが再び布団の中へ引きこもりたくなった。
早く暖かくならないかな。あと少しで訪れては世界に色取りを与えてくれる季節に想いをはせる。どちらかと言えば冬の方が好きだったりする。以前寒すぎるのは嫌だけれど好きだと友人や親に話したことがある。全員が全員揃って何言ってるんだ?と不思議な顔をされたけど仕方ない。事実なのだから。
だけど唯いつ彼だけは違った。最初は周りと同じ反応をされたけど「まぁ寒い方が動きやすい気はする」と彼らしい優しいフォローをしてくれた。
「そろそろ用意しなきゃ」
時計に目をやれば起きてから10分は経っていた。どうして朝の寝起きや、あと5分10分と寝る二度寝は早く時間が進んでしまうんだろう。
ぼんやりとしていた思考はゆっくりと回りだし覚醒へと向かい始める。普段なら慌てる時間でもないが今日は違う。日直の当番があるのだ。
別にペアになった子に早く集まろとは言われてもいないし言ってもいないがなんとなく早く起きて登校したほうが仕事も早く片付くなと思ったのだ。
少し小走りで階段を駆け下り洗面所へ向かう。洗顔をして歯を磨きお気に入りのふわもこパジャマは春にしてはまだ寒く、冬にしては少し温かい難しい気温に適応していないが完全に暖かくなって春物にかわるまでは愛用するつもりだ。
「髪型どうしよう……うーん今日はいいかな」
いつもなら軽くでもアレンジをするが今日はそんな気分ではなく、なにもせず行くことにした。
今一度鏡の前でおかしな所はないかをチェックをし、洗面所を後にする。
「おはようママ」
「おはよう。はい、これお弁当」
「ありがとう!」
リビングに入りキッチンで用事をするママに声をかければ、差し出してくれた手作りお弁当を受け取りカバンの中へ傾かない様にしまう。
時計の針は7時前を指していた。
カチッとボタンを押しスマホの電源を入れると一通のメッセージが入っていた。
自然と緩む頬を隠しもせず通知をタップしてアプリを起動する。見慣れた名前に「おはよ 家出た」とようやくスマホで何かをするという行動に慣れたのか漢字の変換を使い、誤字も少なくなりつつある文面が表示されていてそれが余計に愛しく感じる。
〈おはよう!私は今から出るね!気を付けてね!早く会いたいよ〉(猫が泣いてるスタンプ)
彼に似てると即購入したスタンプを最後に送りアプリを閉じる。
これでいいかな。当たり障りない、だけど文字だからこそ伝えたい事をそのまま伝えたくて言い換えずストレートに伝えた。
きっと今頃スマホの向こうで真っ赤になっているであろう姿を想像し、ふふと自然と声が出た。何笑ってるのよ気持ち悪いわね。なんでもない!いけないいけない。引き締めないと。
「そろそろ行くね」
「気をつけていくのよ。ことはちゃんによろしくね」
「はーい、行ってきます!」
行ってらっしゃいの言葉を背に玄関に向かい、靴を履いて外に出る。
外の空気はひやりとしていてもやはり完全な冬ほど肌をさすような寒さはなく、ほどよく体を冷やして心地がいい。
「早く着かないかな」
足取りが軽くまるで羽がついたように浮いた感覚がするのはこの心地いい空気のせいか、それとも───。
△
▼
▽
ドアベルの音が来客を知らせる。
中に入り店内を見渡さばカウンター内と席に見知った姿を見つけ自分でもわかるぐらいぱあぁと表情が明るくなった。
「おはよー遥くんやっと会えた!!」
「‥‥‥バッ……こんな場所で何言ってんだ!」
カウンター席に座る遥君に駆け寄り、カウンター内に居ることはちゃんにもおはようと告げれば、おはよういつものでいい?と訊かれたので頷き再び視線を大好きな人に向け、メッセージでも伝えたがここにつくまでの間に思っていた事を伝えれば案の定顔を真っ赤にして私の声に負けず劣らずの声が店内に響く。
「あんた達。ちょっとは静かに出来ないの?」
