願い事、ひとつ(主グレ)
依頼されたクエストの魔物討伐が終わり、イレブン一行は街へと来ていた。
今日はその祝賀会として、皆で夜夕食を食べているのだ。
夕食を食べた後は、数日間疲れを取るために街にいるので、各々自由行動することになっていた。
「グレイグ もう食べないの?」
マルティナは半分以上、料理が残された皿とグレイグの顔を交互に見た。
先程から手に持っているフォークが動いていない。
「申し訳ありません。姫様 あまり腹が減っていなくて」
グレイグはそう言って、腹をさする。
「……そう」
ここ数日、グレイグの食事量が極端に落ちている。
何か悩み事や、困っていることがあると、こうなることをマルティナは知っていた。
「おっさん、もういらないのかよ。じゃあ、俺が貰うぜ」
グレイグの向かいに座っている、カミュが皿を引き寄せた。
「グレイグ……何かがあるはずなのよ。
私達に気を遣っているのかな? でも、君には心を許していたはずよ」
支払いを終え、イレブンが外に出ると、壁にもたれかかるようにして、マルティナが立っていた。
「けれど、そんな君とも最近は一緒に居たがらないでしょ?」
マルティナが言う最近とは、依頼されたとクエストの魔物を討伐していた頃だ。
それまでは、食事量も身体に見合った量だったし、イレブンと一緒に行動することが多かった。
「ねっ、お願い!! グレイグのこと、しばらく見てくれないかな!
本当は、私がするべきことなんだけど、私が心配してるってグレイグが知ったら、きっと、またいらない気を回しちゃうから」
マルティナはイレブンの前で頭を下げた。
グレイグのことはイレブンも気になっていた。
最後の砦から一緒にいたグレイグが、この間の魔物討伐から距離を感じるようになったからだ。
「分かったよ。マルティナはあまり心配しすぎないで」
「ありがとう。頼んだわ」
マルティナはイレブンの手をぎゅっと握って、走って行った。
「お前、いいのかよ。そんな頼まれごとされて」
「盗み聞きはよくないよ。カミュ」
カミュは聞こえているのか、いないのか、イレブンにずんずん近づいていく。
「手、貸せ」
半ば強引にイレブンの手を取ると、呪文をかけた。
「トヘロスの応用版みたいなものだ。お前の姿がグレイグにだけ見えなくなって、声も聞こえなくなる。あいつを尾行するのは、骨が折れるだろう?
呪文の効果は陽が出るまで」
「器用だね。カミュ」
自分の姿がグレイグにだけ、見えない。何だかとっても不思議な気がした。
「上手くやれよ。イレブン」
カミュはイレブンの肩あたりを軽く、叩くと、どこかに駆けて行った。
さて、どうしたものか――
しばらく考えていたが、グレイグを探しに、街を歩くことにした。
街の隅々まで探したが、グレイグは見つからない。
残すところは教会のみとなった。
キャンプ場にある女神像にも、街や村に所々置いてある女神像にも、祈っている姿を見たことがない。
グレイグと教会は、イレブンの中で結びつかなかった。
こんな夜も深い中で、教会は開いているのか、疑問に思いながらも、イレブンは重い扉を押した。
(開いた)
重い扉はギシギシ音を立てて、開いた。
教会の中は薄暗く、目を凝らさなければ、中の様子ははっきり見えない。
数十歩足を進めると、誰かが女神像の前で膝をついているのが見えた。
「グレイグ!」
自分が想像していた以上の声が出て、口を手で抑えた。
そうだった。
カミュがかけてくれた呪文のおかげでグレイグにはイレブンの姿も見えないし、声も聞こえないのだ。
「泣いてる、の?」
グレイグの頬を月の光だけが照らしている。
そこを滑っていく雫
拭ってあげたいと、イレブンはグレイグの前で腰を下げた。
「イレブン……すまない。俺は」
「えっ?」
身体に、矢で撃たれたような衝撃が走った。
グレイグの涙の理由は自分なのか。
何があったのか、グレイグの中で
「俺は、もうお前の隣に居られない」
どういうことだ。
今すぐに、グレイグの身体を揺さぶって、訳を聞きたい。
しかし、イレブンの姿はグレイグに見えていなかった。
「収穫はあったか?」
「収穫もなにも、グレイグは僕の名を呼んで、泣いていた。
僕が知らない間にグレイグを傷つけていた」
イレブンは衝撃の光景の後、どうにかこうにか宿場に戻ってきていた。
目が覚めて、身支度を整えたところで、カミュが部屋にやって来た。
「で、お前はどうしたいと思ったわけ?」
「グレイグの涙を止めてあげたい……と思いました」
あの時、自分の姿がグレイグに見えないことが酷く応えた。
「そう思うなら、そうすればいい。おっさんの顔を晴らせることが出来る奴はお前しかいねぇよ。
お前はグレイグの盾なんだから」
“今日からこの命、あなたに預けます”
と、言われた時から、きっと全てが始まっていたのだろう。
「小さな街だ。見て回るのは、今日までで充分だろう?
