花束と、単純さと。


「ナマエもイタリアに慣れてきたよなァ!」

 お昼間、リストランテでお茶をしているとナランチャが唐突に言い出した。ああ、たしかに。そんな言葉を自分の中で咀嚼して、みんなのおかげだと伝えればこの場にいたナランチャ、ミスタ、フーゴ、アバッキオは満足そうな顔を見せてくれた。
 ジョルノとフーゴが勉強を見てくれて、ミスタは時間に余裕があれば家に泊まりに来て練習相手になってくれた。ちょっと強引なナランチャの会話でも鍛えられたし、アバッキオは発音が違うとすぐ訂正してくれた。ブチャラティに関しては独特な言い回しで喋るのが本当にやっかいだった……、あえて私が分からないような言葉を使ってくるんだもん。家に帰って調べるとどれもこれも甘い言葉ばかり、意味を知るたびに顔に熱が集まった。まあ、そのおかげでいろんな言葉を知ることができたけど。ブチャラティとばかり会話してたとしたら、イタリアの女性を魅了するプレイボーイになっちゃいそうだなぁ。なんちゃって。

「分からない事があればいつでも相談してください」
「いつもありがとう、フーゴ」
「お前らいつのまにか仲良くなったよな?」
「確かに……、なぁ、何があったんだよナマエ」
「ん〜、秘密!」
「なんだよそれ!気になるじゃんかよ!」

 私の分のケーキを取り分けながら聞いてくるアバッキオに返事をしていると、ナランチャが騒ぎ出す。フーゴとアイコンタクトしてからかってたら、より一層不満の声をあげた。そろそろ可哀想だと謝れば、また問い詰めが始まるに違いないのでそれは無しにしよう。
 そう心に決めたところで、「Ciao」という落ち着いた声が私の耳に届いた。

「チャオ、ブチャラティ!」
「チャオ、ナマエ」

 今朝からやっていた仕事が片付いたらしいブチャラティが、リストランテに顔を出した。いつだって凛と歩く姿に、みんなの気持ちはキュッと引き締まる。いい上司だ。

「(あ、)」

 そんなブチャラティの手元はやけに華やかだった。この国の男性はよく花束を持って歩いている、私の目はもう暖色系でまとめられたそれに釘付けなってしまう。そのお花綺麗ね、思ったことを素直に伝えれば「ああ、そうだろう」と手に握られていた小ぶりなブーケをかさりと鳴らし、愛おしそうな表情になった。日本にもこういうの文化のひとつくらいあれば、もっと愛で溢れていくのにな。

「喜んでくれるといいね」
「ん?」
「そのお花だよ」

 きっとこれから誰かに渡しに行くのだろうと、そう尋ねたがブチャラティは首を横に振った。え、じゃあなんのためのブーケなんだろう?もしかして誰かから貰ったやつなのかな?街のみんなから慕われている彼のことだ、十分にあり得る。と、ひとり考えていたら、ブチャラティが私のすぐそばで片膝をついてそれをこちらに向けた。思わずポカンと間抜けな顔を晒す、そんな私を見上げながらブチャラティはクスリと笑った。

「これはな、ナマエのために買ってきたんだぜ」
「え……!」
「君に似合うと思ってな。うん、どうやら俺の見立ては間違っていなかったようだ」

 もう一度ブーケのラッピングをカサリと鳴らし、「さぁ、受け取ってくれ」なんて爽やかな笑顔を向けるブチャラティ。日本じゃこんなこと滅多にないんだよ、いざ自分がされると反応に困るな、爆発しそうなくらい恥ずかしい。
 おそるおそるそれを受け取れば、恥ずかしさを上まわるほどの喜びで胸がいっぱいになってしばらくうっとりと見つめた。

「ブチャラティ、ありが……あれ?」
「もう行っちまったぞ」
「え、うそ……!」

 気づいた時にはもうブチャラティはミスタを連れて、リストランテを出てしまっていた。お礼言いそびれちゃった。すごく反省はしているけど、渡すだけ渡してどっか行っちゃうのもなあと思った。

*
「ねぇ、フーゴ」
「なんだい?」
「ブチャラティから素敵なお花をもらったでしょ?だからお礼をしたいんだけど、彼が好きなものって何?」
「なんでも相談してくださいとは言いましたが……、うーんそうですね……」

 顎に手を持っていき、考えるポーズをとるフーゴ。今リストランテには私たち二人しかいない。つまり、聞けるのは彼だけだ。

「好きなものは知らないのですが、ミスタに礼を言った時のようにしてみると案外喜ぶかもしれませんよ」
「それホント?ブチャラティ怒るんじゃない?」
「女性が思っているよりも男は単純です、それにブチャラティはここにいる誰よりも優しい人だ」
「そっか……」
「はい」
「でも、あれ照れるんだよねぇ……」
「はは、貴方はそうでしょうね」

 作戦会議の途中、リストランテの扉が開く。ブチャラティ達が帰ってきたのだ。タイミングがいいのか悪いのか、うーんと唸りながら悩んでいると、フーゴが「後に回すと、余計にやりにくくなりますよ」と耳打ちをする。確かにそうだよねぇ……と、私は意を決し席を立ってこちらに歩いてくる彼の元へ向かった。

「ブチャラティ!」
「やぁ、なんだいナマエ」
「あのね、お花ありがとう。すごい嬉しかったの」
「ああ、それはよかった」

 そうして、ぎゅうっとハグをした。母国ではこういう文化がなかったから、やっぱり恥ずかしい。ジョルノに慣れろと言われたけど、やっぱりそれは一生できなさそうだ。

「ブチャラティ……?」

 いくら待てど何も反応がなく、それがものすごく不安になりはじめたから、腕を緩めて顔を見るとブチャラティは目をまん丸にして固まっていた。もう一度呼べば、我に返ったようでブチャラティは片手で自分の口元を隠した。

「あ、ああ。すまない……、ちょっと驚いただけなんだ」
「えっと、いきなりごめんなさい。すぐ離れるね」
「いや、」

 離れようとすると私の手をとって引き寄せる。当たり前に勢いよくブチャラティの胸へダイブしてしまった。香水なのか、ブチャラティのなのか、鼻をかすめる香りはとてもとても色気があるもの。こういうことに免疫のない私には刺激が強すぎる。ハグだけでも爆発しそうなくらい恥ずかしいから、抜け出そうと身じろいぐと、ブチャラティはグッと力を強めた。ああ、ダメだ、情報量が多い。すごく恥ずかしい。

「ナマエ、もう少しこのままだ」
「は、い……」
「ハグはミスタにしかしないのかと思っていたからな、つまり今とても嬉しい。男は単純なんだ」

 持たれていた手がブチャラティの唇に触れ、軽いリップ音をたてる。そしてフーゴが言っていた通りの言葉を呟いて、なんだかすこし緊張がほどけた。

「お花とっても素敵だった、大切にするね」
「ああ、また贈らせてくれ」

 ブチャラティが優しく笑うので、釣られて私も笑った。なんでもない日がとても愛おしいものになっていく、何で幸せなんだ。