「はぁ!?だってコイツが……!」
カウンター内で呆れたようにため息を吐くことはちゃんに噛み付く遥くん。顔が赤いせいか全然威嚇にも何にもなってないのかことはちゃんは「ほらあんたからも言ってやんなさいよ。オレも会いたかったって」と口元に手を当てにやにやとして揶揄っている。
私もその隣でにこにこして「早く早く」と急かせれば「うるせぇ!」とキレた遥くんはそっぽを向いてしまった。
あらら、と内心で零しちらりとことはちゃんに視線を向ければ彼女も同じことを思ったのか困ったように笑っていた。どうしようかなとは思わない。
背けられた顔を無理には見ずに制服の裾だけを軽くくいくいと引っ張れば、ピクリと震えた肩。
「遥くんごめんね。……ちゃんと伝わってるよ」
「何がだよ」
「遥くんの気持ち」
ちゃんと伝わってる。私と同じ気持ち。
私との時間を共有してくれようとした気持ち。
全部ちゃんと伝わってる。
だって、私が店についた頃にはすでに遥くんの前にはオムライスが置かれていた。ひとくちも手を付けてない真新しいオムライスが。
もしかしたら置かれたと同時に私が着いたのかもしれない。先に食べる機会はいくらでもあったはずだ。
それでも食べずに今もこうして私の注文した料理が届くまでスプーンにも手をつかずにいてくれてる。
自意識過剰かな。でも外れてるとも思わない。
「待っててくれてありがとう。遅くなってごめんね?」
「………遅くなってねぇだろ」
「でも待たせちゃったし。オムライス、もう冷めてるよね」
「別に。冷めててもうめぇし気にしねぇ。それに……」
「……?」
口を閉ざしなにやら言い難そうにごにょごにょしてる遥くんをじっと見つめる。きっと今自分の中で言葉を選んでいるのだろう。喧嘩や相手が間違っていると感じた時は物怖じせずに年上だろうと年下だろうと言いたいことをそのまま伝えるのに、こういう時は慎重に言葉を選ぼうとする。別にそのまま伝えてくれてもいいのにと思うけれど、おそらく“ 過去 ”や“ 今まで ”の経験が難しくしてるのだと思う。
喧嘩だろうと喧嘩じゃなかろうと、遥くんの言葉には間違いないのに喧嘩以外ではさらっと素直な気持ちを吐けないのかもしれない。
ようやく伝えたい言葉が纏まったのか、ぐっと唇を噛みそれでも言い淀むのは伝えていいのか悩んでるのかなんなのか。遥くんは今何を考えているのだろう
────と疑問に思ったら聞けばいい。伝えればいい。だって人には口や言葉はもちろん、他にも伝える手段なんて山ほどある。
「遥くん遥くん!」
「…あ?」
「そのままでいいんだよ、聞かせて。遥くんの気持ち」
いつの間にか私の前にも置かれていた朝食。ことはちゃんが気を利かせてそっと置いてくれたのだろう。オムライスみたいに熱々のものではないけれどいい匂いが鼻腔を擽る。
それは遥くんも同じなようで側に置かれたオムライスと私の朝食の匂いにほっと肩の力が抜けたように見えた。
遥くんは背けてた顔をこちらに向けてくれたあと、手元のオムライスに落としスプーンを手に取った。
「早く食うぞ。腹減った」
「うん!そうだね」
いただきますと手を合わせれば、横で小さく…ただきますと聞こえ二人でようやく朝食に手を付ける。
ことはちゃんの作るものはどれも美味しく幸せな気持ちになる。
「……………お前とこうしてなにかを食ったり、するのは嫌じゃない」
「……」
「………朝早くても、遅くてもいつでも言ってこい」
「うん もちろん!また一緒に食べようね!」
「…………ン。」
やっぱり幸せな気持ちになる。
△
▼
▽
ごちそうさまと朝食を美味しくいただき、幸せな気持ちのままことはちゃんにも行ってきます!と挨拶を告げ遥くんと二人でポトスを出た。
ばたりと扉が閉まると同時に私は遥くんの腕の裾を伸びない程度に掴む。手を繋いだらキャパオーバーする遥くん、でも私は繋ぎたい!とお互いの気持ちを優先し合った結果、手を繋ぐではなく遥くんの服のどこかを掴むに落ち着いた。
