■ ■ ■

 発想は間違ってなかったと思うんだけどな。思いつきだけで行動して、冷静な視点から問題点を洗い出してくれる存在がいなかったことが良くなかった。そう、例えば赤葦とか。

「うう、赤葦、ごめん……」
「え、なまえなんで赤葦に謝ってんの……?」

 大丈夫か!? と投げかけられる声は往来の人も驚くほどのボリュームだった。早朝とは言え、活動している人間はいる。朦朧とする意識の中、赤葦への懺悔で支配されていた頭にも関係なしに木兎という存在がねじ込まれる。
 どういう状況かというと、端的に言えば。木兎のロードワークについていけず倒れた結果、背中に背負われている状況だった。

「しっかりしろ! 赤葦はいない! けど俺がいる!」
「うん、わかってる、大丈夫、ありがとう」

 私という人間を抱えてもなお、軽快に思えるリズムで走り続ける木兎を目の当たりにし、やはりそもそもの発想から大きく間違っていたのかもしれないと思い直した。私はただ、木兎と一緒に走れたら楽しいだろうなと思っただけなのに。久しぶりに一緒に過ごせる時間を、少しでも共有したいと思っただけなのに。
 そんないじらしい私の考えから端を発し、結果がこの悲惨な有様だった。成人してからもう何年と経つ歳になってから、誰かにおぶられる不可抗力のこの状況は、素直に私の精神をへこませる。
 木兎を見習って、私もちょっと走ったりしてみようかな、と呟いたとき、ただでさえ大きい瞳がそれはもう見開かれていて、木兎も乗り気でつきあってくれた。この男はそういうやつである。
 けれど当たり前のように。私が現役選手のペースについていけるわけもなく、早々に戦線離脱を宣言した。
 木兎には木兎のペースがあるだろうから、こちらのことは気にせず続けるように言ったけれど、そうこの男は、グロッキー状態の私をそのままにするような男ではなかった。
 はじめこそ心配からか、その大きな図体を右往左往させていた。けれど少し私も落ち着きを取り戻したところで、突然に、ひらめいたと言って、その大きな背中をこちらに向けてしゃがみこんでいた。

「乗って! そんで一緒に帰ろ」
「……なんで? トレーニング続けなよ」
「あとでまた走れば良いし、なまえと一緒に帰ることのほうが大事」

 体調のせいでもあっただろうが、あっけらかんと、そう言ってのけた木兎の笑顔にくらりときた。私が好きな木兎光太郎という人間は、こういうやつなのである。
 それからはあれよあれよと言う間に、気がつけば私は木兎の背中におぶられて家路を満喫していた。こんな状況でも、すれ違うご近所の方に元気よく挨拶までするものだから、私は恥ずかしくて顔をあげられない。返ってくる声がやけに生温かいものを含んでいる気がする。
 全体重を預けている背中からは私よりも少し高い、木兎の体温が伝わってきて心地いい。鼻をくすぐる柔軟剤の香りは私のお気に入りのものだった。
 無事に帰ったらきっと、木兎はすぐにまた走りに行ってしまうのだろう。帰りを待つ間に作る朝ごはんは、何にしようか。
 さっきまで落ち込んでいたはずの私の気持ちも、木兎が走ることによって、いらないものは全部振り落とされてしまったようだった。

「俺、奥さん運び選手権、優勝できるかも!」
「ポジティブすぎてこわい」


22.03.11

back