03─昼下がりの兄弟達


 「今日こそ倒してやるっ……!」
「フン、やれるもんならやってみな」

がむしゃらに繰り出される竹刀の連撃を、銀時はこともなげに躱していく。あの表情じゃ、まだ本気の半分の半分も出していないんだろう。私には決して真似出来ない芸当だ。
 ただの手合わせの手本を見ているだけなのに、ある子は息を飲んで、またある子は瞬きするのも忘れて、銀時の剣の太刀筋に見入っている。斯く言う私もそうだ。銀時はこの剣技をして今まで生き延びてきたんだろうか──

「隙ありッ!」

めったやたらに竹刀を振り回したせいで息が乱れ始めていた相手の一瞬の気の緩みを見抜いて、銀時の剣先はその喉笛を目掛けて鋭く突き出され、皮膚に触れる寸前でピタリと止まった。

「甘ェ……名前の作る卵焼きより甘ェわ」
「……もしかして、甘くない方が好き?」

 いや俺はむしろ甘い方が好き、といいながら、銀時は籠手を外す。……良かった、甘い卵焼きダメな部類の人かと思った。
 対戦相手がゼイゼイと喉を鳴らす一方で、彼に手を差し伸べた銀時は、汗一つかいてはいなかった。


 入塾した当初は松下村塾の塾生は私と銀時の二人きりだったものの、その文武両道を目標とした教え、教え子の貧富を問わぬ破格の授業料、そして何より塾長──といっても他に師はいないのだけど──の松陽先生の人柄により、塾は瞬く間に街で評判の塾となり、気付けば塾生も三十人を越えていた。


 塾ではいつも、前の寺子屋でも学んでいた文字の読み書きやそろばん術に加えて、剣術の指導を行っている。私も先生指導の元で必死に剣さばきを学んでは見るものの、これがなかなか上達しない。動きがそこまで速くないのを無理矢理力で補おうとするから、銀時には獣みたいだと笑われる。仮にも女子である私を獣呼ばわりとは酷い話だ。これでも、そこらの男共には負けない自信があるのだ。いや、力で押し切っているだけと言われたらそれまでだけど。

 かくいう彼の方は、この通り馬鹿みたいに強い。まあとにかく強い。喧嘩じゃ負け無しの近所のガキ大将だろうが、それなりに名のある道場の門下生だろうが、銀時の前じゃ歯が立たない。
 そんな銀時に勝てるのは松陽先生くらいのものだろう。先生に稽古をつけてもらう度に、勝とう勝とうと加減なしに食ってかかっていくから、容赦なく返り討ちにされるのだ。


 「見たか、これが全戦全勝坂田銀時様の実力よ」
「強いからって調子に乗ってちゃあいけませんよ、銀時」
「分かってるって」

みんなに口々にすごいと持て囃されて、鼻高々で胸を張る銀時を、稽古を見ていた先生が諌めてから、みんなに言う。

 「さあ、これで午前の授業はおしまい。みんな家へ帰ってご飯を食べておいで」

また後で会いましょう、という先生に、みんながはーいと返事をする。私と銀時と先生とで、みんなが帰っていくのを見送った。その後で、家から持参していた竹箱を縁側に持ってくる。銀時も隣に座って、松陽先生は奥の台所から食事の乗ったお盆を持ってきて、ご飯茶碗と汁椀を銀時に手渡した。寺子屋は朝から午後までかかるので、子供たちはみんな家に帰るなりして昼食をとる。銀時と先生はここに住んでいるので、私もよくお弁当を持ってきては三人で縁側に並んで座って食べるのだ。


 「今日はここで食うの?」
「うん、お弁当作ってきたから」

銀時の質問に答えてお弁当箱の蓋を開けると、先生も銀時の反対側の縁側に腰掛けて、中を覗いてくる。

「おや、美味しそうな卵焼きだ」
「えへへ、今日のは自信作なんです」
「なあなあ、それ俺に一個くれよ」

自分で確認を取っておきながら、答えも聞かずに銀時は卵焼きをひょいと指でつまんで口に入れた。

「美味ェ、やっぱ卵焼きは甘いのが一番だよな」
「もう、人のご飯とる前に自分の分のご飯食べてよ!」

銀時は悪びれる様子もなく、茶碗いっぱいの白飯をかきこんだ。こら銀時、と言いつつ、松陽先生は静かに味噌汁を飲む。私も持ってきた塩むすびにかぶりついた。

 こうして三人で昼ごはんを食べていると、いつも、新しく家族が増えたような心地がする。

「なんだか、二人とこうしてご飯を食べていると、私にも家族が出来たみたいだ」
「あ、私も今同じこと考えてました!松陽先生が年の離れたお兄さんで、銀時は弟で……」
「いや俺が弟かよ!」

銀時のつっこみに、三人の中でどっと笑いが起きる。

 暖かい日差しにぽかぽかと照らされた昼下がり、何の変哲もない、それでいて幸せな時間がゆっくりと流れていった。
  



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