急がば回れ


 耳にキンキンと響く怒号を前に、私は先日のように5分前の自分を呪う。暑くて暑くて溶けそうだから近道しようと、いつも通らない路地に入ったのが間違いだった。いや、本当にイタリアの治安を舐めてた。

 およそ5分前、街にも慣れて脳内マップで『この路地を突っ切ればリストランテに近道できる!』と、暑さに負けた私はいつもの大通りから外れた。お目当の路地を進んで行くと、そこは思ってたよりも薄暗く不気味で嫌な予感を肌に感じた。引き返せばいいもののさらに進んでしまう。そしたらなんと見覚えのある3人がたむろしていて、先ほどの直感が現実のものとなり暑さとは関係のない嫌な汗をかいた。
 今更引き返そうか、何も気づかないふりしてこのまま進もうか。けど、一本道で双方が気づかないわけないんだ。考えをまとめる暇もなく、3人の内1人が私に気づいて「おまえ、あの時の」と言った。そう、目の前のこいつらはあの雨の日、私を襲おうとしたヤツら……。

「この前の借り、たんまり返してやるよ」
「ビビって声も出なくなっちまったみたいだなァ!」

 その通り。あの時の全てがフラッシュバック。後ずさる足がぎこちない。なんなら今は言葉が分かる分、更に恐怖が増している。ほぼすり足でジャリジャリ後ろに進むしかない。けど、「動くんじゃねぇ殺すぞ」って声で腰が抜けた。ああ、今度こそ終わった。できることなら少しでも恐怖から遠のきたい。私はキュッと目を閉じた。

「お前ら覚悟はできてんだろうなァ!」

 ドスの効いた少年の声が薄暗い路地裏に響いて、バッと顔を上げる。振り替えれば、そこにはナランチャが立っていた。でも、いつも私に向ける眩しい太陽のような笑顔はそこにない。彼の名前を呼んでも、「ナマエは黙ってろ」と低い声でそう言われた。ああ、今目の前にいるナランチャはギャングを思わせる顔だ。男三人に相手に言い合いをするその目線は、それだけでも相手を殺せるんじゃないかって凄みでビリっと私の神経を刺激した。

「もう容赦しねぇ!」

 どうやら、言い合いでは拉致があかなかったよう。殴り合いになったらいくらナランチャが強くても3対1だ、血を流してしまうかもしれない。なら、今私が走ってリストランテにいる仲間を呼んだ方がいいのではないか。

「エアロスミス!」

 私が起き上がるよりも前に、掛け声とともにどこからかプロペラ音が。そうしてすぐさまラジコン飛行機が飛んできて、弾丸をそこら中に発砲していった。チンピラ男のひとりが言った、「どっから銃弾が!?」という声で私はナランチャのスタンドだということがすぐに分かった。だって、あの人たちにはこのラジコン飛行機が見えてないんだもの。
 事はあっという間に終わった。走って逃げて行く男たちの後ろ姿を見届けたナランチャは、くるっと体を反転させる。表情は先ほどよりも穏やかだった。

「大丈夫かぁナマエ、ケガしてねぇか?」
「う、うん。ナランチャのおかげで」
「ったくよォ、こんな路地なんか入ったらダメだろォ?」
「近道しようと思って……、ごめんなさい」
「イタリアの治安舐めんなよ。ほら、立てるか?」

 差し出された手を取れば意外と力が強く、私は簡単に立たされた。ナランチャにありがとうと伝えても手は離されず、そのまま手を引いて歩きだす。「俺から離れるなよ」とあまりにもニッカリ笑うので、それ以上は何も言わないことにした。きっと、彼なりに心配してくれているんだろう。実際、恐怖心はまだ消えていないもの。

「そこ、ちょっとすりむいたか?」
「あ、本当だ。大袈裟にこけた訳じゃあないんだけど……、まぁヒリヒリするくらいだから大丈夫だよ」

 ナランチャが指摘したのは、足に出来ていたごく小さな傷。男たちの返り血がついているのに、よく判別できたなってくらい小さい。もうちょっと早く駆けつけたらよかったな。ごめんな、怖い思いしただろ。なんて、ナランチャは悪くないのに私を気遣った。もう一度感謝の言葉を伝えると、私の手を握る力が少し強くなった。

