無断外泊手前で成立
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「なあに、どうしたの……?」
すよすよと昼寝をしていただけなのに目が覚めたら友人が土下座せんばかりの勢いで頭を下げていた。なあに……え……俺の飼ってるグッピー殺した……?その場合は許さんけど……?
何を言っても頭を上げないから無理やり覗き込むと、精悍な顔が雨に打たれた子犬のようにあわれっぽいものになっていた。どうしたの……三匹までは誤差だから許してやるよ。泣くなぁ?
「はいはいハグハグ。どしたん、ジャックが意図して悪いことするなんて思ってねえよ。餌やりたくて沢山入れちゃったとか?」
「餌? いや、違う……俺、俺が……っ」
「うんうん」
「俺がナマエにセクハラしてたんだ……!」
「初耳だわ。気付いてないしなんなら今の俺の方がセクハラ判定くらいそうだからどうでもよくね?」
「俺は俺が許せねえ!!」
「真面目だねえ……」
ジャック・ハウルとは入学した時から気が合って、お互いの部屋を行き来したり泊まったりする仲だ。ジャック自身は健康優良児なので眠くなったらすぐお部屋に帰るベビちゃんっぷりを見せるが、俺が遊びに行くと22時くらいには半分寝ているジャックに呼び止められて、床に打ち捨てられるように寝る羽目になる。
俺が帰ろうとする度、ベッドの中からピィピィと鳥のような声をあげるからだ。それがまあ、なんというか。見事に後ろ髪引かれるような悲しげな声なので、聞こえる度に「部屋に帰るから」と宥め、離れるとまたピィピィ。「明日もまた会えるから」頭を撫でると黙るが、離れるとまたピィピィ。
ジャック自身はほとんど寝ているのでピィピィ鳴くだけでなんの害もないけど、この声を置き去りに部屋に帰っても『雨の中、泣き縋る子犬をダンボールに入れて捨てた』くらいの罪悪感で眠れないな……と確信してそこら辺で寝ることにしている。ジャックはでかいからベッドに隙間はないし、同室者どもは吹けねえ口笛をぴふぉーぴふぉー鳴らしながらニヤニヤしているだけだ。クッションとかは貸してくれるから、比較的人の心は残ってる方。
朝、ギリギリ明るくなる直前に起きた健康優良児ジャックくんに「泊まったのか?」と不思議そうな顔をされるが、そうね、不思議ね。俺とお前の部屋隣だもんな。でもお前がそれを問うな。
「お前のそのピィピィ言うやつなに? 帰んない方がいいのかなって思って泊まったわ」
「鳴いてねえ」
ムッとするな。俺たちが話してるせいで、同室者が唸り声を上げながら起き上がりジャックに動画を見せた。俺からは見えないが、音が漏れている。ピィピィ。
朝イチボディスラムで全員昏倒させてデータを消させてたが、そのピィピィは獣人の中でどんな意味があるんだよ。「ガキみてえなことして悪かった」と恥ずかしがってたけど、なんかベビちゃんムーヴしたんだな? 俺は人間なのでよく分からない。種族ごとの恥ずかしいポイントってあるよね。
でもジャック、鳥の獣人ってわけじゃないのに、なんでピーピー言ってんだろうな。
ジャックには変な癖があって、俺がシャワールームから帰ってくると無言でタックルをしてくる。勢いをつける訳じゃないからぶっ飛ばされはしないが、構えていても「ぐふぉ止めろ190cmがやっていい戯れじゃないだろコレ。見てみろよ初期値から20cmズレてんぞ」と結構痛い。「ちくしょうオラァ!」とタックル返してもピクリともせんのよ。山か大木? でもこれもセクハラってもんではないだろう。仲の良いトモダチの戯れじゃないか?
被害者(仮)の俺がどんなに言葉を重ねても、ジャックは男泣きをして謝ってくる。許すよぉ。泣くなよ〜〜。なんかこれ俺がめちゃくちゃいじめっ子みたいじゃん。人通りないとこで寝てて良かったあ。
「種族的な認識の違いがあると思うから、擦り合わせていこ。じゃないと俺、何に謝られてるかわからんよ。ぽっけからハンカチ出しな、拭いてやるから。な?」
綺麗に洗濯されたハンカチを受け取って、座っても高い位置にある顔を拭う。俺のハンカチ? そんなもんねえよ。手は制服か隣のヤツで拭うもんだ。
ジャックの断片的な言葉を繋ぎ合わせて推理すると、ラギー先輩からおはなしがあったらしい。
「ジャックくん、オレからこういうの言われるの嫌だと思うんスけど、マーキングはつがいと二人っきりの時にして欲しいんスよね。ちょっと目立ってるんでさすがにね」
多分こんな感じ。俺もそうだがジャックも何も考えてなかったので「……? なんの事ですか」と素直に不思議がったところ、ピシャリと言われた。
「ナマエくんの事っスよ。仲良いのはよいことですけど、俺のだ手ぇ出すな近づくなって勢いでベッタリにおい付けされると居た堪れないんスよ。しゅーだん生活してるんで、そこらへん自重してください! ちなみに無意識でやってんならマジの指導いれますからね、獣人から人間へのセクハラッスよ」
「セ、セクハラ!? 俺はそんなことしてねえ!」
「ですよねえ、だったらいいんスよ。時と場合見てイチャついてくれてりゃ良いんで。ま、末永くお幸せに」
以上、こんな事があったらしい。先輩から普通にイチャイチャしまくるなとお小言を言われたってだけだ。…………イチャイチャしてたの、か? 俺たち獣人目線だとバカップルだったのか?
「悪かった、自覚もしねえで、勝手に……!」
「いやいや待て待て、イチャイチャしてたのか!? 俺、獣人視点で何されてた??」
「お、おれ、が」
膝の上で握っていた拳が震えている。怒り? 怒り? 頼む、羞恥であってくれ〜〜! ジャックがキレた場合、勝利に一縷の望みもないのよ。とりあえず怖いので拳を上から手で包んで見えないようにした。見えないものは無いものなので……。
触った瞬間ビクリと大きく全身が震えて、詰まりがちだった言葉も上手く出来ていなかった呼吸も落ち着いた。
「……俺、が、シャワールーム帰りのナマエに、勝手にマーキングした」
「マーキング、とは?」
「……自分のにおいとか、つけて、俺のものだって、いう……」
「俺ジャックのものだったの!?」
「ちげえ」
違ぇから、ごめん。
あとは鼻をすする音と、俺が手を押さえてるせいで顔を隠すことが出来ず、落ちるままにぼたぼたと流れる涙が俺の手の甲に当たる。マジ泣きじゃん。ええ……そんなやばいことなの……?
「いや、よくわかんないんだけど」
「……」
ぐすん。ぐすん。子供を泣かせているようないたたまれない気持ちになるけど、あの、いや、あのさあ。
「試しに「ナマエが好きだ」って言ってみてくんない? たぶん悪いようにはならないと思うから」
「……」
「ジャックがそれ言ったら、「俺もジャックが好きです」ってこたえてお前が泣いている理由が全て合法化する訳だけど、どう?」
顔を上げたジャックは、信じられないものを見る眼をして俺を見つめていた。俺だって、普通の友達とこの距離感は有り得んよ。自覚したんならラッキーじゃん。ほら何固まってんだ、いつもの男気見せてみろ。
正面から聞こえる小鳥のようなピィピィを聞きながらニヤニヤと言葉を待った。そら言え、いつまでも待っててやるからさ。
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