桜を夏祭りに誘いたい

とうとうこの日がやってきた。


夏祭りのチラシが張り出された時から誘おうと準備してきた覚悟や、どう誘おうかとあーでもないこーでもない、これは変かなどうかなと、あれこれ悩んだ言葉。
ただ一言『行きませんか』で良いのにどうして好きな相手になるとそんな簡単な誘う言葉も難しく考えてしまうんだろ。

ようやく決めた言葉も結局は簡単な言葉に決めて(周りの友達に本当に誘うのにこれだけでいいの!?おかしくないかな、変じゃない!?と何度も確認して怒られたけど)、あとは誘うだけだった、のだが。なかなか覚悟が決めれず明日こそは、明日こそはと伸ばし続け前日になってしまった。

その間にも何度も彼に会っていたのについ彼を隣にしたらドキドキではなく、バクバクと早鐘どころか全身が心臓になったみたいにあっちこっちから脈を打つ振動が伝わり、全力疾走したあとより息が苦しくてしんどくもはや気持ち悪かった。

そんなこんなでせっかくのチャンスを逃し続け明日に迫った夏祭り。どうしても桜君と行きたい、桜君と屋台を回って、それからそれから────

「ミョウジ?」
「へ、な、なに?」
「…いや、家ついたぞ」
「え゙」

いつの間に!?桜君の言葉にばっ、と勢い良く横を見れば住み慣れた家が立っていた。

(え、嘘でしょ!?どうしよう、今日しかもうチャンスはないのに…)

今日も言えなかったところか考え事をして、せっかくの桜君との時間を無駄にした事にズーンと落ち込む気持ちと、まだ離れたくないなと思う寂しいさ。
ただ私達は付き合っていない。寂しく思ってるのはきっと私だけだ…

「どうした?さっきから変だぞ」
「あ、ううん!なんでもない!今日も送ってくれてありがとう。……おやすみなさい」
「お、おう。おやすみ」

良かった。彼が踏み込んでくる人じゃなくて。もしここで踏み込まれていたら私は、きっと。

彼に背を向けて家の中に入れば力なくリビングにいる両親に挨拶をして部屋に向かう。


夜の22時。ご飯も食べ終わり、宿題も終わり、お風呂もすませて。濡れた髪を拭きながら過ごすのは好きな時間。動画を見ようか、漫画を読もうか、撮り溜めたドラマを見ようか…思考を巡らせていても行き着く先は一つで。

「誘いたかったな……」

ベッドの枕元においてる、白と黒の模様の猫のぬいぐるみ。
以前桜君、蘇枋君、楡井君、桐生君、柘浦君とたまたま会った休日。私は暇でぶらぶらしてただけだったのでご一緒する事になり、6人で向かった先はゲームセンターだった。
色々見て回っていると見つけた猫のぬいぐるみ。瞳の色は違うがどこか彼に似た子。じっ、と見つめていると先に気付いたのは桜君で。

『そいつ、欲しいのか?』
『え、うん。かわいいなって思って』
『……ちょっと横にずれろ』
『?』
『取ってやる』
『え、いいよいいよ!自分で取る、』
『いいから!オレが取るからミョウジはそこで見てろ!いいな!』 
『………ありがとう。桜君、』

そう言って何度も何度もお金を入れて、(途中で蘇枋君、桐生君コンビのチャチャにも似た指導が入り)ようやくその時が訪れた。軽快な音ともに落とし口に入ったぬいぐるみ。喜ぶ楡井君や柘浦君をよそに取りだし口からぬいぐるみを取り出し、ほらよ、オマエにやる、と真っ赤な顔で渡されたぬいぐるみはその時から私の宝物になった。

「ふふ、」

今でも鮮明に思い出される、あの時の事。桜君はどんな思いでとってくれたんだろ。怖くて聞けなかったけど、私が欲しいと言ったその一言で彼は真剣に諦めずに取っくれた。私の為に。それだけで充分だ。

猫のぬいぐるみを抱き上げ見つめる。フェルトで出来た目には私は映らないけど、構わず見つめ続け。

「夏祭り一緒に行きませんか」

彼に言うはずだった言葉を本人に言えない代わりに告げる。もちろん真っ赤になる頬も、言葉をつっかえさせながら小さく呟く返事も、彼らしいものは何も返ってこない寂しさにぬいぐるみを抱きしめベッドに寝転ぶ。

