桜に別れ話を告げられる

学校が終わり、見回りがないという桜君と合流して訪れた春の夕焼けに染まる公園。
子供達や子連れのママさん達が少なからずいるだろうと思っていたそこは人っ子一人おらず、綺麗な夕日で染まる公園は私と桜君だけの場所になった。
有名な絶景スポットではないが、私の中ではこんな綺麗な場所で大好きな人と二人でいれるだけで絶景スポットよりも価値がある場所だ。なんて贅沢なんだろ


「夕日、綺麗だね」
「…………」
「桜君?」
「あ?わ、悪い……もう一回言ってくれ」

どこかぼーっとしていて、上の空。今だって聞いていなかったのか声をかけてようやく慌てながら申し訳無さを含む二色の宝石の様な瞳はこっちを向いたが目線は合わない。大好きな黒と黄色が見れないのは少し ━ ━ いやかなり寂しい。






『きようあえるか』と桜君から送信されたチャットに『会えるよ』と返して場所を私の学校に決めたあとからの行動は早かった。
放課後を告げるチャイムとともに校門に向かえば桜君のほうが早く終わったのか風鈴の制服が見えた。ただでさえ会えるのが嬉しくて先生達に怒られない程度の小走りで廊下を駆けてきたのに姿を見たら身体は正直で。
嫌いな体育と一日の授業で疲れていたはずなのに彼に向かうまでの足取りは羽根のように軽くて疲れなんて一切感じない。

『おまたせ!』と校門で待つ彼のもとに辿り着けば、下校中の生徒が周りにちらほら居るにも関わらず嬉しさが勝ってしまいつい大きな声を出してしまった。
はっと気付き恥ずかしくなるもすでに遅く。周りからクスクスと笑う声や、少し視線を感じる。

そう。違和感はここで気づいた

『?』

普段なら私の少しの失敗やさっきみたいな恥ずかしくなる事があったら黒曜とシトリンルースのような宝石の瞳を呆れの色を滲ませながら細め、何やってんだよ、って溜め息とともに零される。
今日はそれがない。どころか、私とも目が合わずただじっと地面を見つめている

どうしたんだろ。風鈴で何かあったのかな。
聞いて、いいのかな…。

桜君が過ごして来た境遇はすべてを聞けたわけじゃない。
彼と出会って一緒に過ごしてきて、恋人と言う関係になって彼の話し方や考え方、一人で暮らすあの場所の節々にちらっと見え隠れするピースを感じ取るだけ。

きっと私の思う“普通”とはかけ離れている。
筋を通す強くてかっこよくて、とても臆病な君。何かあれば一人で何でも抱え込んで自分を一番に責める。優しい男の子。

それが私が出会って愛した桜遥という男の子。

聞いても彼は隠すだろう。人に言えないことの中に家族にさえ言えないことの一つや二つは誰しもある。
すべてを話せるわけじゃないのは理解してる。私もそうだから。彼の力になりたい、けどあと一歩を…彼の引いた線を飛び越えてもいいのだろうか。一つ何かを間違えれば私どころか彼まで傷つけてしまうから余計に悩んでしまう。


『そろそろ行くぞ』
『へ、う、うん。』

答えの出ない問題にぐるぐると頭を悩ませていると大好きな声が聞こえ、意識を現実に戻す。
付き合い始めた頃、お願いと称したわがままを言って今となっては恒例になった手を繋いで帰ると言う行為。
何も言わなくても、桜君の様子が変でも無意識にやってるのか今日も遂行されている。それが嬉しくて、どこか切ない。

夕焼け道をとぼとぼ、と私に歩幅を合わせ歩く間も会話は何一つない。

『ね、ねぇ桜君』
『…………、なんだ』
『公園寄っていかない?』

このままじゃダメだ。間違えても構わない。嫌われても、は嫌だけど…こんな桜君を見ていたくなかった
何より私が側にいて苦しかった。何もできない事に、風鈴の人達みたいにぶつかりあう勇気がないのが、踏み込む勇気がないのが悔しくて情けなくて…。

『………』

ちらっと寄越された視線はすぐに逸され、小さく白と黒が縦に動いたのが見えた。

繋がったままの手を今度は私は引っ張り公園に向かった







ブランコの前にある柵に二人で腰を掛け、夕焼けに染まる風景に目をやりながら会話をぽつぽつと溢しながら話すタイミングを伺うがなかなか掴めない。

今日は少し話して解散した方が良いのかな。やっと固めた決意もゆっくり萎んできた。

そろそろ帰ろっか、と口を開こうとした時



「─────別れてほしい」
「、え」


なに。なんて、
今桜君はなんて言った?

「ご、め……うま、っ、聞き…取れなくて、」
もう一度言ってもらえる?