「ねぇ、あれはナランチャのスタンド?」
「そっか、ナマエは見るの初めてだもんな!どうだカッコイイだろ!」
「うん、カッコよかった!ナランチャもスタンドも!」
「……へへ!」

 リストランテの前に着くとナランチャは残った任務に出て行った。勇敢な背中を見送ってから、いつもの場所へ。今日はフーゴが本を読んでいた。とりあえず、いつも通り挨拶だ。フーゴはこちらに気づきいつもの爽やかな挨拶をしてくれる。が、私の格好を見て豆鉄砲を食らったような顔に変わり、その数秒後、慌ただしく私のもとに駆け寄って来た。今度は怒りの表情で。

「どこをケガしたんです!?誰にやられた!?」
「ふ、フーゴ落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」

 肩をガシッと持って、問い詰めるフーゴ。肩に込められた力と声色からは怒りが感じられる。絆創膏で事足りるくらいの小さな傷なの。この返り血は私のじゃないの。そう伝えると、ひとまずは落ち着いた様で、ぶつくさ言いながら救急セットを取りに行った。さぁこの後が怖いぞ、きっとお説教タイムだ。


*

「付き添いなんていいのに」
「まだ言いますか、黙って送られてください」

 治療してくれた後、ことの経緯を事細かく説明させられた私は案の定、フーゴからお叱りを受けた。もちろん反論はない、路地に入った私が悪いんだもの。でも家まで付き添わなくていいじゃない、もうこれからは大通りを歩いて帰るもん。

「フーゴって意外と過保護だ」
「だいたい、偶然ナランチャが通りかかったからいいものの……」
「はーい!ごめんなさい!今後気をつけます!」
「はぁ……、本当に分かってるんですか?」

 呆れながらため息。そんなにわざとらしくしなくてもいいじゃない。なんて、そんなこと言える立場じゃないから頭で思ってるだけ。
 リストランテから家まではほんの数分で着いた。心配かけたし、せっかく家まで来てくれたんだからお茶していってと上がってもらう。もう反省はしたからお説教は無しでね、まだ言い足りなそうなフーゴの前にハーブティーと貰い物のクッキーを出した。

「ナランチャのラジコン飛行機かっこいいね」
「ああ、エアロスミスですね」
「そうだ!フーゴはどんなスタンドなの?名前は?」
「僕のスタンドはパープルヘイズといって」
「見たいなぁ!ね、お願い!」
「……危ないから近寄らないでくださいね」
「やった!」
「パープルヘイズ」
「わぁ!チャオ、パープルヘイズさん」

 ミスタのスタンドはちっちゃな妖精さん六人、ナランチャのスタンドはラジコン飛行機。フーゴのスタンドはどんなものか期待していたら、なんと人型だった。不気味な雰囲気を醸し出すパープルヘイズ。周囲をぐるっとしながら観察すれば、ギョロッとした目が私を追った。

「フーゴのスタンドもカッコいいね!」
「ナマエ、そんなに近づいたらダメだ」
「何が危ないの?大人しいよ?」
「手の甲にある毒に感染したら30秒ほどで死ぬ」
「わお……」
「ほら、危ないでしょう?」

 フーゴはスタンドをスッと戻すと、紅茶に口をつけた。毒のスタンド能力、その脅威をまのあたりにしたことはないけど、彼が仲間でよかったと思う。だってどうあがいても30秒で死んじゃうんでしょう?そんなの勝てっこないじゃん。
 いいなぁ、スタンド。つい口から漏れる。だってみんなのかっこいいんだもの。小さく口から出た言葉にフーゴは、スタンドが見えているということはいずれ私にも発現するかもしれないと言ってくれた。

「前にジョルノも言ってたけど本当かな?」
「まあ、推測の域ですがね」

 そうだといいな。スタンド能力があれば、みんなの役に立てるかもしれないじゃん。どうやって発言させるかなんで分からないけど、ひとり焦っていても仕方がないよね。どうか私にスタンド能力がありますように、そう願っておこう。