ロマンチックはとどかない


 近くで騒いでいた同僚生が尻尾を逆立てて耳を伏せ、出口までの距離を測り始めたあたりで「あ、俺に客だ」と気付く。
 クラスだったら良いが、こいつどうやってサバナ寮の内部にまで普通に入り込んでいるんだろうな……。転寮までの間で隠し通路的なものを網羅したのかもしれない。

「ナマエ! ああ、モン・シェリー! 君の時間をほんの少しだけ私に分けてほしいんだ!」
「いいけどさあ、来る前に連絡いれろよ」
「すまないね、はやる気持ちが抑えきれなくて……。君を想うと私の心は春の牡鹿のように浮き足立って制御が出来ないんだ」
「モン・シェリーってなに」
「君のことだよ!」
「対話しろや」

 むかし相部屋だったという縁で、俺はルーク・ハントとそこそこ仲が良い。こいつの知りたがりは、実家の妹の「なんでなんで」攻撃と同じようなものだとして全部こたえてやったが、俺以外の短慮で短気ばかりのサバナクロー生はまともに相手をしてやらなかったようだ。
 そこでへこんだりしたら可愛いものだが、ルーク・ハントはルーク・ハントなので結果はご覧の通り。逃げる獲物を追い立てて狩りとり、欲しい情報だけ全部抜いて捨てる。
 当然怖がられて、転寮した今になっても顔を出しただけで逃げる奴も多い。五歳児もルークも逃げなきゃ追ってこないのに、馬鹿なのかな。

「俺の部屋行く?それかどこか行きたいとこでもあるのか」
「君となら世界の果て、星の落ちるところまで共に行きたいね。うん、でも今日はお邪魔しよう。君の香りに包まれて過ごしたいんだ」
「残念朝からずっと換気してるから無臭」
「防犯上いかがなものかと思うよ。次から部屋の中で待っていて良いかな」
「なんで良いと思ったんだやめろ」

 なんでこいつ、模様替えして置き場所を変えたのに迷いなく自分用のブランケットを持ってこれるんだろうな。そもそもなんで私物を俺の部屋に……いいけど……。
 知らない間に増えている謎の茶器と紅茶に、見覚えのある字で美味しいれかたのメモが付けられている。はあ〜〜? 蒸らすの〜〜? 助けてくれ面倒過ぎる。水で許してくれよ。

「ふふ、」
「なに」

 俺が嫌々紅茶と戦っていると、勝手知ったる人の部屋とばかりに優雅にくつろいでいたルークが笑う。こいつ、笑い方まで上品だな……。サバナにいた時から身嗜みは俺らと同じようなもんだったけど、所作は綺麗だったな。

「細かい作業も、時間のかかることも嫌いなのに。私のためにありがとう!」
「わかってんならこれ置いてくのやめろや〜〜。アポなしお客様にこんな厚遇、俺くらいしかしてくれないからな」
「それは私がナマエにとって特別だから?」
「特別だから」

 転寮したあともわざわざ会いに来てくれる友達なんて、特別だろうが。そう続けて美味いか不味いかもよくわからない紅茶の完成で顔を上げると、さっきまでベッドにいたはずのルークが目の前にいて叫びかけた。気配を消して移動するのはやめろ!!

「私にとってもナマエは特別だよ。ねえ、どうすれば伝わるのかな」
「お、おう……?」

 文句を言おうとしたが、普段あまり表情の変わらないルークが珍しくわかりやすい『悲しい』顔をしていたので突発的な怒りが霧散した。

「お前大丈夫か。なにか悩みでもあったから来たのかよ」
「ふふ、悩みはつきないよ。私もお年頃だからね」
「だめっぽいな」
「君の目からはそう見えるのかい」
「本当に悲しそうだ」

 ちょうど目の前にある顔を両手で挟んで揉むと、少しだけ表情が緩んだ。

「ああ、モン・シェリー。君はひどいひとだ」
「だからモン・シェリーってなんなんだよ」

 くすくす笑うルークは綺麗だ。綺麗な人間にも悩みってのはあるんだなあとぼんやり思ってたら、ルークは紅茶を飲んでそのまま帰った。なんだったんだ、あいつ。いつものことだけど。


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