嘘だ。聞き間違いだ、そんなはずはないと期待を込め聞き返した声音は震え、言葉もつっかえつっかえになってしまったが構ってられない

嫌だ、信じたくない。

お願い。違うと言って。

「…っ、別れてほしい……」
「──────」

世界から音が消えた。映してた大好きな色も黒一色に染まり色をなくした。

なんで?なんで、うそだ、なにかの間違いだ
何度も心の中で否定の言葉を並べ、彼に問いただしたくても身体がまるで自分の身体じゃないみたいに言う事を聞かない。

お腹の奥がなんとも言えない不快感に襲われ、
持久走をした時とは比にならないほど心臓はドクドクドクと早鐘をうち、
なにか言わなきゃと思っても喉に何かが詰まったかのようにうまく息が吸えず、
手足も痺れて冷えていくだけ。

「勝手に、決めて悪いとは思ってる……けど、これしかないと思った」

待って、置いていかないで。話を進めないで。

泣いてるような怒ってるような、初めて見る顔で話す桜君を止めたくても、まるで客席から舞台を見てるような気分になる。頭と心が理解をする事を拒んでいるようだ。

「だから─────」
「……しか、な…い、てなに?」

彼の言葉を遮りようやく発せられても掠れた声のせいで伝えたい言葉の一音一音をはっきりと音にしてくれない。

でも彼に届いたようで、より深められた鼻の根の皺と下唇を噛む姿は何かを我慢してるようだ。


「ね、……本当の、事…話して、このまま何も知らず別れるのは嫌だ。

往生際が悪いと思われても、しつこいと思われても仕方ないと思ってる……でも!

だってそれぐらい、桜君の事が好きで別れたくないから!
みっともなくても必死にすがりつきたい、離れて行ってほしくない。大好きだから………」

「 」

高校生にもなって泣きながら叫ぶなんて恥ずかしいけど、絵本の人魚の呪いのように言葉を発せなかったのが嘘みたいに溢れる言葉たちをぶつける。

数秒だったのか数分だったのかはわからないけど、私的にはすごく長く感じた沈黙を破ったのは他の誰でもない彼だった。


「………っ……こえーんだ、」
「…え?」
「言葉が、………ナマエを好きって気持ちが……」

言葉?私を好きって気持ちが?怖い?

「…どういう、意味?」

逃さないというように桜君の腕を掴み言葉の真相を尋ねる。
二色の瞳を揺らし、覚悟を決めたかのように小さく息を溢す身体はまだ力が篭っている。

「オレは、弱い。クラスメイトの奴らだってそうだ。守るって言ったのに結局傷つけて守れなかった………。

それなのに、ナマエとそういう関係になって…怖さが増した。まったく違うんだ…お前とあいつらとの“言葉”を信じるって事が………。」
「…………………」
「もともと言葉も、他人も信じてなかった。ここに来てお前とあいつらに出会うまでは。

あいつらとの信じるは、放っておいてほしくてもズカズカ入り込んできて、ぶつかってくる。疑った気持ちを持ってもまるで喧嘩の時の拳みたいにストレートにぶつけてくるんだ。梅宮が言った喧嘩は対話だなんて言葉を体現したやつらなんだ。」

「……うん、」

「だけど…お前とは、ちげーんだ………。信じるって事をあいつらと同じようにしてもうまく出来ねぇ…」
「…うん、」

「わかってる。お前は嘘なんてつく奴じゃない事は。でも他の奴らよりもお前と話す言葉や、お前から返ってくる言葉、行動全部が気になっちまうんだよ。言葉や行動の一個一個を気にして、不安になる」
「……」

「お前が悩んでても本当は聞いてやりてぇし、誰よりも一番に側にいてやりたい。頼ってほしいと思ってても、もしお前が今望んでる相手がオレじゃなかったら、話を聞いてほしいのがオレじゃなかったら……。そう思ったら声掛けてもオレに頼れなんて言えねぇ」
「、」

もしかして。桜君も同じなのかのしれない。

「風鈴での事でお前との約束を被ったときあったろ。あの時もお前は“ 大丈夫 ”だって“ 気にするな ”って言ってたけど本当にそう思ってるのか、無理してるんじゃないのかって何回も思った…」

そう。あの時は初めてのデートだったけど風鈴で急遽予定が出来たから時間をずらしてほしいと言われた。
風鈴の大変さは知ってるつもり。だって彼らは東風商店街の英雄だから。
比べる事自体おかしな話だが、私一人と街の危機となれば街を取るのは当たり前だ。
毎日体を張って守ってくれる彼らを誇らしく思う。

あの日も傷を作って来た君を見て胸が一杯になった。普通の人ならキャンセルをしただろうに、君は私も街もどちらも取ったのだ。
ボウフウリンとして頑張る君が大好きで自慢なんて知らないでしょう?
君がボウフウリンとして頑張るから私はいつでも“ 大丈夫 ” だし “ 平気 ”なんだよ?
優しいからこそ、それらの言葉に込めた本音という意図も彼はきっと深く考えてしまったのだろう。