直接伝えたかった…もう行く人決まってるよね。女の子居るのかな……
もう少し勇気があれば。もっと可愛ければ。もっともっとと浮かぶネガティブな考えは誘えなかった後悔からかけ離れたものに変わり、じわりと滲む視界を誤魔化すようにぎゅっと目を瞑る。

大丈夫。夏祭りは夜からだ。明日の朝と昼に誘えば、まだチャンスはある……

大丈夫、大丈夫と難度も魔法の言葉をつぶやく。
明日こそ誘えますように。



「ダメよ」
「いや、いく……」
「嫌じゃない。あんたにはこれが見えてないの?」

これ!と目の前に出されたのは37.8と表記された体温計。
激しい寒気と頭痛におこされた朝。気のせいだと知らぬふりをして、ポトスに朝食を食べに来た朝の9時半。

桜君はまだ来てないらしい。
訪れるなり私の顔色を見て可愛い顔に存在してはいけない眉間に皺を寄せ訝しげな顔をしたことはちゃんは、ちょっと座ってて、と言ってどこかに向かった。
少しして戻ってきた彼女は、はい、と私に細長いペンのようなものを差し出す。体温計だ。
なんで?と思ったけど、座って待ってるだけで襲いかかる倦怠感が理由だろ。正直座ってるだけでも辛い

何も言わず受け取り脇に挟めば、少しして鳴る軽快な音楽に取り出し確認する。ことはちゃんもカウンター越しに覗きこむ。微熱より高く高熱より低い体温が表記されていた。

『あんたよくここまで歩いてきたわね。胃に優しいもの作るからそれ食べ終わったら送るから家についたら寝ること。あと桜には断りの電話入れときなさいよ』
『………誘えてない』
『え?』
『だから、今日誘おうと思って。お願いことはちゃん!これぐらいの熱なら薬飲んでギリギリまで寝てたら下がるから桜君には言わないで』
『あんたね。…ダメ。そのお願いだけは聞いてあげられない。夏祭りも許可できない』

母のように姉のように厳しく言ってくれてるのはわかってる。
このままじゃ桜君に迷惑かけるのもわかってる。
だけど今年じゃないと、今日じゃないとダメなの。

今は居なくても来年には桜君に特別な人ができてるかもしれない。桜君は変わった。良い意味で。
初めて会った時はどこか冷たかった、だけどそれは仕方なく作られた壁であり冷たさのは関わって知っていった。風鈴生の人でも私でさえも知っているなら、級長になってから人と関わる頻度が増えた彼の前にいつどこで私と同じ気持ちの人が現れるか分からない。
その人が彼の好みなら?また始まったどす黒い思考はきっと熱のせいなんだろう。考えたくないのに次々と浮かび上がる存在するかもしれないし存在しないかもしれない未来。

桜君に出会ってから、恋をしてから私はさらに弱虫に臆病になった気がする

「ナマエ」
「なに?」
「あんたの考えることはなんとなくわかる。だけどもし熱がある中行った時の桜の気持ちも考えてあげなさい」
「桜君の気持ち……」
「あいつは優しい子よ。自分のそばで、普段仲いいやつが体調崩して倒れでもしたらどうすると思う?」
「……、」

想像しなくてもわかる。もしそうなれば桜君のことだ。放っておく事なんて出来なくて、いくらこっちが大丈夫だからと言っても熱下がるで側にいて甲斐甲斐しく面倒を見るような優しい男の子。

「わかった?」
「ごめんなさい」
「謝る暇があるならさっさと治す!わかった?」
「うん、ありがとうことはちゃん」



お粥とうどんを作ってくれたことはちゃんの料理を食べられるだけ食べて、言葉通り家まで送ってくれた。
母も父も仕事で家に居なかったため、パジャマに着替えマスクをして横になっていれば氷枕といつでも飲めるようにとコップと水、それから薬を持ってきてくれた。何から何まで申し訳ない

「私は帰るけど、なにかあったらいつでも電話しなさい」
「うん、ほんとに何から何までありがとう。ごめんね」
「謝らなくていいわ。このお礼は別で返してもらうから」

おだいじに、と言葉をかけて部屋を出ていった。
シーンと静まり返る部屋ではことはちゃんが階段を降りる音と、玄関を閉める音が微かに聞こえ、ただでさえ弱ってる心は
もっと弱くなった。
そんな時に思い浮かべるのは変わらず彼の姿で。

