01─消えた銀の鬼


 緊急事態だ。いつもの“危ない場所”を捜しても、銀時が一向に見つからない。

「ねえ、出てきてよ!」

どれだけ精一杯叫んでも、返事は全く返ってこない。聞こえるのはカラスの鳴き声だけ。昨日の帰り際、明日も会いに来るねと約束したのに!

「どこいったの、もう……!」

……もしかして、親や周りの大人の言うことを聞かずに私があの子に会いに来るから、誰かが銀時を攫ってしまったのだろうか。きっとそうに違いない。

 
 銀時──という名前を知っているのは私だけなのだけど、彼は、私の住む町でも有名な存在だった。寺子屋の友だちは口々に、人を食べる鬼の子が出たんだと騒いでいた。私が、鬼の子なんているはずないよと言うと、それじゃあ行って確かめてみるといいだろうと、私一人でその鬼が出るという荒地へ行くことになってしまった。


 その荒地にはお父さんにも「絶対に行ってはいけない」と釘を刺されているほど危ない場所らしかった。何でも、宇宙から来た悪い人たちと江戸の強いお侍さんたちがよくそこで喧嘩をしているようで、その戦が終わってたくさん人が死んだあとが一番危険だという。

 小さな森を通り抜けて、辿り着いたその先には、珍しい銀の髪を持った、私と同じ年くらいの小さな男の子が、ポツンと人の山の上にただ一人座っていた。着物は泥と血とでベトベトに汚れていて、手に身体に全く見合っていないような大きな刀を抱えている。後ろを向いてるから、その顔はよく見えない。この子がその鬼の子なのだろうか。一目見ただけでは、そんなことわかるはずもなく、私は勇気を振り絞って、その背中に声をかけたのだった。

 親も家も何も無くて、あるのは坂田銀時という名前だけだ、というその子は、確かにそこらの人とは違う雰囲気を放っていたけれど、少なくとも鬼の子などではなかった。
 荒地に行くことは“悪いこと”と聞かされていたから、私はこっそりと、誰にも知られぬように、そこへと通い続けたのだった。


 ──私が周りに黙ってここへ来続けたから、誰かがそれに勘づいて銀時を攫ってしまったのだろうか。どうしよう、私のせいだ。私が勝手なことをしたから。


 しゃがみ込んだ私の肩を、誰かがトントンと叩いた。

「……君が探しているのは、銀髪の鬼の子?」
「銀時は鬼の子じゃない!……でもきっとそう。その子を探してるの」

振り返るとそこには、薄い栗毛色の長い髪の、美しい男の人が立っていた。そして、その背後には銀時の姿が。

「銀時!よかった、安心した……!」
「この子も、君のことを待っていたんですよ。きちんと伝えておかなければならないことがあったから……ね?銀時」
「気安く名前で呼ぶなっつーの。……あのよ、今日からコイツ──松陽のとこに住むことになったんだ」

松陽、と呼ばれたその人は、私にニコリと微笑んだ。今まで見たことのないほどに、優しげに笑う人だ。

「……じゃあ、もう会えなくなるってこと?」

突然の別れの宣告だなんてそんなの悲しすぎる。肩を落とす私に、松陽さんは首を振った。

「いえ、実はここの近くに塾を開こうと思っているんです。それでこの子が、俺を塾に入れるなら名前にも一声かけて欲しい、とね」

新しい寺子屋へのお誘い。そしてそこで銀時と共に授業を受ける。それは、思ってもみない話だった。

「全部喋るなよ、恥ずかしいだろーが!……まあ、そういうことだ。コイツが開くのも寺子屋、っつーんだろ?だからさ、あの……」

もじもじと口ごもる銀時の姿が面白くて、思わず笑ってしまう。

「な、何笑ってんだよ!俺は真面目に言ってんだよ」
「笑ってないってばもう。……親に聞いて見なきゃわかんないけど……それでもいいなら、よろしくお願いします」

塾を開くという場所を教えてもらうと、松陽さんはいつでも待ってますよ、とまた笑った。


 銀時と一緒に勉強できるなんて、夢にも思っていなかった話だ。これは意地でもお父さんお母さんを説得しなくてはならない。
 松陽さんと二人帰っていく銀時を見送りながら、私は一人、何としても両親を納得させてみせるぞと意気込んでいた。
  



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