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彼女が後ろから抱きかかえられるような体勢で2人は優しい風の吹く小川のほとりに腰掛けていた。ライの体温と鼓動が心地よく、名前はうとうとしていつの間にか彼にもたれかかって眠っていた。
ライはそんな彼女を愛しげに抱き締めた。短い命を持つべオクの彼女を愛してしまったことに後悔がなかったといえば嘘になる。辛くない別れなど存在しない。だが、来たるその永遠の別れの日の悲しみを想像するよりも、彼は彼女と生きていくことを選んだ。
どんなに別れが辛く苦しいものであっても、今を大切にしたい。心から想う彼女と共に生きられる時間を、手を繋いで歩ける道を、大切にしたいと。
「名前、好きだ。世界で一番、お前が好きなんだ……」
「ん……ライ、呼んだ…?」
「え?起きてたのか?」
「なんか…とても幸せな気分で…名前を呼ばれたかなって…」
寝惚けてる、とライはもごもごと喋る彼女の声を聞いて笑った。ラグズよりも成長の早いべオクの彼女は、いつかライよりもずっと老けてしまうだろう。彼は時折それを想像したが、それでも何も問題ないと思うほどに彼女のことを想っていた。
つんと頬をつつけば、不満そうな声が上がる。それが可笑しくてライがくつくつと笑うと、頭だけくるりと動かして名前は彼の方を向いた。
「む…ライ…」
「その顔。はは、名前は可愛いな」
「んもう、恥ずかしいからやめてよ…」
二人の様子を見ていたかのように小鳥がひと鳴きし、飛び去っていくのを見てライは笑った。居心地が悪かったんじゃないかと言う彼に、何を言っているのと返す名前。
いつか無くなってしまうとしても、そんなこと想像したくない、とライは彼女を抱き締めた。ある程度未来を憂えることは確かに必要だ、それに対する策を練ることが出来る。だが、彼女をラグズと共に生きていけるような体にすることは出来ないし、出来たとしてもするつもりはない、とライは思った。
「名前は変わらないでいてくれよ」
「え…それって、どういう意味?」
「名前は名前でいてくれってこと」
すると彼女は、私はいつまでも私だよ、と笑った。彼女が笑うとその声が響くように体が振動し、それがライに伝わる。体温や重みと相まって名前を更に近くに感じる、とライは彼女の首筋に顔を埋めた。
お互いが話す度に伝わる感触は同じだろうが、彼の考えは少し違った。いつか消えてしまう大切なこの時間を忘れぬようにと名前に回す腕の力を強めた。
「ね…ライ、ちょっと痛いよ……」
「っ、悪かった」
「どうかした?」
「……いや、何でも」
するりと腕を撫でる名前の優しい感触が擽ったくてライは彼女の腕を掴まえた。こんなにも細い腕に細い指で武器を持ち戦っているのが信じられない。首元に埋めていた顔は彼女の肩に乗せ、手に取った腕を口元へと運び、そのまま口付けた。
名前は何事かときょとんとしてライの方へと頭を動かすと、彼はそれを予期していたのか彼女を見つめている。
「ライ?」
「名前」
「好きだよ、ライ……私は貴方が大好き」
「ん、」
口付けは軽く、優しいものだった。ラグズとベオクという種族の違いはあれど二人は間違いなく恋人同士で、周りから見てもそれは紛れもない事実であった。だからこそ、種族の違いという現実が辛く重くのしかかる。
ライは自分の頭に一瞬でも過った後悔の念を振り払い、名前に再度口付けてその柔らかい唇を堪能した。
「なぁ、名前」
「何?」
「オレと出会ったこと、後悔してるか?」
「後悔…?どうして?」
どうして、と問いかけたあとに彼女は質問の意図を理解して口を噤んだ。自分の命が先に尽きることは明白だ。自分がこの世を去ったあとにライを縛り付けなくなければ、彼との別れを選択する方が優しいのかもしれない。だが、この温もりを振りほどいて消え去ることが出来るほど名前は強くなかった。
何も言わない名前の様子を見て、ライはうーんと伸びをして二人して後ろに倒れた。驚いた彼女は体ごとぐるりと彼の方へと向かせてどういうことかと訴えた。
「ちょっと、ライ!?」
「ははっ、名前が気難しい顔してるからだぜ」
「だってそれは……!」
「オレと出会ったこと、後悔させたりしない」
彼の言葉に名前の瞳には涙が浮かび、それを悟られぬように頷いて俯いた。下敷きにしている草が目尻に触れて涙を拭ってくれるのが有難い、とその感触に甘えるように擦り寄った。ライにはいつも貰ってばかりだと彼の優しさに浸っていると、頬に手を添えられたのを感じ、名前は顔を上げた。
「オレは後悔してない。名前と出会ったこと、こうして側にいること、全部だ。だから、お前が泣くことないぞ」
「……うん、」
「好きだ、名前。これからもオレの側に居てくれよな」
「私も大好き、ライ…」
草むらの上で二人して寝転がっている姿は滑稽だろう。戦の最中に不埒だと言われるかもしれないが、外野には言わせておけばいい、とライは泣きながら笑う名前を優しく抱きしめた。たくさんの愛を込めて。
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