まほうのくすりがきえるまで


バシャッと音がして顔が熱くなって、目の前で大釜を掻き混ぜていたやつの顔で頭がいっぱいになった。すぐ近くから聞こえたはずの「Bad Boy!」の怒声すら遠くて、なるほど。これが『恋』ってやつねとしみじみ理解した。なんでかっていうと、オレが今頭っから被ったのは惚れ薬だったから。

「う〜わ、トラッポラお前平気? 俺のことめちゃくちゃ好きになっちゃった?」
「んー、調合成功。これ絶対評価Sだわ」
「残念ながら減点だ。まったく、症状は?」
「ミョウジのことめっちゃ好きになりました」
「うわあ」

ミョウジが「いやだなあ」って顔をしたので、惚れ薬を引っ被ってミョウジの事が大好きになってしまったオレはビックリするくらいダメージをうけた。心臓が絞られるみたいに痛くて、勝手に目が潤んでくる。頭のどこかから「どうして」っていう悲しみが溢れてきて、自分の全部が否定されたみたいな被害妄想が襲ってきた。

「嫌そうな顔すんな。泣くぞ」
「めんどくさい……」
「は? 待って普通に悲しい。泣く」
「泣いちゃった……」

感情の乱高下が激しいし、泣くって言ったらマジで泣けてきた。「うええん」と特に感情に抵抗せず声を上げて泣くと、そこら辺で調合していたヤツらが惚れ薬の材料のひとつに『恋する者の涙』があるせいで「おら!トラッポラ1リットル泣け!!」とかいう最悪の野次を飛ばしながら並び始めた。ほんとNRCの治安はクソ。
でもミョウジだけは全部許す。へえ、オレって好きな相手には献身的で可愛いとこあるじゃん。

「解除薬は必要そうか?」
「いえ、あれクッソ不味いからいいです。どうせ数日でとけるし、ミョウジのこと好きになってるだけなんで大丈夫です。ミョウジは効果無くなるまでオレに尽くして優しくしといて」
「いやだなあ」
「嫌って言うな。今んとこ世界で一番お前のことが好きな稀有な存在だぞ、慈しめ。明日デートするからお洒落して待ってやがれ」
「イグニハイド生にデートに着ていく服があると思ってんのかよ。上下ババアの乳首色ジャージしかねえわ」
「逆に見てえわババアの乳首色ジャージ」

なにそれ、むらさき? 灰色? ミョウジと違ってババアの乳首は見たことないからわかんねえ。……は? こいつババアの乳首みたの? え、許せん。

「てめーオレという男がいながらババアと寝たのかよ」
「もう時間感覚めちゃくちゃじゃん。お前という男はいないのよ。あれはミドルスクールん時の指定ジャージだから近隣住民全員ババアの乳首色つってるだけで、俺も実物は見た事ねえよ。命名者に責任がある。俺の隣に歩いて人権を保ちたかったら服を貸しな」
「え、オレがコーディネートしていいの?」

ミョウジ、顔色はほんと地獄だけどそんなもんメイクしたらいくらでも変えられるし、ダボついた服ばかり着てるからわかんないだけで足が長くてスタイル良いから凄い格好よくできるやつじゃん。顔だって1時間前の俺は「死んだ鰻みてーな目」って思ってたけど、惚れ薬フィルター1枚通したら「思慮深いおめめ[V:9825]」って思えるようになったし。
これが俗に言う惚れた弱みってやつなんだろうな。たぶん惚れ薬の効果きれたら「ドブぞこおめめ」って言うようになるわ。

「オレが惚れ薬被ったの、お前にも責任あるからちゃんと付き合えよ」
「うえ〜〜」
「お前がトロトロ鍋掻き回してたから跳ねたんだろうが。「もちろんだよこちらこそよろしくお願いします」って頭下げてオレの愛を乞え。抵抗すんな。好きって言え」
「すき」
「んふふ」
「そんなんでいいのお……?」

好きなやつの言葉一つで感情が上下左右に動き回るのって、疲れるけど面白いし。こんなの数日間だけの先の見えてるニセモノだから逆に安心ってところがある。
オレはほんとはミョウジのことをクラスメイトの暗いやつって位にしか思ってないし、ミョウジもオレのことをクラスメイトのうるせえやつってくらいにしか思ってないだろう。あ、惚れ薬のせいでこう考えただけでダメージきた。うわーーめんどくせぇ。でもおもしろ。
自分が『恋をしてる』って状態を客観視出来ることなんて、こういう事故みたいなことがない限りありえないじゃん。


「いいの。オレがミョウジを好きでいる間だけオレたちはらぶらぶすんの」
「俺の意思はあ?」
「ありませーん。ま、ゲームみたいなもんだと思ってよろしく」

「ゲーム」と呟いて、ミョウジがにやっと笑った。うん、食いついてくると思った。こいつゲーマーだって聞いてたし。

「おっけー乗ったわ。最高の彼ピになってやんよ」
「かかってきな」

こういうちょっと影のある笑い方もカッコイイなあって、俺の中の恋心が勝手にキュンキュン反応した。オレって好きな相手には全肯定しちゃうタイプっぽい。恋すると頭バカになるって、こういうことを言うんだろうなってわかっちゃったな。


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