05─獣女と黒い獣と


 「まあ何にせよ、さっきはありがとよ。アイツ等一人じゃ勝てないからって、手組んでかかってきやがるんだ」

まあどちらにせよ俺なら余裕勝てるんだがな、と少年は自慢げに言う。妙にどこぞの誰かを彷彿とさせる言い方だ。

「武器も無しに勝てるの?」
「ああいう奴等は剣術と称してただがむしゃらに棒を振り回してるだけだからな」
「それにしたってすごいと思うけどな、私じゃとても敵わないから」
「俺だって、叫んだだけで敵追い払えるほど強くないけどな」

俺でも敵わねー、と笑うその顔は、明らかに私を小馬鹿にしている。ははーん、これは完全にアイツと同じ部類の人間だな。

「あの、もうそのネタはいいから。……あなたは……高杉くん、だっけ」 
「……さっきの聞いてたのか」
「あんな大きな声で名前叫ばれてたらそりゃ聞こえるって。そういえば、あの講武館の出身なんだって?」
「まあ、一応はな」

講武館といえば、この辺りじゃ名門中の名門塾だ。私程度の脳みその出来じゃ門戸を叩くことすら許されないくらいの。とすれば、彼──高杉は相当な能力の持ち主なのだろう。しかも彼は周りの優秀な塾生たちも歯が立たないほどの実力者というわけだ。

「そういうお前は──」
「名前でいいよ。この辺りにある塾に通ってる。松下村塾っていうんだけど」
「しょうか、そんじゅく……聞いたこともない」

そりゃそうだ。まだ塾が出来て半年も経ってないのだから、知名度だってそう高くはない。ましてやあの名門講武館の生徒とあっては、たとえ聞いていたとしても周りの塾のことなど気に留めることもないだろう。いや、というか、塾のことは知られていない割に私の二つ名──とも呼びたくないが──だけ広く知れ渡っているとはどういうことだ。

「……まあ、この辺にある塾で、松陽先生っていうすごく優しい先生がやってて。講武館ほど立派な塾じゃないかもしれないけど、いろんな仲間がいて……身分とか頭の良さとかに縛られない、とっても楽しいところ」

軽く説明するつもりが、思った以上に色んなことを付け加えてしまう。別にそこまで聞いてないと言われるかとも思ったが、高杉は私の話を黙って聞いていた。

「……楽しい、ね」
「うん。楽しいよ」

そうか、とだけ言うと、高杉は私の横をすり抜けて、境内を後にしようとする。

「ねえ、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「もし、あなたやあなたの両親が良いっていうならさ……松下村塾に来てみなよ。きっと、高杉も楽しいって思えるから。私が保証する」
「フン……考えとくよ」

じゃあな、と手をひらひらさせてさっていくのを見送る。その姿は、私のよく知る銀髪の鬼のものによく似ていた。
  



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