セクシールージュ


『そうだな、これはもうすこし落ち着いた色にして……、ああ、それとあのブーツも彼女に』

 内容は分からないけど、とりあえず凛としたジョルノの声と店員さんの声がフィッティングルームまで聞こえてきて、私はこっそりため息を口から漏らしてしまった。

*
 事の始まりは今朝、コーヒーのいい香りで目覚めたところから。眠気でふわふわした気持ちのままでいると、「おはよう、ナマエ」って声が近くから聞こえ、寝ぼけたまま体を起こしたの。そしたらさ、ジョルノが長い足を組んでベット側のスツールに座ってたもんだから、眠気なんてすぐどこかへ吹っ飛んだ。

「な、なな、なんで……!」
「ははは、落ち着いてください」

 驚きながら寝癖を必死になおす私を見てジョルノは笑い、そうして手に持った鍵を数回揺らしてみせた。鍵なんてどれも似たようなも形だけど、目の前で揺れるそれは確かに見覚えがあるもの。黙ったままでいると、「実は合鍵を作ってましてね」なんて言ってのけた。

「あいかぎ、」
「はい」
「そう……」

 プライバシーとはいったい……?とか、爽やかすぎる笑顔を向けるジョルノに聞く勇気は持てなかった。もしかしたらこの組織では普通のことかもしれないし……、いやそれはないか。でもジョルノだし、パッショーネのボスだし……?自分で考えても結局答えなんて出ず、その後はよく分からないままジョルノが買ってきたテイククアウトのサンドウィッチを一緒に食べた。とても美味しかった。
 さて、ナマエ。私が最後の一口を食べ終え手を合わせたところで、ジョルノは飲んでいたコーヒーを置いた。

「僕たちの仲間になった際、貴女が使う身のまわりのものは何でも支給すると言ったことは覚えていますか?」
「うん」
「では、遠慮をするなと言ったことは?」
「覚えてるよ」
「なるほど。で、最近貴女が唯一要求してきたものは?」
「食費」

 あのね、ナマエ。少しため息混じりの声。この展開は怒られるやつだと、ジョルノが次の言葉を口から出す前に私は遮った。

「だって!こんないいところに済ませてもらってるし、これ以上贅沢なんて……」
「決して無理をして贅沢をしてほしいのではありません。したいのならそれは止めませんが」

 でも、と続けようとしたけど今度は私が制止された。

「年頃の女の子なんですから、服だの化粧品だの、もっと人生を楽しんでください」
「人生……」
「僕はこれでも待ってみた方なんです。できれば貴女から言って欲しかった。けれど、これ以上は無駄だと判断したので、今から強制的に買い与えることにします」
「……は?」
「さぁ、用意して行きますよ」

 待って、という私の声は届かずウォークインクローゼットに放り込まれ、バタンとドアが閉まった。
 この、やたらと大きな……、もはやこの部屋だけで生活できそうな空間には、そこに見合わない数着の洋服だけがかかっている。この家に始めて来た時からあるもので、ジョルノに前の住人の物があるけどどうしたらいいと尋ねたら、爽やかな顔をして「これは貴女のためのものです」と言われた。その時は、気を遣って用意してくれたのかと呑気に思っていたんだけど、夜確認したらなぜかサイズがピッタリの洋服と下着。オーダーしたのかと思うくらい、本当にジャストサイズだった。いったい誰が見繕ってくれたんだろう、どうか女性であってほしいと願うばかりだった。

 そうこうしているうちに閉まったドアの向こうから、ピッピッピッと電子音。次にジョルノのイタリア語が聞こえてきた。きっと迎えを呼んでいるのだろう、こうなると拒否するのも申し訳ないので大人しく着替えた。

 支度を済ませてからの展開は早く、家の前に待機していた車に乗って品の良いブティック街へ。多分ジョルノの行きつけのお店で、ピシッと着こなされた制服の定員さんは、「お待ちしておりました」とみんな同じ角度で腰を折った。出迎えられた先は貸切状態の店内で、私は驚く暇もないまま着せ替え人形のごとくアレやコレやを試着させられた。

