側に居たいと望んだのは貴方だっただろうか、私だっただろうか。金糸の髪と紅色のマントを靡かせてノディオン城を闊歩する主を彼女は遠くから見つめていた。
彼が妃としてレンスターから招いた女性は粛々と、また病弱ながら健気に彼を支えている。そんな二人を臣下たちは優しい眼差しで見守っていた。

かつて彼から言われたいつかの日が来ないことは、彼女が貴族で無くなったあの日から、全ての歯車が噛み合わなくなったあの時から、分かっていたことだった。

名前は目を閉じて自らの視界を遮断した。仲睦まじくする二人を見たくないなどノディオンの臣下としてあるまじき発言だ、と避難されるだろう。それが分かっているからこそ、何も言うことは無い、顔を合わせなければ良いのだ、と名前は彼を避けていた。臣下たちの話には適当に相槌を打ち、話さえ合わせていればなんとでもやり過ごせる。

それでも名前は彼と出会ったことを一時たりとも後悔したことは無かった。偉大な獅子王と同じ時代に生まれ、こうして出会えたこと、言葉を介したこと、その事実だけで幸せだろう、と自分に言い聞かせてきた。
そうでないとノディオンの臣下など勤まるはずもなかったのだ。

「名前、此処にいるのだろう」

聞き慣れた主の声だ、と彼女はその声に体を強ばらせた。ノディオンの王妃が住む離宮と対角にあるこの見張りの塔に名前はよく訪れていた。ここにいれば彼らと顔を合わせることは少なく、心がざわつくのを抑えられる。そのはずなのに、なぜ、貴方の声がするの。

「名前、すまなかった。お前との約束を守れなかったことを、俺はずっと謝りたいと思っていた」

耳を塞ぎたいのに腕が動かない。彼の声を、自分だけに向ける彼の声を聴きたいと思ってしまう自分自身が憎い、と名前は決心の弱い自らを戒めるように腕へ爪を立てた。

「お前の顔を見て伝えたい。名前、此処を開けてくれないか?」

扉の向こうにはかつて愛した、もう二度と愛してはいけない人がいる。それが分かっていても尚、開ける者が果たしているだろうか。彼の呼びかけに名前は変わらず無言を貫いた。
帰ってほしい、その瞳に私を映さないで、叶わぬことを悔いるなどしてほしくない、謝罪を受け取ったところで何も変わりはしないのだ。

「エルトシャン様、伝令の者が戻りました」
「そうか、直ぐに向かう」

足音が遠ざかっていき、名前は爪を立てていた腕に血が滲んでいるのを思い出した。初めは痛みで意識をこちらへ向けようとしていたはずだったが、何も感じなくなっている。心が壊れてしまったのだろう、と彼女はそれを見て笑った。
視界をぼやかせる涙が鬱陶しく感じ名前は窓を開けてその涙を拭った。下を覗けば彼が臣下を連れて本城へ戻るところであった。

彼女はそれをぼうっと見ていたが、次から次に溢れる涙がその金色を見つめる視界を歪ませ、その度に瞬きをして服の裾で拭った。

そして名前の視界が開けた瞬間、突然彼はこちらを振り向いた。
透き通る琥珀色の瞳が、まっすぐ彼女の姿を捉えていた。

「……っ!」

名前は急いで窓から顔を離し、その場に座り込んだ。彼がどんな表情をしていたかなんて覚えていない。ただ彼の瞳に自分が映ったと思うと、こんなにも苦しくなる。

まだ貴方が好きな私を、誰が許すというの。幸せな貴方とグラーニェ様の間に、誰が入り込めるというの。

教えて、エルトシャン。