まずは確実なものを
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そんな修羅の地で確かなものは、自分の見たものだけだ。ジャミル・バイパーは薄っぺらく一枚仮面を被ったような白々しい奴だったが、真面目で勤勉で、おまけに冗談もわかる良い友人。俺にとってこれは確かだったので、周囲が彼に対して距離を測りかねてる態度をしてても関係なかった。オバブロ現場を見てないからな。
「君は俺のことが怖くないのか?」
「映画以外でリアルで言うやつ初めてみた。怖くないよ〜」
頬杖をついて面白そうに鼻で笑っているが、どうした? 急に自分が映画の主人公だと勘違いしちゃったカナ? ちょっとドラマチックなことがあったからと言って調子に乗るなよ。
今のむかつく顔してるジャミルの方が、前の貼り付けた笑顔で上手いこと生きてた時よりも人間味があって好きだからいいけど。
「俺が今この瞬間ユニーク魔法をかけるかもしれないぞ」
「その場合俺のユニ魔が自動反撃します」
「防御系か」
「んーん。なんて言うんだろ。知りたい?」
覚えたてではしゃぎ回ってる訳でもないのに、ユニーク魔法の詳細を他人に話すなんてバカのやることだ。それを俺が理解してるというのはジャミルもわかってくれてるので「教えてくれるなら」と話の続きを促された。
「俺のユニ魔は10歳の時に目覚めました」
「優秀じゃないか」
「その頃の俺は森ででっけえカブト虫を捕まえることだけが人生の楽しみでな」
「絶交しよう。二度と話しかけるな」
「そんな訳で俺のユニ魔はでっけえ虫が沢山集合してあれそれするやつです」
「さよなら」
「俺を無下にしたら虫が黙ってないぞ」
俺がカブト虫と言った瞬間から椅子3つ分距離を離されたので、椅子3つ分詰めていく。壁と俺の間にジャミルを挟んで逃げ道を塞ぐと『ヂッッ』という初めて聞くレベルの重い舌打ちが聞こえた。へえ、人体ってそんな音が出るんだ。
「なんで言うんだ。言わなかったら気付かなかったのに」
「まあこういう訳で、俺はジャミルに関してだけは最強だからお前のこと怖くないよって伝えたかったわけ」
「何ひとつ嬉しくない……俺に近付かないでほしい……なんかここ虫臭い」
「お? 喧嘩すっか? 今すぐユニ魔出してもいいんだぞ」
「愛してる[V:9825] ゆるして[V:9825]」
「媚びよるわ」
自分の顔が良いと自覚しているものしか出来ない顔をしやがる。こんな馬鹿みたいな会話でも、前はニヒルに口角を軽くあげる程度の笑みしか浮かべなかったけど、今は口を開けて元気に笑ってる。やっぱこいつ、こういう顔の方が似合っていいよな。イケメンが黙ってると悪巧みしてるようにしか見えないから。根本がただの苦労性なのに、悪の宰相みたいに言われてるのたぶんその笑い方のせいだったし。
「オバブロやってやばかったみたいだけどさあ、俺は今のジャミルの方が好きだよ」
「告白か? 俺を虫から守ってくれるなら考えてやってもいいぞ」
「ユニ魔、使い方次第で特定の場所から虫を移動させることが出来るんだよな」
「昔から君のことが好きだった、付き合おう。幸せにするよ……」
「わあ。最悪の人間だ」
勝手に人の手の甲にキスすんな。凄い、こんなにときめかない事ってある? まだ身体目当ての方が物語始まりそうじゃないか?
ゲラゲラ笑いながら「泣いて縋ってきたら助けてやるよ」と答える。今までも虫嫌いは公言していたが、最大限我慢してアレだったらしい。護衛がわかりやすい弱点あると問題だもんな。うるせ〜〜知らね〜〜! 状態になってる今、部屋にゴキブリとかが出たらジャミルどうなっちゃうんだろ。めちゃくちゃ面白いことになりそう。
「ではこれを授けよう」
「なにこれ」
いや、見たらわかるけど。なんの鍵? 手のひらに乗せられた鍵を持って聞くと、ジャミルは悪い顔をしてにやにやと笑った。
「部屋の鍵だよ。それがないと俺が泣いても助けに来れないぞ」
「マジで泣き縋る気かよ! てか鍵なくても呼ばれりゃ行くってば」
「俺の部屋は個室だが、合鍵を渡す意味すら分からないかな」
「だーかーらあ、合鍵渡すなんて恋人くらいしか……」
「『昔から君のことが好きだった、付き合おう。幸せにするよ』……返事は」
「あれ、えーと。これマジのやつ?」
ジャミルはにやにやと悪い笑みを続けて、俺の言葉をじっと待っている。鍵が急に重くなった気がした。
「俺はもう、欲しいものを諦めるのはやめたんだ。手始めに君から貰っていくよ」
「俺の人権は……」
「無いな。そもそも君だって俺のことが好きだろう。据え膳だぞ、持っていけ」
「くっそ……ジャミル・バイパーめ……」
こいつ、いつからどこから策略だったんだ。確かに据え膳……! くそっ、俺の好意はいつからバレてたんだ……!
懊悩し頭を抱える俺に「安心してくれ、惚れた者負けなら俺がとっくに負けているから」と優しい声が落ちてきて、顔を上げる。
初めて見るような恥ずかしげな笑い方で、「昔から、君のことが好きだった」と繰り返された。
「泣く前に、助けに行くよ」
「俺の事が好きだから?」
「言わせんな」
「言え。ナマエ・ミョウジはジャミル・バイパーをどう思っているんだ」
「愛してるよ。ジャミルが死ななくて本当に良かったって、もっとちゃんと寄り添えたら良かったってたくさん後悔した。ナマエ・ミョウジはジャミル・バイパーを愛してる」
「ひぇ……」
「逃げんな、向こうは壁だから逃げらんねえぞ。お前からはじめた物語だ逃がさねえ、鍵も返さない」
「待て、待ってくれ、供給が多い」
こいつ、イデア寮長と交流しはじめてからオタク用語への理解が深まってるな。
ここで全部嘘でしたと言われたら俺が瞬間的にオバブロして死を迎えそうだが、ジャミルの褐色の肌は熱を持って赤く染まって、潤んだ目は俺を見ていた。死ななくて済みそうだ。
真面目で勤勉で冗談もわかって、自分に厳しくて美しくて、不器用なくらいにいろんなものに雁字搦めにされていたお前のことが、ずっと好きだよ。縛られていたものから全て開放された時、どういう人になるのかずっと近くで見ていたいくらいに。ナマエ・ミョウジはジャミル・バイパーに惚れているんだ。これは今度、部屋に行ってから言うから。今は真っ赤になってあうあう言ってる珍しい姿の観察に徹する。俺の恋人、かわいいなあ。
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