赤い封筒の女


「オレの、オレの、めし……ただ、めしが……っ! ゥォロロロロロ」
「愚か……」

バケツを抱えて顔中から出せるもの全て出している我が寮のナンバー2を見ながら頭を抱えた。かつてお前のタダ飯だったものは既にバケツの底だ。もはや水も出ないのに吐き気だけでげろげろ言ってる背中を摩る。愚かで哀れ……。
学外でのバイト帰りに、赤い封筒にいれられたマドルを拾って帰ってきてからこうなったという。聞いた時に「同郷のやつでもいるのかな」って懐かしくなったよ。それ、俺の実家辺りにある厄流しの呪い。命まで取られるもんじゃないけど、身体には悪い。

「それよくある呪いだから、拾ったヤツよこせ」
「ぜってえいやッス……オレが拾ったマドルはオレのもん……ぅぉえっ」
「本来なら解呪でマドル取るところをタダでやってやるっつってんだが?」
「ゔゔゔゔ〜〜!!!」
「本気の威嚇やめろ肉食獣」

握りしめてクシャクシャになっている赤い封筒を俺の視線から隠し、牙を見せて威嚇するラギー。野生に帰るのやめて欲しい。お前、たった3000マドルでその不調は割に合わないだろうが……。いや、これを言ったらまた「生活に困ったことの無いボンボンはこれだから!! 向こう二年毎日昼食奢って!!」と流れるようにたかられる。

「分かった、その3000マドルをこの5000マドルで買い取ろう! これでどうだ!」
「売ったぁオロロロロロ」
「なんでお前こんなになってまで……」
「オレの5000マドル……」
「愚かかよ……」

人形を抱き締める少女のように5000マドルを抱きしめるゲロまみれのラギー・ブッチ。現代芸術か何かか? 作者の伝えたいメッセージに深い理屈がありそうだな……。


俺だけが損をして受け取った赤い封筒の呪いは、俺が思っていたよりも強いものだったらしい。これでも解呪に特化した魔法士を多く排出する一族生まれだが、俺って一族の中でもそんなに強い方じゃないからな……。入学前に兄さんたちから貰った清めの塩がことごとく溶けて、黒い水になったのはちょっと怖かった。
プロの解呪師の浄めが効かない呪い、それを拾ってゲロまみれになるだけで済んだラギーはなんなんだ。俺が直でこれ拾ってたら、多分死んでたな……。あいつ、寮長の近くにいるから軽視されがちだけど単体でも充分強いんだよな……。俺は普通なので普通に呪いの余波を喰らって寝込んだ。



夜、赤いドレスの女にのしかかられた。
誰かが連れ込んだ女という訳では無いだろう。一応ここ、そういうの禁止だし。そもそもこんな辺鄙なところまで来てくれるような女はいない。
あーー。これが呪いの元か。塩の効果があったのかゴーストとしての力は弱いようで、金縛りになって少し息がしにくいだけだ。反対側のベッドで寝ている同室者のいびきの方がうるさい。「ねえ、ねえ、」吐息が多い、掠れたような声が耳元で繰り返される。「ねえ、いっしょに、」部屋の明かりが全て付いた。


「お見舞いっスよ〜! 肉持ってきたから焼いて食いましょ!」


あ〜〜〜〜〜うちのナンバー2ですねえ〜〜〜。
突然の大声と明かりに驚いて、転がり落ちたらしい同室者の悲鳴も聞こえる。

「あ?」

金縛りは続行中、目だけは動かせていたが、両手にアホほどでかいステーキ皿を持っていたラギーが俺……の上の女を目視してひっくい声を出した瞬間に目を閉じた。机の上に皿を置いてピッという音……ラップ? ラップ掛けたのか??

「てめえ誰のモンに手ぇ出してんだ百回殺すぞ!!!」

俺の腹の上に飛び蹴りをかました風圧を感じた。そのまま破壊音とともに転がる音。ブチブチ、びりびりと……髪を引きちぎって服を破く音かな……。

「3000マドルぽっちの阿婆擦れ女が!!! 人のモンに手ぇ出して五体満足で地獄に行けると思うんじゃねえぞ!! 逃げんな!! 流動食以外食えない身体にしてやる!!!」

あはは、すごい。スラム仕込みの語彙力。ゴーストの悲鳴とラギーの破壊音でめちゃくちゃになってるんだなと言うことだけはわかった。
「ナマエー!! 起きろ部屋がやられる!! なんなんだよこれはよ! 説明責任を果たせ!!」
同室者が俺を必死に揺さぶるが、俺は二度寝に入ることにする。こんな現実から目を逸らしたいって気持ち、強いよな。同室者は普通のゴーストもあまり見えないくらいにそういう勘がない男なので、深夜に突撃してきたナンバー2が虚空に向かってキレ倒して部屋を破壊している地獄絵図しか見えてないんだと思う。可哀想に……お前も早く寝てこんな現実忘れた方がいいよ。


翌日、そこそこ綺麗になってた部屋でげっそりした同室者から「お前、付き合う相手選べよ」と真剣に言われたりしたが、物理攻撃が効いたのか女は出てこなかった。
冷えても美味い高い肉を食べる。二皿あったのに一皿しかない。あいつ……自分の分をちゃんと持って帰ってやがる……。
さすがに今回は疲れた……。思っていたよりもめんどくさい案件だった、油断しちゃダメだな。俺もげっそりしながら部屋から出ると、いつからここにいたのかラギーが「ナマエくん!」と駆け寄ってきた。

「ナマエくん、ごめん……」

しおらしく耳を伏せてラギーが言う。昨日人の部屋で大暴れした方とは思えない……。でも反省してるなら……と口を開き掛けると、ラギーは続けて言った。

「でも俺、マドル落ちてたらまた絶対拾うし得が出るまでぜってえはなさないんで、今後ともオレから目を離さずもしもの時は今回みたいに身を呈して庇って欲しいッス」
「傲慢の権化か? 次はないからな」
「休んでた分の授業のコピー、200マドルでいいッスよ」
「てっめえ……」

払った。


←前 main|top 次→