○10


最近暗い顔をしていたナマエだったが、今日は一日ずっと楽しそうだった。それが嬉しくて、アズールはナマエに話しかける。ジェイドが言うには喋れないだけで理解していない訳では無いらしい、実際的確に頷いてくれるので、そうなのだろう。


エレメンタリースクールに通えていないナマエだが、今のエレメンタリースクールは実質アズールの支配下だ。契約し奪い等価交換で積み重ねた地位がある。嫌な奴も沢山いて、そういうやつのせいでナマエは学校に通えなくなっていたのだろう。アズールにも理解出来る。ナマエのように物静かなタイプを軽んじる愚物は、確かにいるのだ。アズールも物静かで繊細なので、いつも酷い目にあっていた。

「僕が後ろについてると言えばもう何も怖くありませんよ。一年遅れてですけど、ナマエも卒業しましょう」
「ナマエ、俺たちの後輩になんの。え〜一緒に学校いくなら俺ももっかい通う〜〜」
「同学年なら同じクラスになる可能性がありますね。アズール、何とかなりませんか?」
「んん……もう少し伝手を集めたらなんとか……」

三人が話していると、ナマエが尾びれを止める。はにかんで腰に括りつけていた板を差し出してきた。並んでいる文字が少し拙い歪んだものなのは、エレメンタリースクールに通えていないからだろう。小さい子供みたいでかわいいなと思いながら、文字を読み進めて三人は止まった。

『ミドルスクールにいくため、村を離れます。仲良くしてくれてありがとう』

後半の文字は歪みすぎてて読めない。別れを告げるための文字が並んでいた。「いやです」と、最初に声を上げたのはジェイドだった。

「いや、いや、いやです、いやだ。なんで、これはさよならって事ですか? いやだ」ナマエの手を掴み、二度とはなさないとばかりに力を込める。痛みからか、ナマエの表情が変わったのに気が付かなかった。

「どこ行くの、ミドルスクールいくなら一緒のとこでいいじゃん! 同級生になるなら丁度いいじゃん! ね、どこ行くの。遠くに行くみたいなこと言わないで、いじわるやめろよ」フロイドが叫ぶように言い、続けてアズールも「誰かに強要されたんですか? 僕が全部解決しますよ、対価も無しでいいです。ねえ教えてください、誰があなたにこんなひどいことを?」と震える声を優しくみせかけて問いかける。
ナマエは答えず、ジェイドの手を振り払った。2本の尾びれが揺れる。

「いかないでっ」

手を伸ばしたジェイドがその尾びれに触れた時、一瞬だけ世界が赤くなった。ナマエが持っていたモリの切っ先が、ジェイドの伸ばした手のひらを切りつけたのだ。




ナマエは振り向かなかった。
握りしめた手のひらから薄く赤い水が流れる。

「ジェイド、ジェイドが悪いよ。勝手に尾びれ触っちゃだめだよ」
「はい……」

海面までナマエを追いかけていたアズールが、沈んだ表情で帰ってくる。

「かわりに謝ったけど、返事してくれなかった……」
「…………」

ナマエが残した板を拾う。重りが付いていて、浮かないようになっていた。


「ぐ……っ、」
「ジェイド!」
「このバカ! 何をしてるんですか!」

まわりの水が赤く染り、糸のように海面へ伸びる。酷い痛みに震え、肩で息をしながら、ジェイドは自分で深く傷付けた手のひらを二人に見せた。

「ね、これを見たら、ナマエは僕たちを思い出しますよ。ナマエは優しいから、僕を傷付けたことを忘れません。だから、これは『約束』なんです。また会った時に、絶対僕らを忘れないように」





「……ジェイド、天才じゃん」
「素晴らしい! それでこそ僕の部下です!」
「ふふ、ありがとうございます」

この日からナマエは三人の前には現れなくなった。岩場は嵐で完全に崩れ、隠れ場所もなくなった。それでも約束がある。ジェイドの手のひらにこの約束が刻まれている限り、必ず四人は出会うだろう。
ここから流れた血。きっとこれは、人間の言うところの、運命の赤い糸なのだから。


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