存在証明


 ネアポリスでギャングスターとなり、再構築した組織はなんとか軌道に乗った。数年経った今、他の組織といざこざはあるものの特に目立った内乱はない。ギャングとしてこの言葉を使うのもどうかと思うが、まぁ僕は『平和な日々』というものを過ごしていたんだ。……彼女と出会うまでは。

「では、彼らへの説明はあなたに任せます」
「了解だ」

 ブチャラティにそう指示をすれば、彼が運転する車はすぐに発進する。が、その内はなんとも言えない空気に満ちていた。
 周りに聞こえるかどうかの大きさで軽くため息を吐き、窓の外に流れゆく街並みを目に映しながら今朝の出来事を脳内で再生する。とにかくすべての始まりは、ミスタからの電話だった。すぐにでも片付くだろうと思っていた件が、まさかこんなことになるとは……。眉間にシワが集まる感覚に、僕はもうひとつため息をこぼした。

*
「珍しいですね、あなたがこんなに朝早く。まさか褒めてほしいんですか?」
『違ぇよ!』
「冗談ですよ。それよりトラブルですか?」
『あー……、細かい話すっ飛ばすとさ、女の子拾ったんだけど言葉通じなくてよ』
「は、拾った……?いやミスタ、それはいろいろすっ飛ばしすぎだ。もう少し詳しく」
『それがよォ……』

 簡略化された話を頭の中でまとめると、昨日の晩、ミスタが飲んで帰ってる最中に強姦されそうになっている女の子を助けた。そして、訳ありで行く当てなさそうだからと家に連れて帰って話を聞こうと思ったものの酔いがまわって寝てしまい今になる……、と。
 まったくギャングが何やってんだ、寝首をかかれたらどうするんだよ、軽率な行動はあれほど慎めと……。など言いたいことは山のように出てきたが、それをグッと堪える。……まぁ、彼の直感で無害だと判断したんだろう、説教じみたことを言い始めたら話が進まない。ここはひとつ信じておこう、彼の尊厳のために。

『そんでさ、この子日本人っぽいからよォ』
「ああ、それで僕に」
『とりあえずどういう状況か分かんねぇから事情聞いてやってくんない?』
「分かりました。では1時間後、いつものリストランテに集合ましょう」
「おう、頼むわ」

 すぐ目的の場所へ向かい、改めてミスタから事情を聞くが特に進展は期待できなさそうなので、こちらから彼に質問をすることにした。

「ところでミスタ、素朴な疑問なのですが……」

 なぜ、わざわざ彼女を連れ帰ったのか。彼の人柄を否定するわけじゃあないが、今回の件はお人好しが過ぎるのではと感じたのだ。「あー……」と、悩むそぶりを見せたミスタはそのまましばらく考えた後、「いやー、……なんか放って置いたらダメな気がしてよ」と神妙な面持ちで答えた。別に今更面倒だとは思っちゃあいないが、まさかそんなにも曖昧なことを言われるとは。……まぁ、このままここでミスタと談笑しているわけもいかないだろう。少し先に座る女の子の元へ向かい僕は声をかけた。

「こんにちは、お嬢さん」

 みるみるうちに変わる表情に、なぜかズキリと重く心が痛んだ気がした。先ほどまで面倒だと感じていたのに、今は彼女をこれ以上悲しませたくないと思うのは何故だろうか。いつもは同情心なんて持ち合わせていないのに、気がつけば僕は彼女を抱きしめていた。

*
「ジョルノ、着いたぞ」
「ああ、ありがとうございます」
「ぼうっとしてたな」
「いや……、きっと泣くんだろうなぁ、と思いまして」
「変わろうか?」
「……あなた日本語話せないでしょ」
「おっと、そうだった」

