ディベート後の殴り合い大喧嘩まで見て決めた


一緒に大鍋を掻き回していた友人がピタリと止まり、困惑した顔をしている。俺の方が困惑だサボるなお前も素材にしてやろうか。「おい」声をかけると緊張した様子で「リーチがこっち見て笑ってるぞ」と、人殺したから一緒に埋めてくれない? みたいなノリでそっと耳打ちしてきた。

「リーチだってマジペンが転がっただけで愉快な日もあるだろうよ。どっち? 自ら海に引きずり込みそうな方? 椅子に縛り付けて崖側から蹴り落として来そうな方?」
「わかんねえよどっちもやりそうだよ。ジェイドの方」

状況次第では臨機応変にどちらもやりそうだもんな、しぶしぶ友人の目線の先へ振り返ると、言われた通りジェイド・リーチがにこにこと笑っていた。大きな掌で口元を覆うようにして黙って俺たちの方を見ている。まあおしとやかな笑い方だこと、何企んでんだ怖すぎだな。
会釈してみると向こうも気付いたのか同じように会釈を返してきたので、これで終わりだ。友人は血の気が引いていたが、オクタヴィネルの連中に借りを作らなければそれほど危険じゃないだろう。
少なくともフロイドの方のリーチよりは、一瞬一瞬のご機嫌で対応が変わらないぶん話しやすいと思う。自分に利があれば割と融通効かせてくれるし、そんなに怯えることもないだろうと思う。知らんけど。同級生と言えどもそんなに話したことないし、友達ではないからわからんけども。


と、思っていた訳だが、あれはホラー映画におけるフラグと呼ばれるものだったのかもしれない。
あの日から視界の端にチラチラとジェイド・リーチが入ってくるようになった。ひとつひとつ正当な理由があるのが怖い。授業中はクラスが一緒なので当然近くにいるというそれだけだし、部活の時に来たのは親切にも映画研究会で撮影に行く山の事前情報を持ってきてくれたからだし、サバナクローの寮に来たのは取り立てだ。友人が転がされて絞められていた。あーあもうだからオクタヴィネルに借りを作んなって言っただろうが。だからこいつジェイド・リーチに怯えてたのか。バカ野郎がよ。
ああ俺じゃなくて友人の方を見ていたんだな。と、思いたくてもそうはいかない。取り立てでしょっぴかれ強制労働の刑に処された友人が隣にいなくても、ジェイド・リーチはニコニコとおしとやかに笑っている。

「どうです、ナマエさんも彼と一緒に働きませんか? 僕からの紹介ですのでナマエさんの給金は少し高めになりますがいかがでしょう」
「バイトは家から禁止されてるので大丈夫です」
「おや、しかしご自身で自由になるお金は多い方が良いのでは? モストロラウンジでの職業体験は必ず将来の糧になりますよ」
「父に確認しますね」
「ナマエさんはお父様がお好きなのですね」
「逆らったら殺されるので」

バイトするくらいなら金を送るから勉学に勤しめと言われてるだけで、厳しくとも怖くもない父親だが、可愛い我が子である俺のために悪鬼になってもらう。
ぼくぱぱにきかなきゃわかんにゃいの……。帰ってくれ、頼む。


ある日は食堂で突然前の席に座り、
「どうでしょう、兼部というのは」
「ちょっとカメラ回すのに忙しくて無理ですね」
「山や草木をカメラで撮るのも楽しいですよ」
「山や草木よりヴィル先輩の方が美しいので無理ですね」
「僕もなかなか美しい容貌だと思いますが」
「ははっ」
「傷つきます」
わざとらしくヨヨヨと泣き真似をしてジェイドは去っていった。何しに来たんだ。

ある日はゴミカスのようになったら友人(債務者)を持ってきて、
「ナマエさんがモストロラウンジに来てくださったら、友人紹介制度が適用されて彼の支払いの2%が軽減されますがいかがでしょうか」
「俺に迷惑をかけるくらいならこいつは死を選ぶ。その意思を尊重し、モストロラウンジには行かない」
「なんて美しい友情なんでしょう。感動しました、遅延で10%上乗せさせておきます」
ゴミカス(債務者)のきったねえ悲鳴を引きずりながらジェイドは帰って行った。何しに来たんだ。


話しかける時以外は視界の端でニコニコおしとやかに笑って、話しかけてきたなと思ったらなぜか俺をモストロラウンジか山を愛する会に入れようとしてくる。

授業終わり、今日も視界の端でニコニコしているジェイドにいい加減俺からも言いたいことがあった。

「お前さ」
「はい」
「仲良くなりたいなら友達になろうとか言えば良くない? そういう回りくどいの、俺、嫌いなんだけど」

お前が俺の事嫌いじゃないのは充分分かったから、いちいち策略謀略取引を間に挟まなくていいだろうが。

このとにかくでかい人魚を睨み上げてると、ジェイド・リーチの笑顔のままあまり変わらない表情が崩れた。うろうろと視線をさまよわせて、いつものようにわざと作った困り顔ではなくたぶんホンモノの、困ったような、でも悲しいわけではなさそうな顔。

「あの、僕、はじめてで」
「おう」
「不快にさせてしまったのなら、申し訳ありませんでした」
「不快って訳ではなかったから平気」
「あの」
「うん」

両掌を重ねるように口に当てて、恥じらうように言った。

「友達からでいいので、僕を意識してください……」

あ、こいつ俺の事をそういう意味で好きだったんだ。「意識は充分にしてるから、付き合う?」そう言うと、ジェイドは「五分お待ちください!」と駆け出し、オクタヴィネル寮長のサインが入った【交際関係契約書】を差し出してきた。
オクタヴィネルとはかかわり合いにならない方が良かったかなと一瞬本気で後悔しかけたが、「説明します、間違いがあってはならないのでこれから小一時間程頂けますか? 書類の確認時にジェイド・リーチを恋人にした際のメリット、デメリットを第三者交えてディベート形式でディスカッションを行い、そちらをよく聞いて考えてからサインを頂きたいと思います」と言い出したので、なんだこのおもしれえ男……と一瞬でちょっと好きになってしまった。言わないけど。

ディスカッションの後半、メリット支持側だったはずのアズール・アーシェングロットまで「録でもないですよこいつは!!」とかキレてたので本当に面白かった。
フロイド・リーチ+アズール・アーシェングロットVSジェイド・リーチになって「僕は一途だしナマエさんの可愛いつがいになれる尽くすタイプの人魚です!!」という絶叫、また聞きてえもん。


紆余曲折を経て、交際関係契約書にもサインをした今。やっぱりジェイドはおしとやかに口元に手を当てて笑っている。視界の端ではなく、俺の肩にのしかかるようにぺたりとくっついているので重さに負けて俺が傾いている。こういう関係になったから、俺もジェイドについてちゃんと知りたくなった。人魚の生態、ウツボの生態。

「えい」
「あ」

ぱかっと丸くあけた口がちょっと間抜け。

「求愛なんです。本能が抜けなくて……陸では、はしたないですよね」

恥ずかしそうに言うのでちょっと可愛い。

「……笑わないでください」
「可愛いなって思ってんだよ」

俺が口を大きく開けると、ジェイドは少し躊躇しながら掌で隠した口を見せてくれた。お前、回りくどいんだよな。好きって言ってたなら隠さなくてよかったのに。


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