「今日は見回り?」
「いや、今日は確か2年の奴らだ」
「そうなんだね!見回りの番来たら見に行ってもいい?」
「なんでだよ。とくに面白い事なんてねぇぞ」
「面白い面白くないじゃなくて、ボウフウリンとして活躍してる桜遥くんが見たいの!」
はじめの頃は自分でも違和感はあったのだろう。でも今ではどうだ。すっかり表情も行動も立ち振る舞いも“ ボウフウリン ”であり“ 級長 ”だ。
なぜか私が誇らしく思ってしまう。
「あ、でももちろん邪魔はしないからね!」
「べ、別に……邪魔とかはねぇけどよ。普通に見かけたら声かけて来い。あと何かあったら呼べ。」
「……ありがとう遥くん!何かあれば一番に呼ぶね!」
嬉しい!大好き!掴んだ裾を軽く前後に揺らし、スキップでもしだしそうな足取りで歩いていると頭上からフッと息を吐く音が聞こえ視線を向けた。
眉尻を下げ柔らかく微笑む遥くんがそこにいて、私はぎゅっと抱きつきたくなるのを必死に耐えて微笑み返した。
△
▼
▽
また放課後ね!と元気に手を振る私とは対称に緩く片手を上げ風鈴へ向かう背後を目に焼き付け、私も足を学校へ向けた。
時間帯が時間帯なだけに朝練をしてる生徒しかおらず通学路は静かだ。
いつもガヤガヤと騒がしい風景が恋しくなるがたまにはこんな時間も悪くないなと靴を履き替え教室に向かう。
まだ誰もいない教室はここだけが時間から切り取られたように静かで見慣れてるはずなのに、新鮮さがある。日直だからといってやる事はなく黒板を綺麗にしクリーナーにかけたあと窓を拭いて終われば日誌をつける。と言っても始まったばかりだから書く事はないのだけれど。他にすることはなにがあるかな。
「ワリー!遅れた!」
「おはようケンセイくん」
「はよ。……あ〜もしかして全部やらせた感じ?」
勢いで入ってきた男子は今日私と一緒に日直をするペアの子だ。鞄を自分の机に置いて謝罪の言葉ともに教室内を見回し日誌を書く私に視線を向けた。
「ぜんぜん!前日の日直の子が綺麗にしてくれてたおかげでとくにやる事なくて……私もやる事探してたところ」
「そっか…。日直って大変な時とそうでない時の差激しいよな」
「っはは。確かに。私達も明日の日直の人のために手抜かないようにしないとね」
「だな。…うし!他の奴らが来るまでに軽く床掃除とかでもしとくか」
気合を入れるためか腕を伸ばし軽く伸びをしたケンセイくんは机から立ち上がり掃除用具箱に向かいほうきを持つ。私も手伝うよ!おう、ならミョウジ はちりとりな!と役割を決めみんなが来るまでの間ケンセイくんと掃除をしながら昨日の夜に見た番組の話や好きな映画など普段なら絶対しないような話をしながら時間を潰した。
「やっと放課後ー終わったー……」
「疲れたね…」
ようやく訪れた放課後。生徒がいなくなった教室内を朝と同じように清掃して今は二人で椅子に座り力尽きていた。
する事がないのは朝だけで。授業が終わるたび事あるごとに呼び出された私達は次に使う授業の準備を手伝ってくれや、ノートを集めて持ってきてくれ、なんなら授業に関係なくても備品整理などに使われたりと言わば教師達の使いの様に用事を頼まれた。
ゆっくり休めたのはお弁当を食べるときだけ。
「なんか今日とくに人使い荒くなかったか?」
「そう感じるよね……目が合った先生にも頼まれたよね」
「あの時のミョウジ の顔笑えた!あんなあからさまに嫌な顔すんだな!」
「それを言うならケンセイくんだって、笑ってたけどずっと顔引き攣ってたよ?会話もたまに噛み合ってないときあったし。心ここにあらずだったんじゃない?」
「現実逃避もしたくなるだろ。あんなに用事頼まれたらよ……あー多分俺学校生活1年分ぐらい働いた」