会いたい。寂しい。会いたくない。………会いたいよ

桜君。
溢れ出すわがままをそっと蓋をしてぬいぐるみを抱きしめ誤魔化す。
飲んだ薬が効いてきたのか深く考え事してても簡単に私を夢の世界へ落とした。




どれくらい経ったのか意識が浮上する感覚がする。
何か夢を見ていたが忘れた。でも楽しくて、幸せな夢だった。

「今、何時?」

枕元においてあるスマホを手に取り、シパシパする目で電顕をつければ電子器具特有の明かりに目の奥が痛む。
ぎゅっと目をつぶり少しして少し開けばマシになった視界に表示されてる時計をみれば昼の13時を表していた。

「?」

メッセージアプリの通知も一つ。
開いてみれば、

「うそ、」

桜君からで。どうやら熱出した事をことはちゃん伝手で聞いたらしい。家には誰もいないと言う事も。今から向かうからと言うことも。

「え……!?」

桜君からのメッセージは今から一時間前。
家の中に居る気配はない。そもそも彼は勝手に入ってくるような人ではない。となれば、

私はパジャマだとか、寝癖がついてるとか、寝起きで可愛くないとか気にしてる余裕はなく慌てて下に降りて玄関を開ける。

「お、おい。大丈夫かよ、そんな勢いで出てきて」
「さくら、く、………」

扉の横の影になってる所で立っていた彼は私を見るなり心配げに目尻を下げ体調を伺う。
言いたいことはたくさんある。だけど、今は8月だ。
いくら桜君が暑さになれていようとも関係ない。

「上がって、」
「は、はあ!?な、何言って」
「いいから。お願い、」
「………」

外の暑さのせいで火照った身体に、さらに私の熱で熱い手で触れて申し訳ないけれど今は一刻を争う。
いつもはない大胆なことをしてるのには気づかず、桜君をこんな暑い場所で居らせてしまったことへの罪悪感が襲いかかる。

手を引いてリビングに案内する。
エアコンをつけて、ソファに座るように言えば遠慮するようにおずおずと座るが慌てて立ち上がり駆け寄ってきた。

「オレじゃなくてお前が座ってろ。熱あんだろ?」
「平気、薬飲んで下がってるから…」
「……それでもダメだ、座ってろ。オレが代わりにする。何すりゃいんだ」
「ありがとう。その戸棚にあるコップで好きな飲み物飲んで。外暑かったでしょう?」
「…別に、日陰にいたから暑いってほどでもねぇよ」
「そっか…」

私がしようとしてたことが自分の事だと知ったからなのか、私をソファーに座らせ桜君もその隣に座る。

「体調、キツくねぇか?キツイなら部屋まで連れて行くけど」
お、お前がいいならだけどよ。と顔を赤くしわたわたする桜君に心がジーンと暖かくなる。
私は微笑んでまっすぐに色ちがいのビー玉を見つめる。

「ありがとう。まだ平気、だけどもし辛くなったらすぐ言うね?」
「……おう」

彼の納得する返答だったのか、赤かった顔は落ち着きを取り戻し優しい色を含んだ目で見つめ返される。
会いたいと思った彼に会えた。その嬉しさと同時に沸き起こるのは罪悪感で。

「ごめんね」
「? なにがだよ」
「今日予定あったんじゃないの?」

あえて夏祭りと言うワードをさけて、ふんわりと聞いてみる。心当たりがあったのだろう
普段は、さらに問いかけるために開かける口ときょとんとした顔はなく、あ〜と声を漏らし首の後ろをかく

「まぁ、あるのはある。けど、夜からだしな」
「そ、なんだ」


夜。そんなの一つしかない、夏祭りだ
やっぱり行くんだ。そうだよね。
誰と行くんだろ。蘇枋君達?それとも風鈴の先輩達も?─────女の子は?