 ブチャラティはわざとらしくそう言ってのけて、車の扉を開けた。彼がそんなことをするなんて、よほど僕の顔が曇っていたのだろうな。今朝得た情報を元にいろいろと探ってみたが、何も見つからなかったんだ、無理もない。一個人の情報なんて消したところで何かしらの痕跡が残るはずなのに、まさに『真っ白』だった。世界レベルで優秀な専属ハッカーもお手上げな結果に、背筋にゾクっとしたものが走って思わずブチャラティと目を見合わた。リストランテで彼女が言っていた、『なんでここにいるのか本当に分からないの』という言葉がやたらと脳裏に反響した。
 ブチャラティから彼女のことを聞くと、本当に困っている一般人にしか見えなかったという。僕から見ても殺気が感じられなかった。……むしろ隙しかなかった。知らぬ間に得体の知れない誰かからスタンド攻撃を受け、パッショーネを内部から潰すコマとして利用されているかもしれない。はたまたブチャラティの読みは外れて、大女優顔負けのスパイかもしれない。まだまだ考えられることは山ほどあるが、ただひとつ言えるのはこのまま放っておくべきじゃあないってことだ。

「ジョルノ、ここで悩んでても仕方がない。なによりアバッキオを連れて行けば分かる」
「……そうですね」

 ブチャラティが今言ったように、アバッキオのムーディーブルースでリプレイすれば、彼女の話が嘘かどうかが分かる。……もう僕たちにはそれしか頼りになるものが残されていない。容赦なくリストランテのドアが音を立てたので、僕は重たい足を動かして店へと入った。

「ナマエ、お待たせしました」
「ジョルノ!」

 ナマエの名前を呼べば待ち遠しかったのか僕のところへと駆け寄った。後ろでミスタとナランチャがつまらなそうにこちらを見ているが、それもブチャラティに任せよう。

「良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きますか?」

 そう伝えると一瞬目が大きく開かれ、その後すぐ何かを悟ったような表情になりナマエは悪い方を選択した。

「あらゆる手段を試みましたが、あなたの情報が何も出てきませんでした」
「え……、何も……?」
「はい」
「そんな、冗談でしょう?」
「いいえ。辛い言い方をあえてするなら、あなたは今ここに生きているが、その存在を証明するものは何もない」
「う、そ……」

 体の力が抜けたようにフラついたナマエを支えソファへ導き顔を覗き込めば、予想通り彼女の目には今にもこぼれ落ちそうなくらい水分を溜め込んでいた。

「わたし……」
「ナマエ、よく聞いて。まだ良いニュースが残っています」

 瞬きをして溢れてしまった涙を拭いてやると、ナマエはコクリと小さく頷いた。

「良いニュースは、僕らと出会ったことだ。今なら手をまわすことができる……、つまりここで僕たちの仲間になる選択ができます」

 ギャングと何ら関係のない一般人ならば、僕は元いたところへに帰してあげたいと心から思っている。だが、強制送還されると日本では社会復帰が難しい。……そもそも、故郷に帰ったとしても彼女が住んでる場所はない。ならば、ここで僕たちが手助けをしてやったらいい。もしも仮に彼女が僕らを脅かす敵というのならば、あえて迎え討とう。そう、どちらに転んだとしてもこれが『最良』なのだ。

「……ジョルノたちは何をしているの?」
「正直に言いましょう、僕たちはここら一帯を牛耳るギャングです」
「ギャング……?わ、私、断ったら殺されちゃうの?」
「ははは」

 その発想に思わず笑いが漏れた。そういや日本は平和だからな、ギャングという言葉を聞いて死を連想してしまったようだ。

「……?」
「おっと、笑い事じゃあないですね。仲間になってもそうしなくても、僕たちは貴女を殺したりなんてしませんよ」
「そ、そっか……、よかった……」
「もし仲間になれば、全て面倒を見ます」
「……いいの?」
「ええ。ボスであるこの僕が言っているんだから大丈夫」
「ジョルノがボスなの?」
「はい」
「見ず知らずなのにいいの?」
「僕にも日本の血が流れている、これも何かの縁ですよ。貴女がいいなら、今はあまり深く考えないで頷いてください」

 目をパチパチさせ、また小さく頷いたナマエ。そう、今はそれでいい。これからのことは未来で考えたらいいんだ。

「ようこそ、パッショーネへ」