「ふふ。なにそれ」
二人しかいない教室内は朝と同じ静けさの中今日一日で起こった私達にとっては悲劇を話し合う。
「さて、日誌書いて帰るか」
「そうだね」
日誌を開き今日の授業内容、欠席者の記入、日直からのひとことメッセージを書き込み閉じる。
「終わったか。ミョウジ どっち方面?」
「え、あっちだけど……なんで?」
「お前さ男が方向聞くって一つだろ。一応お前も女だから送っていってやるよ」
「一応とは何よ失礼ね!それにいいよ、まだ18時前だし」
時計を見たら17時45分を指していた。
遅いといえば遅いが早いといえば早い時間帯だ。これぐらいに帰る学生は少なくない。なんなら部活動の人達はもっと遅い時間に帰っている。
「いいから送っていく。帰りになんか買ってこうぜ」
「え、ちょっとまってよ」
日誌を持って歩いていく背中を追いかけようとするも大事なことを忘れかけ、慌てて戸締まりを済ませあとを追いかける。
「お前何食いたい?」
「いいよ!私このまま一人で帰れるよ!」
日誌を届け玄関口へ向かう彼を無視しても良かったけれど出来ず結局あとをついていく形になった。
呼び止め一人で帰れる事を伝えるも、いいからいいから。朝お前一人にさせたお詫びだと思ってここは奢らせてくれよ頼む!、手を合わせる姿に何も言えなくなり、どうせ今後はもうこんな風に話す事も減るだろうしこれも何かの縁かなと思いいいよと返事をするのに口を開く。
「ナマエ」
「………!え、遥くん!?」
零れるはずだった言葉は思いがけない、大好きな声によって封じられ驚いて視線を向ければこちらを見つめる遥くんの姿があった。
遥くんだ!嘘なんで?
嬉しさと驚きが入り混じり適切な表情ができていないが、足は自然と彼の方に駆け寄っていて朝同様に腕の裾を掴んだ。
「遥くん!遥くんだ!嘘、どうしてここにいるの?見回りは?あ、2年生の先輩って言ってたっけ?楡井くん達は一緒じゃ────」
「ミョウジ」
まくし立てるように遥くんに話しかけていたらもう一つの声、今日一緒に過ごす事が多かったケンセイくんの声に今度は封じられ言葉を切る。
そうだった。遥くんに会えた嬉しさで彼の存在を忘れていた。
じっと遥くんを見る彼を、遥くんもまた見ていた。あれ、なんか雰囲気が……。
「あ、ごめんねケンセイくん!話の途中だったのに」
「いいよ別に。…そいつってもしかして風鈴の?」
「だったらなんだよ」
「いや。噂通りの見た目だなって思っただけだ」
「あ?」
「でしょ!?遥くんって噂通り綺麗だよね!!」
「は?」
「……え?」
驚く二人を気にせず私は恋人である彼が褒められたことが嬉しくて口を開く。
「遥くんはね本当に綺麗なんだよ!今こうして夕日に照らされた髪も、普段の白と黒とは違う色と輝きをもってさらに輝いて見えるし!瞳の色も太陽の時と夕日でまた違うんだよね!」
「……」
「……」
「それからね────」
「もういい!喋るな!口閉じてろ!」
「んぐ……ッ!?」
まだまだ語ろうと開いた口は遥くんの手によって覆い被され叶わなくなった。
止められたことを不満に思い、ジト目で見つめれば夕日の明かりでさらに赤くなった顔と目が合う。
きらきらと輝く瞳も、髪も眩しい程に輝いている。ほらやっぱりすごく綺麗だ。
「おい」
「なに」
「………ナマエ が困ってたら助けてやってくれ」
「は」
「学校内では守れねぇから」
行くぞ。口から離された手は私の手をそっと取り繋いで歩き出す。手のひら同士がくっつき初めて感じる遥くんの温もりに嬉しそうや恥ずかしくて逃げ出したいような、やっぱり嬉しい気持ちが込み上げて少し力を込めて握り返せばゆるい力で手を引かれ隣に並ぶ。
「遥くん遥くん!」
「なんだよ」
「好き!大好き!」
「………オレも」
好きだ。小さく囁かれたってちゃんと届いた彼の言葉に幸せな気持ちになった。