人面岩の怪異、或いは財布泥棒。


「ナマエくん!!」

にこにこで駆け寄ってきたラギーの手元を見て、ただ「ばかぁ」と力のない声が漏れた。なにその最悪な塊……。

「川で人の頭っぽい形の石見つけたけど、これどっかの好事家に売れたりしないッスかね!!?」
「バカ野郎呪いの塊じゃねーか愚かかよ。5000マドルで買うから置いてけバカ」

魔法士のたまごですら見ればわかる程度の邪気じゃん! 何故これをみて「売れそう」って感想になった!?
「毎度ありぃ」とゲスな笑みで俺が差し出した5000マドルをいそいそと懐にしまう姿を見て、そうか……俺が買うのが悪いのか……と因果関係に気付いた。仕方……なくない……?!

「俺がこれ引き取らなかったらって考えろよな……。またバケツ抱いてゲロまみれになるぞ」
「大丈夫っスよ」
「なにが」
「だってナマエくんはオレのことだいすきっスから、オレが困りそうになったら助けてくれるでしょ」
「お前ほんと俺の愛情にあぐらかくの止めろ!!」
「こんなオレが好きなくせに〜〜」

一旦しまった5000マドルを挑発のためだけに取り出し、笑って振りながら逃げるラギーを、バカくそ重い邪悪な人面岩抱えて追いかけることも出来ず。仕方ないので部屋に持ち帰ったら、同室の友人が「俺もうお前と別居したい……」って泣いちゃった。

「ごめんて、俺だって嫌だよ。見てみろよこの祓いの塩、一瞬でドロドロになったぞ」
「岩はもうどうでもいいよ。お前がこういうヤバそうなやつ持ってくると、必ずブッチが大暴れして徹夜で掃除するはめになるのが嫌なんだよ」
「そっか……」
「お前今日は起きろよ」
「……」
「てめえに黙秘権はねえんだよコラ眼ぇ逸らすなオイ、寝るな! オイ!」

なんだか騒がしいのを無視してベッドに入る。岩は明日着払いで実家に送る予定だ。それまでは人面部分を壁に向けておく。今回もすげえやつを持ってきやがったので、払いの塩はさっき言った通りドロドロになってるし、夜が更ける程に嫌な気配が濃くなってくる。部屋に置いていた兄特製守護の祈りが込められた水晶が弾け飛んで「もー! なんだよ!」とキレた同室者が箒で片付けてる。無から突然弾け飛んだ水晶に対する反応それであってる? 逆にこいつ強すぎない? 一晩ベッドに入れて預かっててくれないかな……。

シーツを頭から被って目を閉じると不自然に眠くなってきた。俺は昔から、こういうヤバそうなやつが近くに来ると自己防衛なのかなんなのか眠って回避しようとしてしまう。昔は家族が近くにいたから、親や兄たちが助けてくれたけど、今同じことやってもここには助けに来てくれる人がいないから先延ばし……どころか、敵の前で無防備な姿を晒してるだけなんだよな……。
嫌だなあって思いながらも、意識は沈む。





ざざあ、ざぁん。
水が岩にあたり砕け散る音。俺たちは追われている。逃げなければ、春の初めの川は、雪解け水が混じり凍えるように冷たい。重い水に足が取られて転びそうになりながら進む。

「■■■さま」

掠れた細い声に振り帰らず「■■■、大丈夫だ。わしがついてる」と声をかける。わしの生まれが下賎であったがゆえ、惚れた女ひとり幸せにできなんだ。祝福されるべき人を。拐うことでしか己のものにできなんだ。「ひゃっけえなぁ、すぐあたためたろ」互いの手のひらだけが熱い。この手を放したくなかった。

「殺せ!!!!」

肩に強い衝撃が走り、目の前を魚が通る。舞い上がる砂で茶色になった視界はすぐ赤くなる。ああ、手をはなしたくない。手を、はなさねば。

腹、足、背中、重い何かが突き刺さる。次は頭だと思った時に、ようやく■■■の手を放した。

「すまなんだ、■■■」
「■■■さまあ!!!!」

わしが巻き添えにして水に落とした■■■が手を伸ばす。それよりも先に、飛んできた矢が額を砕いた。





わしが目を覚ますと、見知らぬ天井があった。はて、ここはどこか。立ち上がると、転がり落ちた。上等な服を着ている。誰かが助けてくれたのか。

「寝る時くらいは静かにしてろ……」

若い男が胡乱な目をしてわしに言う。「すまんな」とこたえると、少しだけ不審そうな目をして寝床に戻っていった。ここはどこかと聞くべきだったか。わしが無事なら、■■■はどこだろうか。

身体には痛みがないが、体調が悪い。足が覚束無い。一体ここは何で、わしはどうなったんだ。

出口を探して歩くと、扉が開く。小柄な男がわしを見ている。

「あ、ナマエくん。今日は無事だったんスね! 良かった良かった」
「……?」
「どうしたんスか? やっぱちょっとゲロ吐きそう?」
「あ、ああ。具合が、良くない」
「そうっスね……。ナマエくん、オレを見たらすぐに「ラギー愛してるよ」って抱きしめてくれるのにどうしちゃったんスか……?」

なにがどうなったのかわからないが、この目の前の男の瞳の中に映るのはわしではなかった。ナマエという男が、この身体の主なのだろう。ということは、やはりわしはあの時死んでしまったのか。
どういう因果かはわからぬが、■■■を探すため、しばしこの身体を借りたい。

「すまぬ、ラギー、愛してるよ」

きっとこの2人は恋仲なのだろう。己の欲のために愛し合う2人を引き裂く……。けして許されることではない……。
抱きしめた男……ラギーは「いつもなら机の中の財布をオレに渡してくれるのに……」と悲しい声をあげる。優しく身体をはなし、自分の机と思われる場所を開いた。

「あ、そのキラキラしてるやつもいつもくれてましたね」
「そうだったな」

財布と一緒に、横に置いてあった大きめの水晶も手渡す。はにかんで一度胸に抱き、大事に懐へしまい込んだラギーは、そのまま拳を下段で構えてわしの鳩尾にとんでもない一撃をぶち込んできた。


「てめえ誰だこのニセモノがよ!! これかゴミ岩がナマエから出てけ悪霊が死ねぇぇぇぇ!!!!」

「ギャーーー!!! またブッチが部屋で暴れてる寮長ーー!! もう俺この部屋嫌ですーーー!!!」

「ごぼっウオエッッゲッホオ!! え……殺されかけた……? 」



目が覚めたら呼吸困難だし腹痛いし発狂したラギーが岩をハンマーで砕いてるし同室友人は泣いてる。なに……。俺が寝てるうちに何があった……?

ガンッ というトドメのような大きな音ともに人面岩は割れて、肩で息をしているラギーがゆっくりと振り返る。


「ナマエくん、オレが会いに来た時っていつもなんて言います?」
「『今度は何をしたんだ』って警戒する」
「正解」
「これ外れてたらそのハンマーで頭砕かれてた??」


怖すぎ……。


翌日、俺の部屋から財布と水晶が盗まれてて最悪だったし、緊急部屋替えで俺とラギーが同室になった。これが一番最悪かもしれない。いや、ラギーのことは好きだけど。大好きだけど。

「ナマエくん、財布の本体の方は要らないんで返しますね」
「お前ほんと俺がラギーのこと好きじゃなかったらとんでもない事してるからな」
「好かれててよかった〜〜」

最悪〜〜。


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