手に残る熱


「フーゴ!」
「チャオ、ナマエ」
「チャオ!待たせてごめんなさい!」
「いいえ、待っていませんよ。それに集合の10分前だ」

 なら、フーゴはそれよりも前に待っていたってことじゃあない。そんな言葉を投げかけるより先に、フーゴは「さぁ行きましょうか」とスマートに歩き出す。さすがイタリアーノだとそう頭の中で拍手を送り、ナマエはその後を追った。
 出会った当初のギクシャクとした空気はどこへやら、横に並んで世間話に花を咲かせながら歩く姿を誰が想像しただろうか。ふたりはまるで初めからこんな関係だったかのように、冗談を言いあいながら目的地へと向かった。

「ここですよ」
「わぁ!フーゴの言ってたとおりね!」

 まだ目的地に案内しただけなのにな、と目の前で表情をより一層明るくさせたナマエを見ながら店の扉を開けフーゴは微笑んだ。今日の目的というのは、街一番の本屋でナマエの参考書を買うことである。

 ことの始まりは数日前に遡る。ジョルノに参考書を選ぶのを手伝ってもらおうと本部へ出向いたものの、忙しそうにあちこちへと電話をする彼を見て挨拶すらできず、肩を落としながらリストランテへ。すると、頬杖をつきながら書類に目を通しているフーゴを窓越しに発見したのだ。ダメ元で彼に頼んで断られたらもうやめにしよう、そう心に決め扉を開き仕事中の彼に悪いと思いつつ声をかけるれば、「ええ、任せてください」と爽やかな笑顔が返ってきて、ナマエは小さくガッツポーズを決めた。いやしかし、ちょっと強引だったかも?と、仕事は大丈夫なのか遠慮がちに聞くと「僕の方は大丈夫ですから、さっそく日取りを決めましょう」などと彼の優しさに心を打たれるナマエであった。


*
「たくさん買っちゃった!」
「ちゃんと必要経費として提出してください」
「はーい」
「さて、すこし休憩しましょうか」
「あ!それならちょこっとだけ勉強見てくれない?」
「もちろん」

 買い物も終え、目についた近くのバールへとやってきたふたり。フーゴは自分が買ってくるからと、ナマエをテラス席に着かせた。

「ナマエ……?」

 心地よい風が流れる席で目を閉じてのんびりとフーゴが帰ってくるのを待つナマエに、聞き知った声が届く。パチッと目を開ければ、「ああ、やっぱりナマエじゃないですか」と驚いた表情のジョルノがこちらに歩み寄って来るではないか。
 軽く挨拶を交わすと、ジョルノは空いた席に腰をかけナマエに言葉の雨を降らせた。今日も可愛いですね。どうしてこんなところに?ひとりですか?あ、そのブーツはこの間僕が選んだものですね!貴女に似合っています。街で思いがけずナマエと会えたのがよほど嬉しかったのか、パッショーネのボスは上機嫌であることには違いない。その反面、ニコニコと一方的に話す彼のスピードと、時折混ぜられる褒め言葉にナマエはタジタジとなっていった。

「ところでその本は?」
「ああ、えっとね」

 イタリア語の参考書が欲しくて、フーゴについて来てもらったんだ。ナマエがそう言えば、目の前の端麗な顔は一瞬崩れを見せる。ん?私何か余計なことを言ったっけ?と、不安になるナマエは「どうしたの?」と恐る恐る聞く。そうすると、健気に心配する目の前の女の子に対してジョルノはひとつため息をこぼし、テーブルの上に置いていたナマエの手に自分のを重ねた。予想だにしない行動にナマエの心臓はバクリとはね、しだいに顔中へ熱が集まっていった。そんなことを知ってか知らずか、ジョルノはたっぷりと間をとった後、「フーゴとデートだなんて妬いちゃいますね」と、ようやく口を開いた。

「で、デートじゃないよ、私がちょっと強引にお願いしただけなの!」
「……余計に妬いちゃいました」

 焦って否定するも、今のジョルノにとっては全て嫉妬の材料になるらしく、凛々しい眉を下げながらナマエの手を持ち上げた。ああこれはもう少し後で、手の甲にキスをするに違いない。ナマエは不思議と冷静に心の中でそう思った。

「今度は僕と行きましょうね」
「ジョルノは忙しいでしょ、無理しないで」
「このジョルノ・ジョバーナ、貴女のためなら必ず時間を作ります」

 そう言って、ジョルノはその形の整った綺麗な唇をナマエに落として見せた。ほら、予感的中だ。など、照れるどころかクスクスと笑うナマエにジョルノは予定が違ったことに疑問の表情を隠さなかった。

「なんです?」
「ジョルノってすぐ手の甲にキスするなぁと思って」
「貴女にだけですよ」
「嘘だ、きっとこの街の女性はみんなされてる」

 そんなことはない、今は君だけに夢中さ。ジョルノがそういう言葉を続けていたら、「おや、驚いた」など少々大袈裟なセリフが近くから発せられた。

「ジョルノじゃあないか」
「やぁフーゴ」
「例の会合はもう終わったのかい?」
「これから向かうところさ」

 カタリと席から立ち上がるジョルノ。彼はナマエの耳元で「相手が僕じゃあないのは悔しいが仕方ない、フーゴとのデート楽しんで」そう言い残し、ネアポリスの街に溶け込んでいった。


*
「ナマエ、どうしたんだ?」
「え?」
「さっきから上の空じゃあないか?」
「ああ……、その、なんていうか……」

 ジョルノとふたりで話をしてからというものナマエの様子がおかしく、つい聞いてしまった。少々悩んだ後、「笑わないで聞いてくれる?」と、名前は話を続けた。

「さっきね、ジョルノと話してたでしょう?」
「ええ」
「デート楽しんでって言われて、それ意識するとなんか照れちゃってさ……」

 ああ、そんなこと男の前で頬を赤らめながら言うもんじゃあないよ。ほんと恥ずかしい、ごめんねフーゴ。照れ隠しなのか、喋り続けるナマエに僕は割って入った。

「僕は、デートのつもりでしたよ」
「え……、」
「この後手を繋いで、ハグをして、恋人のように甘く過ごしたいと思っていました」
「えッ!!」

 ボッと、赤い薔薇のように色づいて目をまん丸とさせる。そして、とても会話になんてならないような変な声を出すナマエにおかしくなった。

「ははは!冗談です」
「もう!また、みんなそうやってからかうんだから……」
「顔が真っ赤ですね、可愛いです」
「だから!冗談でもそう言うことは言わないで、日本人は慣れてないの!」
「いいえ、これは冗談ではありません。ナマエのこと、いつも可愛いと思ってます」

 ナマエは顔を両手で隠してしまう。そんな仕草も可愛いじゃあないか。

「あと、手を繋ぎたいのも本当です。帰り道だけ繋いでくれませんか、お嬢さん」

 僕が手を出すと、「ああ……」とか、「うう……」だの、困った声を出す。そんなに反応をよくする、もっといじめたくなってしまうじゃあないか。

「さぁ、僕に恥をかかせないで」
「わかったよ……」

 このひとことで観念したのか、小さな手は僕の手をきゅっと握る。今度、ブーケでも渡してみようか。誰かの真似事だと言われてしまうかもしれない。ブーケじゃあなく何か他の贈り物だっていい、僕に向けた君のいろんな表情が見たいんだ。ああ、僕はこんなにも欲深かったんだな。そんなことを考える帰り道、左手はとても暖かく心地よかった。