視線の理由


 ミスタが先日どこからか女の子を拾ってきて、3週間が経とうとしていた。
 ブチャラティから詳細を聞いてだいたいの内容は把握したが……、ミスタの行動は素直に褒めるこはできない。しかしまあ、ジョルノが彼女を保護すると決めたのでとやかくいう必要はない、僕はボスに従うだけだ。

「あ、」
「やぁナマエ、ボンジョルノ」
「ボンジョルノ……、」

 リストランテに誰かの来店を告げる音。なんとなしに意識をそちらにむければ、今まさに考えていた人物がひょっこりと顔を覗かせていた。いたって普通に声をかければナマエは控えめな声で返事をし、そそくさと席につく。

「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
「どういたしまして」

 いたって普通に、ナマエの前へ紅茶と砂糖にミルクを置く。相手が彼女じゃあなくったって、例えばそれが男だったとしても仲間なら喜んでするさ。僕だって人間だ、手があいている時と機嫌が悪くない時に限るが。……まぁ、それはいいんだ。問題は僕が誰にでも態度を変えていないのに、ナマエの様子がおかしくなることなのだ。

 普段の彼女は日中にここへやってきてジョルノと語学の勉強をしているのだが、あいにくボスは今、ローマへと出向いている。ボスらしく部下を使えばいいものの、説明する時間が無駄な場合は自分で動くことが多い。
 では、ナマエはなぜここへ?本を読んでいるフリをしながら彼女を観察する。肩にかけていたバックからいつも使っている教材を取り出し、勉強を始めていた。休めばいいものを、日本人らしい律儀な性格なのだろう。ただ、いつもなら黙々とイタリア語の勉強に勤しんでいるのに、今日は集中力がないようだ。ずっとそわそわしている。
 まぁ、その原因はきっと僕だ。なにせ第一印象がナランチャをフォークでぶっ刺すという、最悪なものだったんだから。彼女にとって今この状況はすごく居心地が悪いものなのだろう。今日に限ったことではなく、遠目からたびたび視線くらっているのがその証拠だ。今だってソファに座る僕に対して、チクチクと視線を差してくるんだ。
 僕が彼女の視界から消えれば解決する話だが、しかしアジトにひとり残しておくのもそれはそれで気が引けてしまう……。さぁ、どうしたものか。

「フーゴ」

 控えめな声が僕を呼ぶ。読んでいた本を閉じて少し考えていた時に。あれ?そういえば、ナマエが僕を呼ぶのはこれが初めてなんじゃあないか?少なくとも僕の記憶では聞いたことがないな。

「あ、あの……、えっと、」

 言葉を選んでいるのか、単語にならないようなものをもごもごと発声する。目線もこちらに定まらない。ああ、そんなにも僕は怖い存在になっていたか……。

「ナマエ」
「は、い!」
「落ち着いて、ゆっくりでいいから」
「えっと、はい、ごめんなさい……」

 一向に本題へとうつらないナマエに、たまらずこちらから声をかけてしまった。なるべく優しく言ったつもりなのだが、俯いた彼女を見て大丈夫だろうかと不安になる。数秒の沈黙。そうして、俯いていた彼女は意を決したようにこちらをまっすぐ見た。ああ、ちゃんと目を合わせるのもこれが初めてだ。

「えっと!今、時間ありますか?」
「……?ええ、まぁ、今日の仕事はもうありませんが……」
「……!あのね、迷惑じゃなかったら私にイタリア語、おしえてくれませんか?」

 少々カタコトだが、しっかりとこちらを見て彼女はそう言った。「ジョルノにね、フーゴの頭の良さのこと聞いてたから!」と付け加えて。
 ああ、なるほど。今日、集中力がなかったのはそういうことか。頭の中でバラけていた歯車が、カチリとかみ合った音がした。原因は依然僕にあったが……、なんだよそれ、バカみたいに嬉しいじゃあないか。僕は飛んだ勘違いに笑った。

「ええ、喜んで」
「……!フーゴ、日本語喋れるの!?」

 僕が日本語で返事をすると、ナマエはパァッと明るい表情になり身を乗り出す。そんな彼女を見て余計に口元が緩んでしまうのを堪えながら、僕はソファから隣の席へと移動した。

「ほんの少しだけですが」
「フーゴすごい!ジョルノの言った通り、頭いいんだね!」

 それからもナマエは事あるごとに、すごいすごいと僕を褒める。あなたといつか話をしたくて日本語を勉強したと言ったら、いったいどんな顔をするんでしょうね。それはまた別の機会にして、今はこの喜びに集中しよう。