明日の朝までは発とうぜ」
「うん。分かってる。僕はグレイグを探してくるから」
「グレイグ」
イレブンがグレイグを見つけたのは。宿場から出たところのすぐにあるよろず屋だった。
「話があるんだ。着いてきて」
しまった、と言わんばかりのグレイグの顔
イレブンと鉢合わせをしないように行動してきたのだろう。
「話って、なんだ」
グレイグも一国の将軍だ。イレブンの顔を見れば、本当に自分へ伝いことがあると分かった。
「取り合えず、着いてきて」
イレブンはグレイグに有無を言わさず、腕を引いて歩きだす。
「イレブン! 一体、どこまで連れて行く気なんだ!?」
人通りの少ない所に出たところで、グレイグが声を荒げた。
勇者のすぐ後ろ、手を引かれ英雄が着いて行く。
街の人から見ると、おかしな光景に見えただろう。小さな町だ、仲間の誰かにも見られたかもしれない。
「グレイグ 皆が君を心配してる。君があまり食べなかったり、一人になろうとしすぎるから」
「心配をかけていたなら、悪かった」
グレイグはイレブンから距離を取ろうとした。
しかし、イレブンの手はがっちりとグレイグの腕を掴んで離さない。
グレイグの心の内を知ろうと、しっかりと見つめた。
「お前は……いつもそうだ。何も言わない。だから、俺は勘違いしてしまう。
勝手に期待して、勝手に舞い上がって、この様だ」
グレイグは腕の力を抜いた。
「僕の言葉が足りなかったなら、謝る。謝るから、僕に強請ってほしい。
僕には、グレイグが何を求めているか、分からないから」
ぺルラから言われたことがあった。
『あんたは言葉数が少なすぎる。それじゃぁ、いつか誰かを傷つけたり、心配させたりするよ』
『俺は、おかしい。あれから、ずっとおかしい。
イレブン宛ての恋文を読んだ時から」
「僕宛てのラブレター?」
グレイグは声を出さずに、頷いた。
イレブンに充てられた手紙は主人公の相棒である、カミュが管理をしていた。
「読む気はなかった。ただ、カミュの部屋で探し物をしてる時に、偶然、見つけた。
イレブンがこんなに、年頃の女性から想いを寄せられていると知ったから、お前の隣にいるのが怖くなった。それだけだ。
たったそれだけのことで、飯も通らなくなったし、お前の側にいるのも怖くなった。臆病だって、笑ってくれ」
グレイグは自嘲気味に笑った。その目は涙を耐えていた。
「僕は駄目な勇者だ。グレイグをこんなに不安にさせて」
イレブンはグレイグの腕を離し、その手をグレイグの頬へ向けた。
「貴方の盾でいさせてください」
グレイグは地面に膝をついた。
「うん」
「何でも言うこと聞きますし、貴方を絶対に守りますから」
「グレイグ」
「だから、」
「うん」
「本当に大切な願い事はひとつだけだ」
イレブンの手がグレイグの頬撫でる。強くて、温かい。
「僕の隣でずっと幸せに過ごすんだ」
グレイグは頷くのを躊躇った。
頷いてしまえば、イレブンが自分と別れることで手に入れる、あるべき幸せを奪ってしまうような気がした。
「これは命令だ。グレイグ
僕の隣でずっと幸せに過ごすんだ。いいね?」
滅多に聞くことのない、高圧的なイレブンの声
「はい」
グレイグは胸に手を当てて、応じた。
- 1 -
*前次#
ページ: