油断は禁物


「ナ、ナランチャ!ちょっと離れて……!」

 顔を真っ赤に染めるナマエの声は震えていた。ジョルノに連れられ、リストランテに赴くと椅子から勢いよく立ち上がったナランチャがナマエ突進し、今にいたる。ギュッと男に抱きしめられる状況に照れないわけがなく、顔は焼けるように熱くなった。ナランチャの場合、ナマエとの身長差がほとんど変わらず顔が近すぎるのも要因のひとつだ。

「(というか、ここのみんな顔がいいから照れないわけないじゃあない!)」

 彼らからのスキンシップに、『心臓がいくつあっても足りない!』と自分の内で悪態をついた。

「ねぇ、ナランチャってば……!」
『ーー、ーーーー!』
「え、何?」
『ーーー!ーーー!!』
「ジョルノ、!」

 聞き取れるようにはなってきたが、早口な上にスラングを混ぜられると途端に分からなくなってしまうのが最近の悩みだ。近くにいたジョルノに助けを求めると、彼はフッと笑った。

「『ナマエ超可愛いよ、ジョルノだけズルイ、俺ともデートしてくれよ、じゃないと離れない』だそうです」
「ヒィ、聞かなきゃよかった」
「イタリアじゃあこんなの普通ですよ」
「うっ……」

 自分に向けられた言葉に恥ずかしさで爆発しそうになるナマエ。嬉しいけど、耐性のない私にとったらこれはもはや拷問だ。ナマエがそう思ったのも束の間、ナランチャは「俺じゃあダメか……?」などまるで捨てられた子犬のような瞳でせまった。

「ダメ、じゃあないよ、」
「……!じゃあデートしてくれんだな!?」
「……うん、」
「おっしゃあ!やったぜー!!」

 さっきまでのうるうるした瞳はどこへやら、元気なガッツポーズを見せるナランチャ。ようやく解放され、ヘナヘナと力なくその場に座り込むとジョルノはナマエの肩に手を置き「早く慣れてください」と笑う。郷に入れば郷に従えということね……、でもそんなの無理、恥ずかしい。と、ナマエは顔を両手で隠すのだった。


*
 二日後、ついにデートの日がやってきてしまった。言葉の壁をどうするつもりなのか、そんなことを考えながら待ち合わせの場所で待っていれば遠くの方で名前を呼ばれた。
 ナランチャは手をブンブン振って近づいてきてて、子供のように無邪気な顔して笑ってる。年は私と変わらないんじゃあないかなって思いはするんだけど、どうなんだろう?

「早いね」
「ナマエの方が先ついてたじゃん」
「道に迷ったらダメだからね」
「そっか、まだ慣れてねぇもんな。帰りは送る!」

 んじゃ、行こうぜ!と、私の手を取って歩き出すナランチャ。背丈は似ていてもやはり男の子だ、繋いだ手は筋張っていて大きい。
 私がまだ道に慣れてないということでこの辺探検することになり、ナランチャはお気に入りの場所を教えてくれた。近くの公園、綺麗な海が一望できる高台、猫の溜まり場、美味しいピッツァが食べられるところ。どれも居心地の良さそうなところばかりだった。そうしてよく歩いた後の休憩は、ナランチャとジョルノがよく行くというジェラート屋さんに決まった。

『−−』
「ごめん、もう一回言って?」
「ナマエん家どの辺って聞いた!」
「ああ、リストランテがある通りを……」

 その後も伝わっても伝わってなくても、ナランチャはずっと喋った。話題の引き出しが多いようだ。私も見習わなくては。
 ふと、口元をジェラートで汚しているのを見つけ、まるでこの前の私みたいだと思った。あんなセクシーなこと、私はできないけどナフキンで口元を拭いてあげた。

「グラッツェ!」
「ふふ、どういたしまして」

 白い歯を見せて子供っぽく笑うナランチャ、彼とは言語の壁なんてないみたい。
 いつものリストランテを通り過ぎながら、ナランチャは自分の家が私の家と逆方向だと教えてくれた。ずいぶんと遠くになってしまうけど、暇な時はいつでも寄っていいって。でも、部屋の片付けは苦手だから期待はしちゃいけないらしい。なんて、そんな話をしていたらもう自分の家に着いてしまう。楽しい時間はあっという間だ。

「今日はありがとう、すごく楽しかった!」
「俺も楽しかったぜ!」

 ナランチャは玄関まで送ってくれた。玄関前で少し喋り、そろそろお別れの時間。普段子供っぽく見える彼は意外と過保護なのか、「俺が帰ったらすぐに鍵を閉めるんだぞ!」と鍵を閉めることを何度も言った。もう分かってるって!と、3度目にしてようやく彼は納得してくれたようだ。

「じゃあまた明日リストランテでね」
「ああ」

 ナマエ。部屋に入ろうとしたら名前を呼ばれ、振り返ると手を引かれる。次に耳へ届いたのは軽いリップ音。

「またデートしような!じゃあまた明日〜!」

 とびきりの笑顔と大きい声。バタンと閉まるドアと、早々と遠ざかる足音を聞きながら私はしっかりと鍵を閉じた。

「ぜんぜん子どもっぽくないじゃん……!」

 明日、どんな顔で会えばいいのよ。なんて、頬を押さえながらしばらくその場に立ち尽くしてしまった。