ゆるやかにおだやかに


 いつもと変わらず、リストランテでジョルノにイタリア語を教わっていた時のことだ。

「すみませんナマエ、急に暗さ……仕事ができてしまったので行かなくてはなりません」

 一本の電話を取った後、ジョルノは申し訳なさそうな顔をした。今暗殺って言おうとしたよね?など聞けるはずもなく、そのかわりに「大丈夫、お利口にしてるね」とナマエは彼を送り出した。

 ポツンとひとり、いつもより大きく感じるテーブルで勉強の続きに取りかかるナマエ。いつもならジョルノが居なくなった後、すぐにナランチャが来て騒いでフーゴかブチャラティに叱られるのだが、あいにく今は任務にでていて部屋はシーンと静まっている。なんだか物足りない。
 ふと、「自分もギャングの端くれになったからには何か役に立ちたいな!」など、唐突に未来のことを考えた。ギャングの仕事の全貌はまだ把握できてないけど、任してくれるのなら雑用でもなんでも喜んでやりたい。

「いや、死体処理とかはちょっと抵抗あるな……」

 しかし、「それがチームのためになるのなら頑張らなければなきゃ!仕事を選んでちゃダメだ!」とナマエは自らの頬を両手で一度叩き態度を改めた。そう、彼女は努力家なのである。

 そうこうしているうちにリストランテの扉が開く音、意識を向けるとアバッキオが帰ってきたようだった。おかえりなさいと挨拶をすれば、大男はそれに応答する。

「なんだお前ひとりか?」
「うん、さっきまでジョルノがいたんだけどね」
「そうか」
「今日のお仕事はもう終わり?」
「報告書を書き終えたらな」

 軽い会話をしてまた教材と向き合ってしていると、コトリという音に紅茶のいい香り。顔を上げれば、アバッキオが目の前に置かれたカップに角砂糖をひとつ入れていた。砂糖ひとつにミルクなしの飲み方、これはナマエが紅茶を飲む際の決まり事である。別に教えたわけではないのにも関わらず、アバッキオがそれを認識していてくれたことがナマエにとってシンプルに嬉しく思い、顔がついにやけてしまった。

「グラッツェ」

 お礼を言えば、アバッキオはナマエの頭をくしゃりと撫でからひとつ開けて座った。彼との会話はあまり多くはないけど、不思議とこの距離感が心地いい。

「ここのみんなは優しいね」
「ギャングに言うセリフじゃねぇってのは確かだ」
「あはは、そうかもね」

 美味しい紅茶があるならケーキも食べたいな、と考えていればアバッキオがタイミングよく店主に頼む。タイミングが良すぎて、もしかして心を読まれているのではとナマエはゾクリとするようなことを考えたが、ただ自分の顔に出やすいだけだと考えを改めた。

「ねぇ、アバッキオ」
「なんだ」
「いつもありがとう」
「ん」

 ショートケーキが目の前に置かれるのを見ながらまた礼を言う。本当にギャングなのだろうかという疑問さえあるくらい、ナマエは彼らによくされていた。『面倒事』だと言っていたアバッキオにさえ。

『あー!ふたりだけでケーキ食べてやがる!』
「あ、ナランチャ」
『ズリィよ、それ半分頂戴』
「えっと」
『自分の分頼めばいいだろうがよ』
『めんどくせぇじゃん!』
『ほら、聞き取れなくてナマエが困ってんぞ』

 ナランチャが口を大きく開けたので、フォークに乗っかったものをそこへ入れてあげたナマエ。満足そうな幸せそうな、そんな目の前の男に思わず頭に手が伸びる。

「わわわわ!ごめんなさい!」

 頭を撫でられ、キョトンとしてから無邪気な笑顔になるナランチャ。そうして何秒も経たないうちに力のこもったハグ。それはアバッキオが引き剥がしてくれるまで続いた。昼下がり、いつものリストランテは今日も賑やかであった。