「はぁ……」

 朝一番からこんなにも濃い時間を過ごすと、そりゃあため息もでる。今やメイクやヘアセットまで完了されてしまい、どこのパーティーへ行くんだという装いになっている。プロに任せると冴えない自分もよく見えるもんだ、なんて鏡に映る自分をただ眺めた。

「ナマエ」
「ひっ!」

 突然現れたジョルノに大袈裟な反応をしてしまう。ドッキリとか、怖いものは苦手。

「はは、驚かせてすみません。せっかくですからこれを着て歩きませんか?」
「わぁ……!」
「さきほど見つけたんですが、試着しなくても貴女に似合うので持ってきてしまいました」

 普段使いには少し派手かもしれないスカイブルーのワンピース、あまり着飾ることに興味ない私でもその綺麗なシルエットに見惚れて、ついそれを手に取ってしまった。あれ?私ってこんなに単純だったっけ?


*
「え、試着したやつほぼ全部買ったの!?」
「ええ、もちろん」

 カフェのテラス席にて目の前の男は爽やかな笑顔で肯定した後、コーヒーを口に含んだ。コーヒーを飲むという動作ってだけなのに、なぜこんなにも様になるのだろうか。……じゃあなくて!

「ねぇ、高かったんじゃない?私あんないいものじゃ無くていいよ……、似合ってるかも分かんないし」
「全部あなたに似合っていますよ、自信を持って」
「うーん……」
「トリッシュまでとは言いませんが、女性はもっとわがままを言っていいものです」
「トリッシュ?」
「ああそうか、あなたはまだあったことが無いんでしたね。僕たちの仲間です、いずれ会えますよ」
「女の子?」
「ええ」
「そっか、楽しみ!」
「……やはり、男ばかりでは相談しづらいこともありますか?」
「ううん、そうじゃないの。みんな優しくてカッコいいからさ、そのトリッシュって女の子もすごくいい子で美人さんなんだろうなと思って」

 思ったことをそのまま伝えれば、ジョルノは一瞬驚いた顔をした。

「私何かおかしなこと言った?」
「いえ、あなたはおもしろい人だなと思っただけです」
「おもしろい?」
「僕たちはこれでもここら辺を牛耳っているギャングなんですよ?」
「あっ!」

 そういえばそうだったねと笑えば、ジョルノも笑ってくれた。その後もカフェでたわいもない話して過ごす時間に、本当にジョルノが日本語を話せる人でよかったなと思う。彼が居なかったら私は心細さでどうにかなっていたかもしれないもんね。

「ナマエ」
「ん?」
「クリームがついてますよ」
「え、どこ?」
「ここ」

 顎に手を添えられて、口もとがぬぐわれる。ジョルノの視線が離れず、身体中の熱が顔に集まるようなそんな感覚に私は陥った。

「ありがと……」
「どういたしまして」

 綺麗な指を汚したクリームは、ジョルノの唇へ。ペロリと赤い舌がそれを舐めた。私の唇を彩っていたルージュが、ジョルノの唇の一部にうつり、それがなんともセクシーでまじまじと見てしまった。

「ナマエ、見過ぎです」
「あ、ごめんなさい、ルージュがジョルノの唇についちゃったからさ」
「それだけですか?」

 と、意地悪笑みを浮かべるジョルノ。

「すごく、セクシーだなぁと思って見てました……」
「はは、君は本当に面白い人だ。顔が真っ赤ですよ」
「笑わないで、さっきの恥ずかしかったんだから!」
『……可愛らしいなぁ、さっきのクリームみたいに食べてしまいたい』
「え、今なんて言ったの?」
「秘密です。さぁ、みんなにも見せに行きましょう」

 ジョルノはそう言いながら、どこから出したのか私の唇にルージュを塗りなおした。