彼女でもないのに彼を縛るような面倒くさい疑問しか湧かない思考に自己嫌悪に陥る。

「楽しんで、来てね」

精一杯降り出して告げた本音であり、偽りの言葉。
笑顔も下手くそで可愛くないだろうな。嫌だや、好きな人に見せるなら可愛い顔がいいのに

「何かほしいもんあるか?」
「…へ?」

何度目によるぐるぐるした思考に侵されていれば耳に届いた聞き馴染んだ声。
理解ができずきょとんとした顔で凝視すれば、目線をそらしそれはそれはギリ聞き取れるぐらいの声音で桜君は呟く。

「食べ物、はしんどいから他のものでねぇのか?あるかは知らねぇが前取ったようなぬいぐるみ、とかそんな感じのやつ…」
「………………」
「………、」
「………っ〜〜なんか言えよ!」
「あ、ごめん」

沈黙に耐えきれず立ち上がり叫ぶ(私が熱出てるからかいつもよりは声量は抑えめ)桜君から目を逸らすのは私の番。
心が、脳が追いつかない。夢?
じわりじわり全身に広がる嬉しさにきゅんと胸とお腹あたりが締め付けられる。
マスクしてて良かった。こんな蕩けきっただらしない顔見せられない。

「ミョウジ」
「花火」
「あ?花火?」
「うん、花火がいい」

花火を見ながら告白するつもりだった。
だけど叶えられそうにないし、来年があるかわからない。だからまだこの距離でいれる間に見ておきたい。

「それだけでいいのか?」
「桜君の視点から見た花火がいいの」
「…」

困らせたかな。誘う勇気は出なかったくせに、結局は桜君の優しさに甘えて紡いだワガママ。
桜君はどこか考えたような表情をし、わかったと一つ頷いた。

「あまり長居しても悪ぃからそろそろ帰る」
「うん、今日は本当にありがとうね」
「ゆっくり休めよ」

またな。と別れの挨拶をしたあとバタンと閉まる扉を見つめ続ける。




それから寝ては起きてを繰り返し。
祭りの時間になった。
家の近くをガヤガヤと騒ぐ音や人の声が少しずつ増え始め、行きたかったなと言う思いだけが強くなる。

少しして両親も帰ってきて、熱が出たことを伝えれば心配をしてくれて、ことはちゃんとはまだ違う優しくて温かいお粥を作ってくれた。
お粥で少しお腹を満たし、両親に移すわけにもいかないなら早々に部屋に撤退し今日だけでかなりお世話になったベッドに座り、時計に目をやる。時刻的には花火が始まった頃だろ。

「桜君達、花火見れてるかな」

ピロピロとメッセージアプリ、だけどメッセージとか違う音が鳴り響く。
不思議に思い見ればビデオ通話になってる画面。

「え、」

ビデオ通話なんてしたことないのに?切れる前に通話ボタンを押せば、ドアップで映る桜君。

「!?」

な、なにごと?
理解出来ない状況に、もしかして間違って押したのかなと思って声をかけようとしたら、

これどうやんだ?あってんのか?
桜ちゃん近い近い。
桜君距離もっと離さないと。
あ、桜さん!ビデオ通話!ナマエさんと繋がってますよ!
ほんまや!はよ映したり!
え、どこ押すんだよ、
ここを押したら、ほら外カメラになるよ

とガヤガヤ、ワイワイと相変わらずな賑やかな声。
カメラの向け方がわからず画面の視点が二転三転にあらゆる物を映した。
それは私が見たかった光景ばかりで。

「〈見えてるか〉」
「………うん、見えてるよ」

スマホからは打ち上げられた花火と周りの歓声。
綺麗だね、すごいです!、これは見事やな!と各々の感嘆を漏らす蘇枋君達の声。

「ありがとう…桜君、」
「〈…………来年、〉」
「え、」
「〈来年は一緒に見んぞ。屋台見て回っててもどれもミョウジのすきそうなもんばっかりだった〉」
「……………、」
「〈だから、あれだ…あーー、〉」

お前が居ねぇと、少し物足りねぇ。
熱も早く下げろよ

「……っ、」

ああ好きだな、この人の事が…。

「桜君、」
「〈なんだよ〉」
「来年、楽しみにしてるね」
「………あぁ、」

ヒューヒューと捲し立てるのは花火に対してか私達にたいしてなのか楽しげな声や桜君の優しい声が流れる度に、幸せな気持ちに満たされた。

そんな夏の日のお話。