ふわふわはしあわせなので


「だってラギー、寮長と付き合ってるんだろ?」
「は? 頭沸いてます?」
「殴り掛かりながら言うことか!?」

話の発端は、俺たちの年齢に相応しい可愛らしい恋バナからだった。どういう子が好きとかそういう、とりとめない話。俺の好みが「髪がふわふわな子」とはなしたら、「じゃあオレっスね」とラギーが笑ったので冒頭に至る。

「いやいや、だってお前寮長と同じシャンプーのにおいすんじゃん! あんな高級セレブ御用達の1回5000マドルしそうなシャンプー、恋人でも無ければ使えないだろ!!」
「レオナさんが捨てるって言ったボトルにこびりついてるやつを、8倍希釈して使ってるんスよ! 」
「惨めが過ぎる……」
「それでも共用のやつよりは髪の毛ふわふわになるからすげえっスよね。なに使われてんだろ、処女の生き血でも混ぜられてそう」
「黒魔術〜〜」

確かに、ラギーは寮長のシャンプーと同じ匂いがするけど、サバナクローの太陽と砂とその遥か彼方に微かにセレブがちらつくような匂いだ。これを寮長と同じと言っちゃダメだな……。失礼になっちゃうな……。

「そもそも、同じシャンプーのにおいなら付き合ってるって理論がめちゃくちゃなんスよ。その理屈でいくなら共有シャンプー使ってるやつら全員付き合ってるってことでしょ? さすがにそこまでインモラルになってたら、レオナさんもダッシュで卒業っス」
「『レオナさんもダッシュで卒業』を慣用句にするな」

そういえば最近、あちこちに向かって跳ねていたラギーの髪がどことなく前よりもふわふわしてきたような気がする。8倍希釈でも見た目に影響が出るなんて凄いな……。「触っていい?」と聞いたら「どうぞ」と触りやすいように頭を傾げてくれた。
前はもっとボサボサしていたのに、分かりやすく指通りの良い毛質になってる……!
すげえ……! さすが王族御用達ヘアケア……!
俺が楽しくふわふわしていたら、椅子に座って手に顎を乗せて休んでいたラギーの機嫌が勝手に悪くなっていた。触りすぎたかなと手を止めようとしたが、「もっと撫でて」と命じられたので撫でておく。いや、初めから撫でていた訳じゃないんだけど……。

「あんたがふわふわの方が気持ちよくて好きって言ったんじゃないっスか。なんだよ、わけわかんねえの……」
「好きだよ、ふわふわ」
「じゃーどうしてオレのふわふわは褒めねえんスか。よりにもよってレオナさんと付き合ってるって。あーあ、名誉毀損でオレが死んだら末代まで呪ってやりますからね!」

王族への名誉毀損は死なの!? いや、そうだな……冷静に考えたらそうだ。寮長が俺達に優しいから忘れてたけど、あの人マジで偉い人だった。
ラギーはサバナクローのNo.2としてあの人の1番近くにいるから、そういうのもよくわかっているんだな……。いや、待て。そんな偉い人の捨てるはずだったシャンプーをパクって8倍希釈して使ってるの、普通に不敬では……? ていうか俺、この前こいつが「レオナさんももう忘れてるから良いんスよ」ってでかい宝石のついたネックレスをぽっけないないしてるの見たぞ。それを許されてるならもう何言っても死を賜わることはないだろ。無敵だよこいつ。

考え込みながらふわふわの頭を撫でてると、ラギーの耳が手のひらにべちべちと当たる。完全にハエを追っ払うのと同じ動き。

「褒めてくんないなら触るの禁止」
「ふわふわ! 指通り神! 一生触れる質感!」
「もっと」
「努力の証! 可愛いよ! 超好み!」
「ちょーしいいやつ」
「ふわふわ失礼しま〜す」

笑ってるので許されたと思う。ほんとに嫌だったら俺の人体急所を躊躇なく攻撃して脱出するやつなので、ラギーが大人しくしてるあたり合意の下でしかない。

「あのねえ、オレが髪の毛ふわふわにしようって頑張ってた意味わかってます?」
「俺の好みに合わせたかったから?」
「ぶん殴ってやろうかな。そこまで分かってたら言うことないんスか」
「どうしようかなあ」
「ぶっ殺すぞ」

いやあ、朽木に虫のような幸運を得たから、俺もどうしていいのかわかんないんだよな。だって、結構長い間失恋してたと思ってたので。
寮長相手じゃひっくり返っても叶うわけないから勝手に諦めてたけど、突然こんなわかりやすく好意を向けられていましたよって言われても、心と身体めちゃくちゃになっちゃってるんで。今の俺の手汗やっべえよ。ラギーのふわふわ髪の毛がぺそぺそになってるの、気付かれませんように。



「俺の好み、髪の毛ふわふわで、強欲で、強いやつ」
「……レオナさん?」
「出身はスラム街」
「オレっスね。なんで1回突き放したんスか許さねえ泣くかと思った」
「いっだあマジの肘打ちやめて! いや、この流れで寮長にいくとは思ってなかったんだって!」
「サバナクローで1番強欲でつええ存在でしょうが!」
「そうだな!」

ぐうの音も出ない! 格好よく告白できない!

「回りくどいこと言わずに好きって言うんスよ!」
「好き!」
「よし!!!」

腕を組んで満足気なラギーがにやにやと勝者の笑みを浮かべてるから、俺はただの敗北者として頭を下げた。最初に惚れたやつが負けてるんだから、俺はずっと負けっぱなしだ。だから、これでいい。
ちいさなちいさな声で、「オレもすき」と聞こえたので、これでいい。胸の中がずっとふわふわで、しあわせだ。


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