わからなくもないな。
私もよく思ってしまうから。

「他には?ある?」
「……、お前が他のやつと居るのを見る度にわけわかんねぇ、ぐちゃぐちゃした感情になる」
「は、」
「多分、同じ学校の奴だろって頭で理解してても、オレの知らないところで知らないやつと話してる姿見ると嬉しい気持ちと、ヤローならなおさらムカつく気持ちとがある」
「────」
「ずっとぐるぐるして吐きそうで、そんな気持ちのあとはお前に何言われてもそのまま受け止めれない。オレよりあいつらの方がいいんじゃないか、オレより他のやつのほうがお前にはあってるんじゃないかって思っちまう」

鼻の奥がツンとして痛いし、
君の姿を写したいのに目に薄い水の膜が張って視界が滲む。

「お前の言葉が、行動が全部疑うオレみたいな奴なんかより他のやつのほうが─────」

「なんでそう勝手に私の気持ちを決めつけるの!!」

「っ、!」

今もまだ言葉を吐き続ける目の前の彼の胸ぐらを掴んだ。
驚いた顔は胸ぐらを掴まれた事か、それとも───。

「ナマエ……」
「言葉、行動が怖い?そんなの桜君だけじゃない、恋愛をしてればみんな同じだよ!!」
「!……………」
「私だって、私だって………ずっと怖かった、」

勢いをなくした手は胸ぐらから離れ体の横で重力に従うようにぶら下がる。
さっきも泣いたのに、もっとぶさいくになってる。こんな顔、とうてい好きな人には見せられない。

「桜君にメッセージを送る度どう思われるかな、変じゃないかな、不快にしてないかなって何度も書いては消して書いては消してを繰り返してるか知ってる!?

行動だってそう!どこまでがわがままになるかわからない、負担になるかわからない。寄りかかりたくても桜君は疲れてるかもしれないって…
今日だってそう!悩んでるのには気づいてた、でも踏み込んで桜君が嫌じゃないのか、声かけて良いのか色々考えて不安になってた!

周りから見たら変わりなんてなくても私と居るより楽しそうな姿に見える度に私と一緒にいるより楽しいのかなって何度も思うことだってあるし、私より語り合える方法がたくさんある風鈴のみんなに嫉妬した事だってたくさんあるの!!そのたびに苦しくて、本当に私でいいのかなって思うけどそれが人を好きになるって事なんだよ!!」

「…………っ、でもオレは………」

「みんな、誰かを好きになると一気に弱くなるの。些細なことが、一つのことが不安になってそれに飲み込まれる。ときには暴走させる事だってある。迷惑かける行為まで行ったらちょっと違うかなと思うけど………私はその弱さは悪い事だって思わない。

………ねぇ桜君、それだけが理由なら最後まで筋通してよ、側にいてよ」

「……」

葛藤してるのか揺れる双眸を見つめる。
言葉にしたいのに出来ないのか口を開けては閉じてを繰り返す姿を見つめる。

「………それとも本当にこのまま別れる?」
「、それがお前を好きになるって事ならきっとまた繰り返すだろ……」

まだ信じれないと口にしなくても伝わるのは彼が分かりやすいのか、私がそう思い込みたいだけなのか。

「……………ならこのまま別れて、私が別の人と付き合ってもいいの?」


思ってもない言葉を口にしたのは意気地なしの君へのちょっとしたイタズラだ。なんて嫌な女なんだろう
自分で言ったくせに馬鹿らしい発言に自嘲気味に笑っていれば、骨が軋むほど腕を強く掴まれた。桜君に。

驚いて視線を向ければそこにはさっきまでの泣きそうな何かに悩む表情なんて存在しない代わりに怒りと嫉妬を孕んだ鋭い眼差しで射抜かれ、背筋がゾクリと震える。

「さくら、く………」
「いいわけねーだろ、ふざけんな!他の男の恋人なんて誰が許すかよ」

荒々しく突き付けられた言葉に何も言えずにいれば、ギリッと歯を噛む音が聞こえ、肩に重みを感じた。
頬に触れる髪がくすぐったい。

「一生オレには経験できないものだと思ってた。…ダチって存在も、恋人って存在も。ここに来てあいつらに、お前に出会って縁なんてないと思ってたものが出来て………っ、…クソ、うまく纏まらねぇ……」
「………いいよ、ゆっくりで。桜君の言葉で聞かせて?」

優しく、優しく片手を白と黒の髪を優しく撫で、もう片手は背中に回せば、腕を掴んでた腕が私の身体に巻き付くように回され掻き抱いた。

「悪かった、………これからもそばにいてくれ。信じれなくてごめん、弱くてごめん。強くなるから。お前もあいつらも守れるぐらい、もっと強くなって……お前が安心して笑ってられるように…」
「違うよ。2人で強くなるんだよ。私も弱いから一緒に強くなろ?私も桜君を支えられるように強くなるから、これからも側にいてください」
「、っ……ナマエ、好きだ…」
「私も大好き」


優しく重なる唇は涙で少ししょっぱかったけど、
ずっとそばにいれる事を願って、
彼を抱きしめる腕に少し力を込めた。