この世の愛の代名詞


好きな人に好きになってもらう方法を知らなかったから、子供の拙い考えで「とにかく優しくしよう」と思った。
それが今も続いてるだけで、惰性と言ってもいいだろう。彼と初めて会った時に、俺の運命が変わった。親の仕事について行っただけの無知な子供が、その子と共に過したい。それだけで、親が敷いてもいない同じレールに飛び乗ったくらいだ。幸いなことに引き継いだ才能があったのか、今ではヘアメイクアーティストとしてそれなり以上に名が売れてる。いや、これは『あのヴィル・シェーンハイトの専属』だからだろう。
彼は宝石のように美しく薔薇のように気高いが、宝石は傷付くし薔薇は枯れる。だから優しくありたかった。例え俺が一人でどう足掻こうが、救えない悲しみや怒りを持っていると分かっていても、俺は優しくありたかった。味方だと信じてもらいたかった。好きだったからだ。宝石のように、薔薇のように、届かないと知りながら焦がれていた。

彼の努力の賜物である髪に触れる。その資格を経ただけで、俺の人生は大成功だと満足しているんだ。

「可愛いね、君は本当にチャーミングだね」
「もう、ナマエはいつもそればかり。アタシの事は美しいって言って」

気高い女王のように振る舞うヴィルが、俺の前ではこうやって可愛らしく拗ねたような表情をする。奔放で素直で、豹のようにしなやかで猫のように愛らしい。これは確かに『特別』な事だ。俺はヴィルの特別なんだ。だからもう、それでいい。

「ごめんね、俺って愛しいものはみんな『可愛い』って思っちゃうんだよ」
「ふふ、知ってるわ。アナタってアタシを甘やかしてばかりね」

指の間を流れるシャンパンゴールド、まるで夕暮れを飲み込んだ泉のようだ。最後に少し整えて、後頭部が見えるように鏡を構えた。

「はい出来上がり、今日のヴィルも世界で一番可愛らしいよ」
「さすがナマエね、ありがとう」
「足元に気をつけて、行ってらっしゃい」
「分かっているわよ、アタシを誰だと思っているの?」

スポットライトは彼の為に。今日もヴィル・シェーンハイトは美しい。
未練がましくしがみついていた舞台はこれにて終幕。あまりにも眩しくて目を閉じた。

「本当に、ナマエってダッドみたいね」

ああ、
…………俺はどこから間違えたんだろう。






内面を隠すのは上手い方だが、同じ事務所の年上の友人にはバレていたようだ。さすがに誰に、とまでは分からないようだが「失恋したんだろう」と絡まれた。
失恋には新しい恋だ!! と無理やり……いや、善意だ。幼い頃から見ていた俺が悲しんでいるのをみて、元気づけようとしてくれたんだろう。女性を紹介してくれた。
小柄で黒髪の、頬がまるい愛らしい女性だった。俺のために履きなれないハイヒールで来てくれたらしく足を痛めかけてしまったので、新しい靴をプレゼントして家まで送り届けてデートを終えた。普段、仕事以外で女性とは関わりが薄いので新鮮な気持ちだ。楽しいか楽しくないかと問われたら、楽しかったと思う。恋ではないが、彼女とは友達になれそうだ。
必ず証拠をアップしろと言われたので、マジカメでプレゼントした靴と受け取る彼女の手を撮った写真をのせた。ノルマは達成した、と言うのは失礼だろうか。楽しかったよ、気を使ってくれてありがとう。ああ、でも、しばらくは静かに過ごしたいかな。


寮に戻った夜、控えめなノックで目を覚ました。もう0時を過ぎている。ポムフィオーレ寮でこの時間に起きている人は珍しい、よっぽど重要な用件があるんだろう。何人か慕ってくれる後輩の顔を思い浮かべながら、優しい声音を意識して声をかける。

「誰だい? 今開けるよ」
「…………」
「ヴィル?」

そこに立っていたのはヴィルだった。一番ありえないと思っていた人が目の前にいて混乱する。どうしたんだ、こんな時間に。どこか憔悴した様子がみえる。影のあるヴィルも魅力的だけど、いつもの自信に満ち溢れた君が一番素敵なのに。

「ねえ、どうして? 怒っているの? アタシが何かしてしまったかしら」
「なんの事だ? ああ、ここは冷える。中に入って。ホットミルクをいれてあげるよ」

あのヴィルが俺に導かれるまま静かに付いてくる。何かをギュッと握りしめていると思ったが、スマホだった。目元が赤い。どうしたんだ、何があったんだ。なんであのヴィル・シェーンハイトが、こんな姿に。

「私、この子より、可愛いでしょう」

握りしめていたスマホを机の上におく。それは俺のマジカメのトップ画面だった。彼女を紹介してくれた友人から「どうだ、可愛い子だろう!」とコメントが入っていた。「恋人ですか?」「デート!?」という、短いコメントも並んでいる。全く、人が二人いたらすぐ恋愛に絡める奴が多すぎる。
コメントを読むように指をスワイプしていたヴィルが、ほろほろと涙を零した。理由なんて分からない。ただ、はじめて見るその姿が強烈に胸に刺さる。

「綺麗だね」

本当は清潔な布を使った方がいいのだけど、あまりにも心を揺さぶるから我慢ができなかった。指でぬるい涙を拭うと、余計に涙がこぼれ落ちる。ヴィルの中には泉があるのかもしれない。愛しいものは可愛いんじゃなかったの、もう可愛くないの、断片的な言葉。まるで君が俺を好きみたいなことを言うんだな。

「ねえヴィル、俺は君のダッドにはなれないよ」

諦めきれない。君のせいだ。だからどうか、拒むなら徹底的に壊してくれ。
祈りながら唇を重ねると、涙で濡れた瞳が俺を見た。

「……レモンの味は、しないのね」

ああ、なんて可愛い人なんだろう。俺は負けたんだ。清々しいまでに敗北した。

「アタシ、ダッドの為に新しい下着なんて用意しないわ」
「赤い顔をしてなんてことを言うんだ」

最後に一粒落ちてきた涙にキスをして、「可愛い人、君が好きだよ。ずっと好きなんだ」と伝えると、小さく「アタシもよ、なんで分からなかったの」と拗ねた声が帰ってくる。俺たちは、随分遠回りしてしまったらしい。美しく気高く可愛い人、どうか、もうはなさないから、許しておくれ。君を愛しているんだ。


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