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夢主:ロアーツ派の貴族の娘
※リクエスト頂いたもの
エトルリア特有の金色の髪、母とは違いくるくると毛先を遊ばせたその頭を自然と目で追っていたことに気がついたのは、つい先程のことだった。
彼女との出会いは、単なるエトルリアの社交界。リグレ家次期当主として出席なさいと父に勧められて参加していた際、中流貴族の青年達からダンスを迫られていて困っていた彼女を救ったのが始まりだった。
名前はエトルリアの貴族の中流階級の生まれで、彼女の父はロアーツ派だったが彼女自身は大変穏やかな女性だった。寧ろクレインと会った時には、それについて謝罪してきたのには彼も大変驚き、君が謝ることじゃない、とクレインは頭を下げる彼女を必死に止めたのだった。
そんなこともあり、名前とクレインは社交界の度に顔を合わせては互いの近況を話すのが楽しみになっていた。しかし、この度は彼女の姿が見当たらない。いつもであればお互いがお互いを探しており難なく会えるというのに。
クレインがぐるりと会場を回っても、目当てのふわふわした金髪の女性――もちろんエトルリア人はそんな髪型の女性ばかりなのだが――は見つからない。
その間にも様々な人に話しかけられては対応を求められ、一部からは見合い話まで持ちかけられる始末だ。無論、クレイン自身がそのような年齢に達していることは自分が一番分かっていたが、今はそれどころではない、とやんわりと断りを入れた。
「クレイン……?」
「ああ、名前、探したよ。どこにいたんだ?」
「ごめんなさい。父に呼ばれてしまい別室におりました。離れる前に声をかけるべきでしたのに…」
「いや、構わないよ。それよりも何かあったのか?随分と気落ちしている顔をしているけれど…」
彼の問いに名前ははっとした顔をしてそんなことはありません、と両手を開いて横に振った。何かあったに違いないと思いつつ無理に聞き出すことも出来ず、クレインは彼女の挙動を心配してバルコニーへと連れ出した。
人の多さでがやがやと騒々しいホールと違い、バルコニーはひんやりと静けさを保っていた。クレインは道中でボーイから2人分のグラスを受け取り、片方を名前へと渡し、彼女がそれを一口飲んだのを見て彼もグラスに口を付けた。
「ありがとうございます…」
「少しは落ち着いたかな」
「はい……。私、そんなに動揺しているように見えましたか?」
「うん。かなり、ね。何があったかは聞かないけど、あまり思い詰め過ぎないように」
「…あの、クレイン……」
実は、と名前は思い口を開いた。ぽつりぽつりと話し始めたその内容を端的に述べると、見合いをさせられていた、ということであった。社交界の最中にそんなことを、と驚いたが彼女の父のことだ、利益のある家柄の青年であれば彼女の心情など露知らず見合いを設定しかねない、とクレインは彼女の話を聞いていた。
そして同時に、彼女が誰かに嫁いでしまうのでは、と彼は危惧した。
「それで……今回はどうだった?」
「……クレインとお話している時の方が、ずっと楽しいです」
「はは、そう言ってもらえるのは有り難いね」
「どうして、貴族は階級に縛られなくてはならないのでしょうか。父はいつもそればかり気にするのです…。そのせいで貴方にも危険な思いをさせてしまいました」
頭を下げようとする名前の肩をクレインは制止した。それは違う。君が謝ることではないし、エトルリア貴族の内情が変わっていない事実以外の何物でもないんだよ、と。
名前は俯いたままそれを聞いているようだったが、クレインの言葉が途切れると、それでも、と口を挟んだ。
「それでも貴方が危ない目にあったのは、私の父が…」
「違うよ。確かにリキア同盟軍を賊として討伐するよう僕達に差し向けたのはアルカルド殿だったけれど、それと君とはなんの関係もない。君の父上も、西方にいた訳では無いだろう」
それに、とクレインは何か言いたげな彼女の顔を見て言葉を続けた。もし君の父上が関わっていたとしても、君にはなんの関係もないことに変わりない、と。名前はクレインから目を逸らして手中にあるドリンクへと口を付けた。
それにしてもわざわざこんな社交界の最中に見合いをするほど良い家柄の青年がいたものだろうか、と思考を巡らせたが特に思い当たる節はない。クレインにもリグレ公爵家の跡取りとして様々な人が寄ってくるが、彼は特段婚姻を急ぐつもりはなかった。
無論、自身が身を固めることでクラリーネにより自由にしてほしいという気持ちはあったが、妹があの戦いで出会った彼のことを想っているのは確かだったので、遅かれ早かれ家を飛び出して行くのだろう、とクレインは予期していた。
では、自分自身は?
クレインは隣の名前を見て、彼女が他の自分でない男性と挙式を挙げる姿を想像した。そして自分の中に湧き上がるなんとも言えない苦しい気持ちに答えをつけた。
「名前、僕と結婚してくれないか?」
「……えぇっ!?」
「君が他の人の物になるのは許しがたい。僕もまだこの家を背負うには未熟だが、君となら乗り越えていける気がするんだ」
「…冗談では、ありませんよね…?」
「うん、本気だよ」
クレインは薄紫色の瞳を名前に向けた。優しい瞳の中に燃える炎は彼女の心まで熱くするほど強く、名前は顔が火照るのを感じつつもその視線から目を逸らすことが出来なかった。
そして引き付けられるかのように2人は距離を縮め、自然と体が触れ合い、唇を合わせた。
初めて出会ったあの時から、僕は名前に惹かれていたのかもしれないな、とクレインは彼女の肩を引き寄せながら思った。
「あの、クレイン…」
「ん?何だい?」
「夢では、ないのですよね…?」
「僕もそう思うよ…。君がこんなに側にいるなんて夢ではないか、ってね」
クレインがそう言って笑うと、名前は恥ずかしそうに俯いた。彼女が他の誰かに微笑み返しているのも、触れ合っているのも想像するだけで耐えられない。でも、きっとこれからは。クレインはもじもじと手元のグラスを弄る名前のことを愛しげに見つめた。
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