■ ■ ■
背中をなぞる。洗濯したばかりの太陽の光に曝された白いTシャツ一枚では、到底全てを隠すことはできない。
背筋に中指をあてて、人差し指と薬指も隣に置く。くぼみの形を確かめるように触れると、小さく肩が跳ねた。指先からは私よりも熱い体温が伝わって、やがて二つは混ざり合い同じ温度になる。
そうして残りの骨を数えるみたいに、すっと縦に伸びる一つの線をなぞった。
「ウワヒャア!?」
聞こえてきたのは、言葉としての体を成していない、上擦った悲鳴だった。私が背中に手を置いた時点で行動を察しているかと思ったけれど、それとこれとは話が違うようだった。
「もー、何ぃ……」
「ごめん」
力なく私を咎める声は優しくて、怒っているわけじゃないことが分かる。振り返った顔はすっかり眉毛が下がってしまって、それが可愛くて思わず笑ってしまった。
私の行動に疑問を隠せないでいるのが丸分かりだったので、宥めるようにポンポンと背中を叩く。それでも変わらず、まるで信用してないと言わんばかりのじっとりとした視線が投げかけられた。
怖くない、怖くない。言葉にしないで通じるといいなと思って、そっと腕を回す。すっぽり、と言うには少し窮屈な気もしたけれど、私が手を伸ばせば抱えられるものであることが、とても嬉しい。
「……どしたの」
「抱きしめてる」
「ソッ…………スネ」
ギクシャクとした動きのまま、行き場をなくした両腕がぱたぱたと空を切る。不可解な私の言動を処理しようと必死な姿が、たまらなくいじらしい。
自分よりも背が高くて、身体つきもずっとしっかりしているはずの彼が、たまに手のひらで捏ねてしまえそうなほどに可愛い。ぎゅっと抱きしめて、手のひらで触れて、この気持ちが全て伝わればいいのにと思う。
翔陽の背中が大好きだった。大きくなった背中は世界中のどこへだって行けてしまうのに、私のそばを選んでくれていることを思うと、泣きたくなるときがある。
ぐっと額を押し当てて、息ができないほどに力を込めてもびくともしない。ただどうしていいか分からないままでいた腕の片方を巻き込んでみると、やっと私の気持ちが分かったみたいで、諭すみたいに優しく手が重なった。
唇に何も塗らないままでいてよかった。衝動に任せてこの背中を汚してしまうことも悪くないけれど、そうするよりもっと大事にしたいと思った。
抱きしめる力は少し弱めて、繋がれた手を握るのはそのままで。肩甲骨のちょうど中央あたりに、祈るようにキスをした。さらりとしたシャツに阻まれて、素肌の熱を全て教えてくれないことがこんなにもじれったい。
「俺もしていい?」
「……ふふ」
どうぞ、ご自由に。言葉にする代わりに、振り返ろうと身を捩る彼に向けて、束縛を全て解く。
正面に向き直ったまま、じっとしていると今度はこちらが手持ち無沙汰になってしまう。行き場を無くして後ろ手に腕を組んでみたけれど、すぐにそれは絡めとられてしまった。
私が掴めないようなものも簡単に掴めてしまう、大きな手。少しだけかさついた、骨張った指は私の手のひらをすっかり丸めてしまってから、優しく包み込むように輪郭を確かめる。
どうするのかな。次に翔陽が何をするのか期待して、伏せられたまつ毛を見つめてみる。けれどすぐに気づかれてしまったみたいで、瞬く間に視線が絡み合う。
繋がれた手を引き寄せられて、身体は力の流れるままに翔陽のほうへ傾く。そうしてまた縮まった距離ですら惜しむように、翔陽は握りしめた私の指先にキスをした。
翔陽はたまに、音もたてず壊れ物のように私に触れることがある。いつもは困るくらいに賑やかな人なのに、息を忘れてしまうほどに静かになるその時間は、与えられる言葉よりも多くのことを私に伝えてくれる。
「抱きしめていい?」
「ふふ、もちろん」
断ることなんてないのに、きちんと私に尋ねてくれるところが好きだった。
私が返事をするとすぐに、漏れ出る喜びが隠れることなく顔が綻ぶ。
陽だまりのような人に包まれていると、心まで全て伝わっている気がして不思議だ。うれしくって、抱き合う。いつかに聞いたことがある歌を思い出す。
願うまでもなく、翔陽もきっと同じ気持ちだと私にも分かることが、永遠を約束されるよりもずっと心地良い。けれど私は欲張りだから、いつか永遠にもなればいいなんて、虫がいいことを願う。
22.05.12
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